ゆとろぎへの道 仲村峯夫 一隅を照らす素晴らしきかな人生 照らさずとも好し また素晴らしきかなこの人生(とき)

日々、つれづれなるままに、心のおもむくままに、趣味的ハルサーの想いを…
自分探しの旅は 違う景色の見える道

むべなき決断、7年越しの買い物

2017-09-14 11:59:19 | 日記
    むべなき決断、7年越しの買い物
 今月に入って、思わぬ出費が続いている。居間のエアコンと洗濯機の買い替えである。
とはいえ、エアコンについては実に7年ぶりの買い替えである。
新品のエアコンが快調に稼働している居間に座っていると、ここ7年もエアコンなしの居間で過ごしてきたことが嘘のような気がするから不思議である。
 7-8年前のエアコンにはほとんど、沖縄特有のヤモリガードがついておらず、購入から2年余りで使い物にならなくなっていたのである。
業者を呼んで修理を依頼したのだが、電機や曰く基盤(コンピュータ―)の取り換えが必要で「買い替えた方がいいのかも」とのことであった。
 たった二年で使い物にならなくなった、故障の原因を聞くと、どうやらヤモリが基盤を横切った時に漏電を起こし基盤がパンクしたとのことである。
最新技術(コンピューター)はヤモリには弱いということは理解できたが、気分的にはなんとも釈然としないものがあった。
他の三台のエアコンは、10年以上の経年にもかかわらず一度の故障もなく、今も順調に稼動し続けている。
屋外在住のヤモリがとにかく多い、ここ南城市ではコンピュータとは無縁の旧型の古いエアコンが頼もしく、有難くさえ思うのである。
 そんなこんなで、「今年はエアコンなしで何とか凌げた、我慢できた」の思いが、いつの間にか7年も続いて来たのである。
そんな中で、ついに一大決心をして居間にエアコンを入れようと思ったのにはある、きっかっけがあった。
 8月に小学校1年の孫娘が、何を思ったのか急に「おばーちゃんの家に三日間お泊りしたい」と電話してきたのである。
余談になるが、その時電話を受けたのは私の方だが、孫娘の意識は「おじーちゃんの家」ではなく、「おばーちゃんの家」であった。内心の苦笑いを隠しつつもそのことを女房に話すと、女房は満面の笑顔であった。
多分、孫たちが「泊りに来る」喜びと、もう一つは電話口の「おじいちゃん」をさしおいて自分が、孫娘に指名され単純な喜びであっただろうと勝手に推測した。
 孫たちの我が家での夏休みは、午前中は仏間(エアコンの有る畳間)で宿題をやり、午後からは蝉取り、虫取り、公園での遊具遊び、近くのビーチでの海水浴と孫たちにも我々夫婦にも、楽しく充実したものとなった。
 最初は、多分1日か二日で「お泊りやーめたー」と言い出すのではないかと思っていたが、小1の孫娘と幼稚園の孫二人とも、我が家で三日間の夏休みをすっかり楽しんで帰ったのである。
二人の孫の成長が垣間見えた気がしてうれしかった。
きっかけは、もう一つある。それから数日後娘から電話があり、幼稚園児の孫が股関節炎で4日間の安静が必要とのこと。「幼稚園に行くと安静を保てないので休ませて」との医師の診断のようであった。
かくて、幼稚園児の孫を4日間預かったのである。
 これまで、日中は殆んどエアコンを使うことがなかった我々だったが、孫が家にいるときは昼も夜も畳間のエアコンを付けて過ごすことになったのである。
もうこれで、アウトである。
昼夜ともエアコンを稼働させ、エアコンの心地よさに慣れてくると、稼動しない居間のエアコンを見ていると、これは「やはりおかしい」ということになったのである。
 もう一件は、洗濯機である。2~3か月前から調子がおかしくなった様である。
日によって、稼働するタイミングが毎日違うのである。
一発で稼働する日もあれば、午前中は全く動かず、午後になると何事もなかったように動き出したりする。その反対もあるという。
兎に角、強情で勝手気まま、その日の気分次第で稼働したり、途中で駄々をこねて停止を繰り返しているようである。
 こんな状態が1~2ケ月も続いているのである。女房にしてみれば3年保証が過ぎたばかりの時期(タイミング)での不具合が気に入らないようである。
そして、昨日の午後動かなかったものが、今朝は何事もなかったかのように稼動する洗濯機に理屈では説明できぬシンパシーを感じてもいたのかもしれない。
 その日の洗濯機の調子を聞くだけで、こちらもストレスになるので、いい加減に「買い替えたら」と何度も言うが、女房の返事は「明日まで様子を見てから」であった。
これが、また明日になれば動き出すので、ほとほと困り果てながら女房もなかなか買い替えの決断ができなかったのであろう。
 かくして、この9月は我が家にとっては思わぬ大出費の月になったのである。
洗濯機は11日の午後に届いた。因みにその日の朝は我が家の古い洗濯機は稼動していた。
女房は何とも言えぬ複雑な顔をしていたが、私は女房の顔は見ぬふりをするしかなかった。







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