天皇陛下の靖国神社御親拝を希望する会会長

日本人の歴史認識は間違っています。皇紀2675年こんなに続いた国は世界の何処を探しても日本しかありません。

二つの同じ遺書

2017-07-05 13:51:53 | 歴史


70年前の遺書(戦地の若人から)

もし玉砕して、そのことによって
祖国のひとたちが、すこしでも生を楽しむことができれば

祖国の国威が、すこしでも強く
輝くことができればと
せつに祈るのみである

遠い祖国の若き男よ
強く逞しく、朗らかであれ

なつかしい遠い祖国の
若き乙女たちよ
清く美しくあれ



無名戦士の手紙








グアム島の遺書

海軍軍属 石田正夫 命
昭和十九年八月八日 グアム島にて戦死
兵庫県加東郡中東条村出身 三十七歳

 昨夜子供の夢を見て居た。
 父として匠に何をして来たか。
 このまま内地の土をふまぬ日が来ても、何もかも宿命だとあきらめてよいだらうか。
 おろかな父にも悲しい宿命があり、お前にも悲しい運命があつたのだ。

 強く生きてほしい。
 そして、私の正反対な性格の人間になつて呉れる様に切に祈る。

合掌

 三月○日 内地の様子が知りたい。
 聞きたい。
 毎日、情勢の急迫を申し渡されるばかり。
 自分達はすでに死を覚悟して来てゐる。
 万策つきれば、いさぎよく死なう。

 本月の○日頃が、また危険との事である。



 若し玉砕してその事によつて祖国の人達が少しでも生を楽しむ事が出来れば、母国の国威が少しでも強く輝く事が出来ればと切に祈るのみ。

 遠い祖国の若き男よ、強く逞しく朗らかであれ。

 なつかしい遠い母国の若き女達よ、清く美しく健康であれ。

【昭和三十九年十一月靖國神社社頭掲示】




もし玉砕して、そのことによって
祖国のひとたちが、すこしでも生を楽しむことができれば
祖国の国威が、すこしでも強く
輝くことができればと
せつに祈るのみである
遠い祖国の若き男よ
強く逞しく、朗らかであれ
なつかしい遠い祖国の
若き乙女たちよ
清く美しくあれ


若し玉砕してその事によつて
祖国の人達が少しでも生を楽しむ事が出来れば、母国の国威が少しでも強く
輝く事が出来ればと
切に祈るのみ
遠い祖国の若き男よ
強く逞しく朗らかであれ
なつかしい遠い【母国】の
若き【女達】よ、
清く美しく【健康で】あれ。



最初の遺書が自衛隊基地にある抜粋されたもので、次にあげた遺書が靖国神社の英霊の言の葉に取り上げられている遺書だ。

言葉の書き換えや省略は特段そんなに大幅な書き換えがあったとは言えない。

特段この違いには深い意味などないのだろう。

違いは無名戦士と実名の違いであり、何故名前を伏せたのか、ここからは勝手な想像だが前半部分は家族に対しての遺書であり、抜粋部分は後世の我々に向けたメッセージともとれ、その部分だけを抜粋したため実名を避けたのだろう。

軍属とは軍人ではない、兵站や後方支援業務等を行う者で兵士ではない。実際に戦闘に参加するわけではなく本土にいる場合が殆どで、先の大戦の場合離島へは軍属や家族も本土から離れる場合が多かった。

つまり、戦士であることには違いがないのだろう。前半のプライバシーに関する家族宛の手紙の部分を割愛する事で実名を避けたのだろう。

命がけ、命を犠牲にして我々に送ったメッセージは男には強く逞しく朗らかで女には清く美しく健康である。

あれから70年以上も立つが一国の首相を呼び捨てでやめろと騒ぎたてる男女は朗らかでも健康的でもない。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 橋下徹の都民ファツイート | トップ | あんな人達 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史」カテゴリの最新記事