天然居士のとっておきの話

実生活には役に立たないけど、知っていると人生が豊かになるような話を綴りたいと思います。

競技かるた

2016-12-07 | Weblog
 競技かるたは、一般的なイメージでは、
 小倉百人一首を使って行われる事から、
 伝統文化の範疇と考えられていますが、
 競技に高度な瞬発力・記憶力・精神力・体力が
 必要とされることなどから、
 「畳の上の格闘技」とも形容され、スポーツに近い面もあります。

 百人一首を用いた競技は明治時代以前から行われていましたが、
 そのルールは地方や主催するかるた会によってまちまちでした。
 競技かるたのルールの統一が図られたのは
 1904年(明治37年)の事で、
 ジャーナリストの黒岩涙香によってでした。
 黒岩は「東京かるた会」を結成し、第1回の競技かるた大会を開催し、
 その後、ルールについては軽微な修正を経て、現在に至っています。

 毎年1月には、滋賀県大津市の近江神宮において、
 名人位戦と女性部門のクイーン位戦が行われ、
 HKが放送していますので、ご存知の方も多いかと思います。

 現在の競技かるたの公式ルールでは、
 使用するかるたは、京都の大石天狗堂製のものと定まっています。
 大石天狗堂は、かるたの製造卸販売を行う老舗企業です。
 創業は江戸時代の1800年(寛政12年)で、
 初代は、能登出身の大石蔵之介(忠臣蔵の大石内蔵助とは別人です)が、
 米屋を営む傍ら、公家相手にかるたを売る商売を始めたとの事です。
 会社のHPに載っている同社の歴史には、
 「黒岩涙香の考案により、活字体の百人一首を製作」とありますので、
 黒岩は、競技かるたの普及に熱心だった事がうかがえます。
 そんな事から、現在も公式競技は、
 大石天狗堂製の百人一首と定まっているのでしょう。

 小倉百人一首の成立には、宇都宮頼綱が関係している事は以前書きました。
 http://blog.goo.ne.jp/tennnennkozi/e/bac85a928118aa9597362b792b5ce6d8
 そうした事もあって、最近宇都宮市内でも競技かるたが盛んになっているようです。
 良い事だと思っています。

 
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2 コメント

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Unknown (井頭山人)
2016-12-11 22:04:21
江戸はおろか、大昔からカルタ取りは有った様に思いましたが、正式に競技かるたの規則を決めたのは、1904年の黒岩涙香ですか?大石天狗堂の小倉百人一首を並べて、読み札を読む人の一言で、サーッとカルタを跳ね飛ばす早業は驚きます。まさに格闘技、どうして同じ出だしの札が有るのに、あの様に目当ての札が分かるのでしょう?。私の場合は、読み終わり、えーっと、と考えて周りを見渡し、オモムロニ手を出すにですが、相手もどこに有るのだろうと見回しています。このレベルですから競技にはなりませんね。宇都宮には競技かるたのクラブが有ると知人は云っていました。
有難うございました (天然居士)
2016-12-20 18:01:05
毎年、競技かるたの決勝大会をテレビで見ています。
凄いスピードと迫力ですね。

百人一首の中には最初の音でその歌が分かる1字決まりが7首あり、
2音で分かる2字決まりが42首あるそうです。
そんな事を覚えるのでしょうね。
宇都宮では、最近人気が出ているようです。

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