天皇陛下の靖国神社御親拝を希望する会会長

日本人の歴史認識は間違っています。皇紀2675年こんなに続いた国は世界の何処を探しても日本しかありません。

もう一つの自分

2017-04-04 14:19:04 | 歴史

私のツイートに次のようなリプがきた。

『太平洋戦線
インドネシア・フィリピン・沖縄
東京大空襲を始めとした空襲
広島・長崎原爆

侵略戦争を続け日本国民を虐殺した
日本軍国主義者の戦争犯罪人を合祀する靖国神社に
政教分離の憲法に違反し参拝する事こそ
日本国民に対する裏切り行為である』



未だに戦犯分祀論者からこの様なリプが届く。日本人としてその被害の矛先を戦争責任者に向ける方は少なくない。この手の主張はあの戦争を侵略戦争と捉え、国として戦争に突入した責任者に全ての惨たらしい被害の責任があるとする思考である。

冒頭にもあるが、太平洋戦線、インドネシア・フィリピン・沖縄、東京大空襲を始めとした空襲
広島・長崎原爆。
具体的には戦闘行動さえ出来ずに多くの餓死者を出した事、特攻での若者の死、集団自決、バンザイクリフ、等 犬死、無駄死にと呼ばれ亡くなった多くの日本人の犠牲の責任が東條等14人だけにあるのだろうか。

日本国民を虐殺したのは紛れも無い連合国軍であるはずであるのに。この問題は日本人の中であの戦争に対する総括が出来ていないことが原因である。


日本では
「先の大戦」
「あの戦争」
などと呼ばれる太平洋戦争と大東亜戦争

昭和16年12月12日に東條内閣が、支那事変(日中戦争)も含めて「大東亜戦争」とすると閣議決定し、戦後にはGHQによって「戦時用語」として使用が禁止され、「太平洋戦争」などの語がかわって用いられた。GHQの指定は現在は失効、メディアでは一種のタブー扱いとされ使用は控えられ、歴史認識問題などでこの戦争の呼称については議論が続いている。

昭和12年7月7日から始まった支那事変、
昭和16年11月26日ハル・ノートを日本側に提出
12月1日の御前会議で日米交渉の打ち切 りと日米開戦を決定。
12月8日戦闘行動開始命令で開戦を経て

12月12日の閣議決定である。


文部省教科書課
「『大東亜戦争』という言葉は、侵略戦争を肯定する意味合いを持つので、戦後は一般的に太平洋戦争という名称を使っている」

外務省大臣官房報道課
「『大東亜戦争』という言葉は侵略戦争を思わせるのであまり使ってはいない」

要するに『大東亜戦争』は侵略戦争のイメージもしくは侵略戦争の肯定的イメージで太平洋戦争を使用。その太平洋戦争は戦勝国が日本の侵略を止めた正義の戦争であり、唯一「大東亜戦争」を使わない事で侵略戦争ではなかった、と極めて消極的な否定をしているのみである。

つまり、どちらの呼び方でも構わないが、どちらを呼ぶにせよある抵抗感から先の大戦、あの戦争
などが多様されることは間違いない。
日本に於いて日本人だけであの戦争の総括が未だなされていないのだ。

したがって、東條英機らに全ての戦争責任を被せ過去を否定することでしか敗戦から逃れる術がなかったのであり、侵略戦争を極めて薄志弱行に受け入れざるを得なかったのが東京裁判であった。

この東京裁判は確かに生き残った日本人達を助ける意味で必要なものであったことは誰しもが認めたものである。

だからと言って日本人自身が未だに東條等だけにその責任を押し付けて、或いは押し付けたままで
いることは余りにも偽善が過ぎはしないだろうか。

東京裁判は覆せないにしても東京裁判史観を見つめ直すことは今後の日本人にとって必要であり、侵略戦争などと日本人自らが使うべきで無いことも常識となる時代が必ず来ると信じたい。










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