長屋茶房・天真庵

「押上」にある築60年の長屋を改装して
「長屋茶房・天真庵」を建築。
一階がカフェ、2階がギャラリー。

さばさんどを食べる

2012-02-13 07:33:38 | Weblog
今月は近くのspicecafeのシェフたちがインドにカレーの修行にいっている。
ので、残ったスタッフと昔のスタッフがタッグを組んで週末に「スタッフ カフェ
」をやっている。2006年の秋にこの街を始めてきた日、長屋の町をブラブラしながら
spice cafeへたどりついた。スタッフがイキイキ仕事をしていて、とりわけ、まりちゃんの
笑顔が素敵で、近くに天真庵を結ぶ気になった大きな力になった。
そのまりちゃんのつくる「さばさんど」を昨日食べた。さばの味噌煮か、しめさばくらいしか
左党には浮かばないけど、これがどうしてなかなかうまい。ピクニックでもいったような気分で
すぐに胃袋におさまってしまった。

今日は、これから「卵かけごはん」
あの、有名なクラニネット奏者がきっと、開店そうそうにくる気配。

なんの根拠もないらしいけど?朝
はやく出勤する社長の会社は長く続くらしい。音楽家や芸術家も朝はやいひとは一流かも。
昔「会社の寿命が
30年」とか言われていたけど、平成以後にできた会社の平均寿命は「4年
」とかいう説がある。今年はどんどん倒産するので、「3年」くらいに
なるかも。


夜は「易の勉強会」  大型新人がくる。
明日は「英語でそば会」この会の初代先生ビル・スメールが来日中。
きっときんきん、遊びにくるに違いない。
彼のおじさんギャグ「ハーイ、ぼく、ビル・スメール。ビールとスルメで英会話しえんよう」
で、始まった会。いいかげんな始まりだったけど、岩本さんに受け継がれ、10年以上続いている。
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竹細工の日

2012-02-12 08:27:03 | Weblog
今日は竹細工。
いつもより早く起きて、5時過ぎからばんばんそばを打つ。
今朝は、お店においてあるホホバオイルが凍ってなかった。10度は
ある、ということ。昨日おそくまで、小さなお茶会をやったので、そのぬくもりが
残っていたのかも。
今月から、「無茶しぃの会」が始まる。ぼくは、織田流煎茶道をながくやってきて、
教える資格がある。でもお店のほうが忙しいし、かっぽれとか、ほかのこともやっているので、
煎茶のほうは、「日常のお茶を自ら楽しむ(自楽)」みたいなことを、楽しくお茶をしながら
伝えていけたら、と思っている。お店を始めるときに、「マイ箸とかマイぐいのみをもってきて
楽しむお店」というのを目標にしていた。まだまだだけど、旅する時も、お気にいりの急須や茶碗を
もっていく、そんな人が増えれば、意義ある会になるだろう。畳の文化が衰退し、和の伝統的な
「茶道」や「華道」も存亡の危機になる。日本そのものも存亡の危機だけど。
国が滅ぼうが、大恐慌や大震災がこようが、そこで生き残ったら、生活をしていくことになるわけだが、
どんな状況にあっても、こころのおきどころをしっかりと決けられれば、そこは「天守閣」であり、
「青山」であり、「天国」だと思う。

白昼青山に遊ぶ。天真庵の二階に飾ってある南條先生の寒山拾得の画に書いてある世界を
茶を通じて、感じあえれば、こんなに幸せなことはない。

明日の朝は「卵かけごはん」夜は「易の勉強会」
明後日の夜は「英語でそば会」
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奇人と貴人

2012-02-11 08:20:48 | Weblog
煎茶道、別名、文人茶をやってきた人は、奇人が多い。
華道も最初は、神に手向ける、という自然な信仰心みたいなところから発した。
煎茶も、「貴人手前」という少しかしこまった手前がある。奇人も不帰の客に
なるとみな貴人になる。そんな奇人の先輩を敬しながら、今の奇人たちがお茶をいれる。
昨日は、織田流煎茶道の先輩が「庭に椿が咲いたので」という五種類くらいの
椿をもってきたもらった。大好きな「侘び介」が一本入っていたので、久保さんの
細い首の黄瀬戸の花器に投げ入れたら、春うぐいすが啼くような気分になった。

掛け軸は、「古松は般若の談ず」
自然は神様、生きている姿そのものが神だ、みたいな意味かな。
今日は、建国記念日。
国そのものが、存亡の危機にあるけど、ひとりひとりが、飄々と
松のように、超然とした境地になるまで「待つ」。そんな出番が
そろそろくるので、じっくりと待ちなさい、と談じているようでもある。
たぶん、奇人の先輩たちは、そんな世界に遊んでいたのではなかろうかしらん。
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茶せーへんか?

