ゆとろぎへの道 仲村峯夫 一隅を照らす素晴らしきかな人生 照らさずとも好し また素晴らしきかなこの人生(とき)

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自分探しの旅は 違う景色の見える道

日本はピンハネ社会と言うのは本当?

2017-06-30 20:31:59 | 日記
     日本はピンハネ社会と言うのは本当?
「失われた20年」日本の昨今の社会・経済情勢を比喩する言葉として用いられている。
1990年にバブルが崩壊し、日本経済の歴史的な高度成長期が幕を閉じ、その後のうち続く経済低迷期(構造的なデフレ)を指す言葉である。
「失われた10年」が「失われた20年」になり、時代錯誤の権化ともいえるアベノミクスの延長線上には「失われた30年」がまじかに迫っている状況でもある。
 それではこの間の「失われた20年」で日本が失ったものは何だったのだろうか。
簡単に片付くような問題ではないが、一番印象に残る問題の一側面について考えてみたい。
 全ては1985年のプラザ合意に始まる。その中での仕組まれた円高操作いらい、米国の執拗な日本いじめが始まる。
86年の日米半導体協定や、88年のバーゼル合意でのビス規制、スーパー301条、93年の日米包括協議、94年の年次改革要望書などあからさまな内政干渉ともいえるアメリカの対日経済干渉が激化する。
全ては、アメリカへの日本市場の開放のための制度改革、構造改革、規制緩和要求である。
それは日本社会の価値観や習慣や社会システムのアメリカンナイズであり、国際化の名の下に行われた、古き良き日本的な経営システムの解体であった。
 そんな中で1995年5月、当時の日経連は、日本経済の「21世紀ビジョン」として、「新時代の日本的経営」の新指針を発表した。
その内容は、簡単に言えばこの間の日本経済の驚異的な高度成長を支えた、日本型経営システムからの離脱でありその放棄であった。
日本的経営システムとは、端的に言えば「終身雇用」であり、「年功賃金」であり、「企業別労働組合」に代表された。
更にそれは、グループ企業やメインバンクを中心に、下請けの中小企業との契約も日本的な長期的な展望のもとに構築してきた。
利益配分にしても国の補助金や産業別の保護育成や経団連や労働組合や全国の各種の団体が一丸となって社会的な利益配分を考えてきた。
所謂日本株式会社が機能した日本経済の黄金時代でもであった。
 「失われた10年」の中で、当時の経団連が出した結論が「日本的経営システム」からの離脱だったのである。
日経連は、日本経済の「21世紀ビジョン」として、真っ先に挙げたのは「経営の根幹に携わる社員以外はすべて、非正規社員にする」と言う内容であった。
所謂、今までの日本的経営の真逆を行くもので、簡単に言えば労働者の労賃・賃金を単なる企業の経営コストと位置づけ、経費節減の一丁目一番地に位置付けたのである。
労賃が生活者の社会コストから、企業の利潤拡大のためのコスト、更には景気の調整弁に変わったのである。
 経費節減の方法として、一企業単位では効果的だがトータルで考えれば明らかな需要不足に陥り決定的なデフレ社会を招くとして、当時の春闘で組合側は「合成の誤謬」を招くものだとして猛反発したが、時代の趨勢は変わりようもなかったのである。
この合成の誤謬批判は図らずも的中し、日本経済は失われた30年に突入しようとしているのである。
そして、この経団連の方針がのちの小泉政権での労働者派遣法の改正で、派遣が製造業にまで拡大されるに至り、非正規社員が40%をも占める格差・貧困社会日本が定着してしまうのである。
年収200万円に満たぬワーキングプアが巷に溢れ、日本社会の格差と貧困が蔓延する構造的なデフレ社会が恒常化したのである。
 そんな社会の中で、今一番に違和感を感じるのは多数のワーキングプアを生み出す派遣会社の存在である。
構造改革、規制改革と称し多くの若者が、派遣会社を経由しなければ就職しにくいようなシステムをあえて、作り出し必然的にピンハネ社会を後押してきたのである。
派遣会社が一流企業として存在する国は、おそらく日本ぐらいではないかと思う。
はっきり言って、派遣会社は「ピンハネ屋」でしかない。
ピンハネは江戸時代の昔から存在しており、「口入れや」「手配し」と呼ばれ、ばくち打ちや、やくざなどのアウトサイダーが仕切るれっきとした裏稼業である。
「ぴんはね」のピンは、ポルトガル語で点や1を指し、「ハネ」は「かすめ取る」という意味で、他人の利益の上前を撥ねるという意味である。
 アメリカでも派遣会社はあるが、人口が日本の二倍以上のアメリカでさえ派遣会社の数は日本の五分の一しかないという。そして、派遣労働の対象はあくまでも医師や弁護士などの特殊な職業に限られており、エリート労働者の優遇策という感じすらある。
 「労働基準法第6条」(中間搾取の排除)には、何人も法律に基づいて許される場合のは外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」となっている。
明確にピンハネの禁止を定める法律があるにもかかわらず、企業が「世界一活動しやすい国」を目指す政府は、「労働者派遣法」という「ピンハネ法」をつくり、大元の「労働基準法第6条」(中間搾取の排除)を完全に骨抜きにしてしまったのである。
そして、ご丁寧に、ピンハネ率も定めがなくすべてをピンハネ屋の意思に任せるという信じがたいピンハネ奨励法となっている。
 さらに、すごいのはその内容を世間や本人に公表する義務もなく、只ただピンハネ屋の意のままにピンハネ実施できるようになっている。
中間搾取が合法化され、そのピンハネ率の規制もなく、世間への公表義務もなし。まったくもってピンハネ屋のやりたい放題のピンハネ天国なのである。
 「ピン」の語源はポルトガル語の点か、一なので江戸時代のピンハネ率も10%程度だったと推測される。
しかし、日本の現状はピンハネ率が実に35%~50%が普通だと聞く。
ならば、やはり日本にはピンハネ屋はいないことになる。本来のピンハネはせいぜい10%のピンハネ率だが、ハネ率の規制がない現在の日本では50%以上のハネ率も存在しているようである。
3ハネ、4ハネ、5ハネ屋しか存在しない、恐ろしい社会と言うことになる。
恐るべしは、日本のピンハネ屋や「中間搾取屋」と言うことになる。
 不動産の紹介手数料やヘッドハンティングの手数料も一回こっきりでしかない。一度きりの紹介手数料は業務上の紹介経費として社会通念上も理解できる。
しかし、一度仕事を仲介したら、生涯中間マージンを取られる。どう考えても、ピンハネや搾取にしかならないだろう。
 「いまだけ、カネだけ、自分だけ」の新自由主義の社会風潮の中で違法なことはしてないという。
しかし、これが違法でない、合法だとしたら、やはりそんな社会はおかしいのである。





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