ノンフィクションとは史実や記録に基づいた文章や映像などの創作作品とあります。
ドキュメンタリーやインタビューなど多肢にわたり、製作上の綿密な調査や取捨選択など作成者の独自色がでてしまいます。
つまり、作り手のさじ加減で甘くも辛くも自在となることが操作可能であるということが出来ます。
例えば「Aさんはテーブルの上の水をこぼした」という事実があるとします。
それに付随する事実をどこまで発表するかにより
Aさんの印象を180度変えてしまうことが可能であるのです。
1. Bさんの存在
2. Aさんは女性、Bさんは男性
3. Bさんは浮気の話をした
4. 浮気をしたのはAさん
5. AさんはBさんを罵った
6. BさんはAさんに殴りかかった
7. Aさんが身を交わした時コップの水がこぼれた
極端な例ではありますが、5番までの情報ではAさんがBさんに水をかけたのかも知れないとの疑念がのこります。
NHKの大河ドラマなどではフィクション、ノンフィクションの表記を避け、「実際の事件や人物を一部は脚色してます」とのキャプションを用いています。
つまりノンフィクションに対するリスクを回避している訳です。
NHKがノンフィクション作家として菅野完にお墨付きを与えたような結果になっていますが、これは単なるNHKのリスク回避でしか無い訳です。
ですからこの森友問題自体が故意では無い"安倍おろし"の一環であり、無責任に問題を煽れば煽るほど安倍政権のNHK改革の反撃となるのです。