2012-02-10 08:24:39 | Weblog
今月から突然「無茶しぃの煎茶会」をやることになった。
江戸時代に京都で、花咲き、維新から明治の初めころは、文人たちに
盛んにおこなわれていた「煎茶」が、軍国主義の勃興とともに消えた歴史がある。
黒船がやってきたとき、アメリカ人が驚いたのは、下町の子供たちが普段から
着物をきて、縁側でティーセレモニー、つまりままごとで、お茶をいれたりする
「精神的文化力」のある日本人だったらしい。戦争に負けて、
日本人もコーラを
飲んだり、ペットボトルのお茶が日常茶飯になった。そこに大切なものを置き忘れ
いる感じがする。

昨日は表参道で、織田流煎茶道の家元と、煎茶を飲みながら、「無茶・・」の話をした。
これまでの煎茶道の道からは、少しはずれたり、回り道をしそうだけど、がんばってくださいとの。
織田流の煎茶道の精神に「相手に窮屈な思いをさせないこと」とある。とても大事なことだと思う。

今日は「味噌つくりの会 ぱーと3」
芸術家や、お店のオーナーたちがきて、楽しい会になってきた。
「安全な食」「手作りのおもてなし」をするためには、味噌つくりは
とてもいいことだと思う。味噌をつくる工程の中に、「哲」があり
学ぶこと多し。
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粒々皆辛苦の幸せ

2012-02-08 08:07:04 | Weblog
ふつか続けて、「味噌つくり教室」をやった。
豆腐やさんと同じように前の日の夜にずんどうに大豆をいれ、
水に浸して、一日寝かす。それを次の日に、石油ストーブの上で
長風呂のようにことことさせる。なんともいえない、慈しみ深い香りにつつまれる。
ものの本によると、そばが大陸から対馬を経由して、北九州に入り、
しばらくは、そばがきにして食べていた。
それを、最初に「そばぎり」にしたのは、お寺だった、という説がある。

汁をどうしたか?大豆の煮汁に醤油をいれ、下ろし大根なんかを入れて食べたらしい。

金曜日に、神主の資格を持つ友達が夜遊びにくるので、大豆とかえしで出汁をつくって
食べてもらおうか?などと思っている。金曜日も味噌つくり。
そば粉も、珈琲の豆も、大豆も・・・皆、一粒一粒に、いろいろ 
な「手」がかかっているし、ひとつぶひとつぶの「命」が宿っている。
粒々皆辛苦、「♪若いという字は、苦しい字に似てるわ・・・」という歌があったけど、
辛苦というのは、若くて、生きているときこそ、味わうもので、味わいかたによっては、
なんともいい味になるものだ。

今どきの「精進料理」は、なんとなく高級で高嶺の花、みたいなところがあるけど、
今後戦争がはじまったりしたら、石油とか
物価が急騰しそうやし、そうなったら、
ほんとうに、みんなで精進料理をつくり低エネルギーの生活にせんとあかんわね。
「味噌つくり」とか「漬物つくり」とか「梅干し」とか「らっきょ」とかは、
自家製にするといい。昔どこの家でもそうしたように。それに、そば、うどんが打てたら
「天下無敵」かも。
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売茶翁

2012-02-07 08:01:19 | Weblog
「ばいさおう」という。佐賀に住み黄檗山の禅僧だったのだが、58歳の時に野に下って上洛し、
茶を売りながら、禅や茶の風合いを伝授していった。伊藤若冲、池大雅、頼山陽など、
文人たちとの交流を通じて煎茶が広まっていった。
別名「文人茶」とか「批判茶」とかいわれる所以。
抹茶に比べて、座敷とか庭とか道具にこだわらず、いつどこでもかまわないという
融通無碍で、自由。そのぶん、各人の「自楽」というか、自分を磨くため、というところに
重点がおかれているようにも思う。勝手気ままではなく、そこに共通する「精神的文化力」
みたいなものが、とても重要。抹茶のマネをしていたのでは、のみこまれる。

昨日は「味噌つくり」の一日目。元気な女子が味噌つくりをやっている時に、「煎茶道」
の古い文献を読んでいると、そんな宿題みたいなことが書いてあった。店をオープンする前に
読んだときは、そこの一文が焼きつかなかった。華道評論で日大の教授でもあったYさんの評論。
Yさんの娘さんが、天真庵の常連になることなど、そのころは、つゆとも思わなかった。
人と人の縁とは、ほんとうに不思議なものだ。
「無茶しぃの会」、いよいよ静かにスタートする。22日(水)が事始め。

今日は午前中に雑誌の取材。ご老人たちが、生きがいをもって過ごすことを応援する雑誌。
午後は、お仕覆の会。大事な煎茶道具やお花の道具を、包み込む袋をつくる教室。
お茶、お花と同じく、二階の和室で坐ってやる。「坐る」というところに、日本の文化の「道」
につながる大事なものがある。「無茶しぃの会」も、道具や服装や作法は、不問。でも「坐って飲む」
を基本にしたい。
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天下無敵の茶

2012-02-06 07:45:54 | Weblog
京都には「天下一品」というラーメンやさんがある。今は全国区。
東京に始めてきた時は、ラーメンのしょうゆの色の洗礼を受けるけど、京都
では、あのラーメンの洗礼を受ける。天下無敵のラーメン。

