彦四郎の中国生活

中国滞在記

一つの結婚式❷於:料亭「菊乃井」―素晴らしい料亭で「手作り感と素朴さ」溢れた結婚披露宴となる

2016-11-12 10:44:02 | 滞在記

 新郎新婦の入場と、芸妓さんの日本舞踊のオープニングで始まった結婚披露宴。この披露宴の司会は、なんと 新婦の弟だった。親族が司会をする結婚披露宴というものを初めて経験した。もともと、新婦の友人(※結婚式場に勤め、結婚式や披露宴での司会の経験がある)が司会をする予定だったらしいが、急に参加することが難しくなったようだ。このため、急きょ弟が司会をすることになったという。

 この新郎の弟・博史君の司会というものは なかなか素朴ながら 趣きがあり 上手でもあった。芸妓さんの日舞の後、新婦・悦子の父・髙室美博の挨拶。この挨拶、なかなか 面白く 趣きがある 義兄らしい挨拶だった。司会の博史君が、自分の父を初めに紹介する際、名前を間違えて言ってしまったので、会場の人の爆笑を誘い 座がなごやかな雰囲気になるきっかけともなっていった。挨拶の最後に、「瀬戸の花嫁」という歌を伴奏なしで歌った。なんでも、義兄の説明によると、前日に「カラオケができる機器」を この料亭に依頼連絡したところ、「料亭の雰囲気に 少々そぐいませんので、宴席でのカラオケのご使用はご遠慮させてもらっています。まことに申し訳ございません」とのことだったらしい。まあ、これも素朴な雰囲気の歌唱でなかなかよかった。

 新婦の友人の「乾杯の音頭」のあと、宴席が始まった。「女将」の村田京子さんが 客一人一人に挨拶とお酌に廻って来た。芸妓さんも お酌に廻ってくれていた。料亭の仲居さんたちの立ち振る舞いや接待の所作の美しさにも感じ入る。

 この料亭の「日本懐石料理」で出される一品一品の見事さにも驚きを感じた。「日本の品性と料理の味」が次々と目の前に現れて来た。見た目の季節感を感じる美しさや情緒や趣き。紅葉した柿の葉や銀杏の葉、黒い漆塗りの料理盆、小さな盆に置かれた生け花。小さな笊(ざる)の形をした小さなものは昆布で作られたもので、松葉も 菓子と昆布で作られていた。

 新郎・新婦の友人たちや職場の上司・同僚の挨拶が続いたあと、席を立ち、新郎新婦の友人や新郎新婦の席に行き乾杯をする。

 なごやかで素朴な雰囲気の中で宴が進み、花婿・花嫁のケーキ入刀やスライド写真を使っての二人のプロフィール紹介。デザートの柿が絶品だった。今まで経験したことのない食感だった。

 新郎・新婦から新婦の両親への「感謝の言葉」が伝えられ、「花束」が渡された。両親ともに 可愛い娘の新たな旅立ちに感無量だろうと思った。特に、父は 経験した者でしかわからない 娘が手元から離れていくという 相当の寂しさというものも感じながらこの瞬間を迎えていることだろうと思われた。

 京都府の農林課・営林局に永らく勤め、定年前の数年間は京都府立大学にも勤務していた義兄(新婦の父)は、在野の歴史研究家でもある。地元・京北町山国の「幕末の山国勤王隊」関連の歴史研究家としては、第一人者ではないかと思う。最近亡くなった、評論家・歴史家でもある松本健一氏とも「日本の精神史」を巡って 長い親交をもってきていた。もし、大学の歴史学の教員になっていたら、それなりの研究実績が 今よりさらに幅広くできているかとも思われる。新婦の母は、永らく小学校に勤務し ここ数年 大学の芸術学部の陶芸科で学びながら いい作品を作っている。日本の伝統芸術や日本の精神文化というものに深い関心を寄せながら生きてきた新婦の両親でもある。

 新郎・新婦が昨年の8月に初めて出会って、交際し、この結婚に至ったわけだが、初めて両親に「結婚」のことを相談してから、両親がこの結婚を許すまでの間、娘の父親・母親として この国際的な結婚に いろいろな思いがあっただろうと思われる。私も、新郎・新婦が幸せな結婚生活となることを祈ってやまない。

 新婦が大好きだったおじいさん(義兄や私の妻の父の茂雄さん)は、亡くなっていて この結婚式にはいない。義兄の新婦の父・美博さんは、この結婚式披露宴で、新婦のおじいさんの好きだった「軍歌」をぜひ歌いたいという思いがあったようで、「この席にはいない、新婦悦子の大好きだったおじいちゃんがよく歌った歌を歌います。」ということで、披露宴の最後に 私も一緒に歌うことになった。私は「割りばし」でバイオリンを演奏しながら、義兄とともに「ここはお国を何百里、離れて遠き満州の 赤い夕陽に照らされて 友は野末の石の下」など2曲 新婦のおじいちゃんがよく歌っていの軍歌を歌った。

 披露宴の開始から3時間あまりが経過し6時過ぎ、宴はお開きとなった。外は暮れていた。

 帰る道すがら、昼に神前結婚式が挙行されていた八坂神社の舞台を見る。芸妓や舞妓の名前、お茶屋の店名が書かれた提灯が明るく架けられていた。祇園の石畳の道を歩き、小腹がすいていたので、「眠眠・祇園店」に入る。ここは、私の学生時代から営業している店だった。当時、この祇園界隈で深夜営業で朝5時まで開いていた中華料理の店が2軒だけあった。私が1年間アルバイトをしていた、八坂神社近くの「祇園飯店」(※今はもうない)と この「眠眠」。今、この店で 中国からの留学生がアルバイトとして働いていた。

 眠眠から数軒隣の「一銭洋食」の店の前を通ったら、ソースの独特の匂いがたまらなくなり、ここでも食べることにした。

 今日の結婚式と披露宴は、心に残るものとなった。古式ゆたかな、歴史ある神社での神前結婚式、日本を代表する料亭での素晴らしい料理と雰囲気の中での、素朴で温かな 手作り感のある披露宴。この結婚式会場や披露宴会場は、当初 新郎の両親が希望したのだと思っていたが、話を聞くと 新婦が特に希望したようだった。英語がけっこう堪能で外国文化や生活や外国人に関心が高いと思われる新婦・悦子ではあるが、やはり 日本文化や日本の心に深い関心を持ちながら生きて来た両親の影響も知らず知らずのうちに受け継いでいたのではないかとも思った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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