ゆとろぎへの道 仲村峯夫 一隅を照らす素晴らしきかな人生 照らさずとも好し また素晴らしきかなこの人生(とき)

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N市長の「日本人の苗字に辛は見ないけどなぜ?」への、一県民の思い

2017-02-07 10:33:46 | 日記
    N市長の「日本人の苗字に辛は見ないけどなぜ!?」への、一県民の思い
 N市長が3日、自身のフェイスブックで市民団体「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉(シンスゴ)さんの辺野古や高江での新基地反対運動などについて、「日本人の苗字に辛は見たことないけどなぜ!?沖縄県の政治的活動の先頭に立っているの!?」と投稿している。
 上記の疑問が単に一市民レベルの疑問であれば、考えの違う一市民の意見として普通にスルーするところだが、これが地方自治体の首長の見解となると違和感を感じざる得ない人も多いのではないだろうか。
しかも、それが全世界に拡散するネット情報として流布されるのだから、その影響力は計り知れないものがあると思われる。
 今回の、このN市長の投稿とは全く関係はないのだが、昨今世界的に問題になっているのが、益々過激になるヘイトスピーチや偽やウソを意味する「フェイクニュース」等の偽情報が全世界を揺るがしている。
「フェイクニュース」や「ポスト・トゥルース」がシンドローム的に世に出たのは、昨年の英国のEU離脱以降である。
そして、それが決定的に顕著になったのが今回のアメリカの大統領選挙である。
 具体例を挙げれば、「ローマ法王がトランプ氏支持を表明」、「クリント氏がイスラム国に武器を売却」、「オハイオ州で不正なクリントン票を発見」、「ワシントンのあるピザ店が児童性愛者の拠点で、クリント陣営の幹部が関わっている」などの冷静に見れば、すぐにまがい物情報ということが分かりそうだが、こんな劣悪なガセネタでも一旦ネット上に投稿され全世界に拡散されれば、その情報の真偽には関係なく、その情報が独り歩きしてしまう。
人間の感覚、自分の思い込みは簡単に理性や知性をスルーし「ポスト・トゥルース」の虚偽空間を作り出してしまうのである。
 もっと、身近な具体例を挙げれば、1月2日に放送された東京MXテレビの番組「ニュース女子」の内容である。
その内容たるや、偏見と悪意に満ちたもので、公共の電波を使用する地上波放送の倫理観どころか一個の人間としての良心・良識の欠片さえも伺えないものである。
 ヘリパッド建設に反対する市民を、「過激派デモの武闘集団」「仕事のないシルバー集団」と断じ、挙句の果ては「テロリスト」呼ばわりしている。
更に、「反対派が救急車の業務を妨害している」「反対運動参加者は日当目当ての雇入れ集団」などと全くのウソ情報を、それも一切の独自取材なしに報道しているのである。
極めつけは、番組への批判は誹謗・中傷と反論し「反対派の意見など聞く必要はない」と完全に開き直っている。
信じがたいが、これが日本のマスメディアの一部の実態である。
 日ごろ、テレビで温厚そうな顔で常識人、知識人ぶっている、経済ジャーナリストの須田慎一郎氏、元経産相の岸博幸氏らが笑いながら市民をテロリスト呼ばわりし、沖縄の人々を小ばかにしたのは許せない。
司会が東京新聞の副論説主幹長谷川幸浩氏であったことはショックであった。東京新聞は、
現在の日本の大手マスメディアでは最も、沖縄問題を真摯に取り扱ってくれていたからである。
東京新聞が後日、謝罪記事を出してくれたのは、せめてもの救いである。
 話が、大分横道にそれたが、N市町の「日本の苗字には見えないがなぜに、沖縄の政治運動に参加するのか?」との問題である。
誰でも抱きそうな、純粋・単純な疑問である。
その疑問には辛さんに答えてもらおう。
 辛さん曰く、「ここ(日本)は私の古里だ。私が生きて私が死んでいく場所なんです」。「自分と同じような出身の人が、日本で生まれ、日本で生きてよかった、と思えるような社会にしたいとの思いが糧だ」と自らの立ち位置を述べいる。
更に、沖縄問題に関しても、「人間としての胸の痛みがあるから声を上げる、先輩、同世代、後輩たちがこの国に生まれ、この社会で生き、そしてここが古里である私たちが、国家の権力によって排除され、たたかれ、その人権が蝕まれている。
これに対して大人として、今を生きる私には責任がある。
同じように、国家権力によって人権を抑圧され、ウチナーンチューの友達、そして、沖縄そのものが、私にとって他人ごとではない」と。
在日3世の辛さんが、戦後70年の自分を含む在日の人たちの苦労と、これまた戦後70年も異民族支配に苦しむ、沖縄の人たちの差別的状況をだぶらせて語っている。
 大体、辺野古や高江の新基地建設への反対運動を政治運動ととらえているのは、民意を無視しすまし顔で「辺野古が唯一」を連呼する政治家のみである。
それは言わば、戦後70年にも及ぶ半植民地的支配を排除し、市民としての普通の生活と当然の人権を取り戻すべく県民の最低限の願いをかけた市民運動である。
 ヤマトの著名政治家の多くも第一線を退きOBになって初めて、日本政治の対米追従を指摘する人が多い。
現職にあるときはアメリカの威光を恐れ、自らの立ち位置からの発想・発言しかしない。日本の歴代の多くの首相がその筆頭である。
勿論、沖縄の保守政治家の殆んども同じである。
沖縄の悲願の復帰運動にしても、常にブレーキ役しか果たしてこなかった。でも第一線を退くとやおら、日本政府の批判も出てくる。
常に自らの立場、己の立ち位置からしかものを見ない。これが人間の常、人間の性と言えばそれまでだが、政治家としては余にも寂しいのではないのか。
 日本人でもないのに、ウチナーンチューでもないのに、沖縄の新基地建設反対運動に加わるのなぜ?。
反対側の疑問もある。ウチナーンチューなのになぜヤマトーンチューの沖縄差別に加担し、未来永劫に沖縄の軍事基地化への道に加担するのか分からない。
 最近は、「沖縄に寄り添い、負担軽減を図る」という、対沖縄への儀礼的決まり文句さえも言わなくなった安倍政権。
作り笑いさえも忘れて、能面顔で「辺野古が唯一」のみをオマジナイのごとく繰り返す官房長官、もうそこには力づくで沖縄を踏みつぶそうとする、なりふり構わぬ沖縄差別の構造がはっきり見て取れる。
沖縄を完全に馬鹿にし、取り付く島もない、日本政府に代わり、ウチナーの保守政治家の誰か一人でも「辺野古が唯一」の理由を説明してほしいものである。
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