ゆとろぎへの道 仲村峯夫 一隅を照らす素晴らしきかな人生 照らさずとも好し また素晴らしきかなこの人生(とき)

日々、つれづれなるままに、心のおもむくままに、趣味的ハルサーの想いを…
自分探しの旅は 違う景色の見える道

我喜屋氏発言を憂慮する、校則問題とは次元が違う(7月7日新報論壇投稿記事)

2017-07-08 09:01:06 | 日記
   我喜屋氏発言を憂慮する、校則問題とは次元が違う
 高校野球の指導者として有名な我喜屋優氏の産経新聞(5月22日付)のインタビュー記事を読み、大きな落胆を禁じ得なかった。
新基地について「決まったことには従わなければいけない」「世界にはルールがいっぱいある。
それに従うことが必要だとも指導している」「地元の新聞の記事は目を背けたくなる」の文字が躍る。
 辺野古への新基地建設は県民の大多数が反対しており、現地での厳しい反対運動がニュスでも報じられている。影響力の大きい、我喜屋氏の今回の発言は、辺野古に反対している多くの県民の心情を思うと残念でならない。
そもそも、沖縄問題の根源は、基地問題である。その基地問題を突き詰めれば日米安保や地位協定に突き当たる。そして、地位協定は治外法権がまかり通る現代版不平等条約であり、大きな人権問題でもある。
人間が生活していく最低限の多くの問題を内包している。
 むろん、70年も続くこのような沖縄の現状は単なる偶然のはずはなく、日本政府の明確な意思によるものである。このような明確な意思が介在する沖縄の不平等は、紛れもない沖縄への構造的な差別の実態を表している。
 米軍による銃剣とブルドーザーでの土地の強制接収、27年もの長きにわたる米軍の植民地的な軍事支配、復帰後も、沖縄の意思とは関係なく、本土から米軍基地が沖縄に移転し、国土面積の0.6%に米軍専用施設の70、04%が集中。1995年の少女暴行事件、2012年の米軍再編構想でも米国は岩国市などへの海兵隊の移転を提案してきたが、すべてを日本政府が断った事実もある。
他府県の民意は尊重するが沖縄は「差別枠」なのである。
 我喜屋氏が言うように「決まっても従わない沖縄の人」、「常識ある沖縄」、「さわやかな沖縄」、「差別されているとは絶対に言いたくない」などの思いもあろうが、それは全て他人の評価である。他人の評価を気にし、沖縄の現実を見誤ることになっては悔いが残る。
 国と国との決め事や社会的不条理や改革すべき社会問題などは校則や約束事とはレベルも本質も異なる。
場合によっては自分の生活や人生をある程度犠牲にしても、関わらざるを得ない社会の問題も出てくる。社会人として己の判断で市民運動などに関わることは、それ相応の覚悟が要求される。
いろいろ厳しい現実も出てくるが、それが辺野古への新基地反対の闘いでもある。
 氏の発言の影響力を憂慮する。オール沖縄に水を差し、その結果沖縄差別への加担につながる事態だけは避けたい。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 二足の草鞋を履く男、竹中平... | トップ | 鮮明な対立軸で政界再編を、... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。