京都では、破天荒な人のことを「無茶しぃ」という。東京は「宮本武蔵」
だけど、京都では「あの人は、みやもとむちゃしぃ やな」みたいなことをいう。
東京の墨田区の押上に634mのタワーをたてるのも、やはり「無茶しぃ(634)」だ。

洒落ではないけど、今月から「無茶しぃの会」をやってみようと思う。
近々、「天真庵」のHPで日程などを、アップします。

いかん、「卵かけごはん」がはじまる・・・
今日から味噌つくりも始まる。無茶しぃたちが、あまたやってくる町。押上。
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この花さくや姫

2012-02-05 08:02:12 | Weblog
最近、「このはなさくやひめ」が静かなブームらしい。
女性の神様として、神話にもでてくる。
寒くて春が待ち遠しいので、表のショールームに、知り合いが描いた
「この花さくや姫」を飾ってみた。
春を先取りしたような気分になる。

どんなに漆黒の闇みたいな
夜だって、朝のこない夜がないように、どんなに厳寒な冬だって、春が必ずやってくる。
やさしさを広げていける個(ひと)が活躍する時代。個の花が咲く時代がやってきた。

明日は、味噌つくりの初日。味噌も大豆をすりつぶしてつくる。粉、この花。
ほぼブラジルも、豆の一粒一粒を、石臼で挽いていれる。珈琲も、この花。
そばも白い花が咲いて、そばの実がつき、それを石臼でひいて、粉にする。やはりこの花だ。
みな、小さな命だけど、粒々皆辛苦の命。

明日の朝は「卵かけごはん」
味噌も、お米も、味噌汁の具も、卵のひとつひとつが、この花。
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味噌つくり月間

2012-02-04 08:20:15 | Weblog
昨日はBCNの専務だったワカの三回忌。
三鷹に新しくできた墓地にいく。錦糸町までバスにのって
いく。中央線界隈からくる人は、錦糸町からバスにのって、「十間橋通り」
でおりて、うちにくる人が多い。バスも乗りこなすととても便利だ。
お茶の水で快速にのりかえ、武蔵境からバス。とても素敵な墓地だ。
IT業界のお歴々と久しぶりに再会できた。みんな年を重ねて、冠婚葬祭服が
よく似合うようになった。

その中のおひとりが、「おひさしぶりです」とあいさつされた。ワカが旅だった後に、
ご夫婦で天真庵にこられた。「家内もきにいって、またこよう、と言っていたのですが、
昨年逝きました」とのこと。とても素な女性で、印象に残っている。49歳だったらしい。
ほんとうに、人の一生というのは、はかないもんだ。鎮魂。

夜は「ねんどの会」
土をこねて、いろいろなものをつくる。縄文時代からそうやって、生きてきた。
ぼくもそばをこねて、みんなで、わいわいいいながら食べる。

来週から味噌つくり始まる。昨年までは、「趣味」みたいな感じだったけど、
今年からは、「命」にかかわる領域になってきた。
「食」というのは、「命」と直結している。そう思うと、毎日の3回が真剣勝負に
なってくる。つかのまの旅だけど、一宿一飯に感謝しながら、旅を続けたいものだ。

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りょうろをはこぶ

2012-02-03 08:06:27 | Weblog
涼炉という。煎茶道具。青山の骨董屋にいのがあったので、煎茶のお稽古
の後に、押上まではこんだ。素焼きでできているので、けっこう神経を使う。
座って手にもっていて、コックリしたりすると、床に落ちるし、座ったまま、
上の荷物おきばにおくと、老人性痴ほう症で、忘れそうだし・・・
しかたないので、リュックをせおって、立って押上まで運んだ。そんなに高くは
ないけど、希少価値があるので、現金1000万円をもって、買い出しにいくようなものだ。
(ぼくの友達が、年末に1000万もって韓国にワインを買いにいった話を思い出した)

「りょうろ」とは聞き慣れない言葉だけど、煎茶の時に「ぼうふら」をのせる。
ぼうふら、といっても、あの蚊の幼虫ではない。素焼きの急須のことだ。
中国からやってきたお茶なので、日本では聞き慣れない言葉や道具が煎茶の世界では
あまたある。ちなみに、中国でぼうふらの親、つまり蚊のことをなんというか?
答えが「チースウ」(血吸う)。ミャンマーでは「スーチー」
どちらも冗談だけど・・・
この話を先日、まんまちゃんにしたら、「韓国語で風呂のことをなんというか知ってますか?」
といわれた。答えが「ノボセヨ」らしい。言い方や間を間違えると、「寒い」
といわれそうだけど、使えそうなジョークではある。

今日は節分。でもお店は「臨時休業」  夜の「ねんどの会」はやります。
ワカこと吉若徹さんの分骨式があるので、それに出席。
これから、三鷹の墓地に出発。
「生きているうちに、したいことをする」そんな言葉を言い残して
風のように旅だった。


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