典虚てん手古舞

「自分のための備忘録」



生き心地、心模様

2017年08月09日 | <雑感>一日一生/生き心地・心模様

 たった深夜からは4時間の睡眠でしたが、目覚め際にみた「夢心地」を失いたくなくて、再び眠ることはせずに、「早起き」に変えました。

 私は今も、精神神経科、今風にいうと「心療内科」に定期的に通院しています。言い換えれば、自分の心持を整える為に20年、正確に言うと、17年ですか?記録魔ゆえ、公的な記録である診断書や教育委員会の書類は、保存しています。

 手紙は書きたくとも言葉が心の中に滞っています。孫にすら、はがき一枚書くことが出来ません。頂いた年賀状や暑中見舞いにも返信できずの歳月が流れました。私が「済州島」の活動をしていね、いやしていた時期に今の住所を御存知の友人からは郵便による連絡はある?

 しかし、インターネットの普及によるメールと現役活動中の誰もが携帯電話などを持つようになって、人と人とのコミュニケーションは大きく変化しました。

 あれほど、メールや携帯電話を拒否していた人たちが、やむを得なく、持たざるを得ない社会に変わったからです。これは、「断定表現」でも不適格ではないと存じます。

 そのような状況の中で、わたくしは、「メール」通信を止めました。まっ、拒否ですね。ただ、親族との連絡は、「母死す」の連絡も控えておりますから、スマート・ホーンで可能にしています。あとは、SMSでしょうか。 携帯電話は20年間同じ番号だし、 固定電話も、経済的にはもったいないけど、40年近くそのままにしています。まっ、これは、同じ地域に住んでいるから可能なだけです。母ハクトーバを見送ったら、典虚も転居したいデスっるっ

 人との音信、交流が苦痛という心的病は現在も続いています。せいぜい、酔っぱらった時に、わすがな片手の数の知人友人に、まずい承知しつつ、甘えの中で電話しているか?

 我が息子にさえ、心を、半分は閉じています。まっ、身内ってそんなもんですがネ。でなけりゃ、尊属殺人はこんなにも頻発しない・・・。

 同居としたり、近所に住んている場合の方が身内間の葛藤は激しいと存じます。高齢の親と子ですね。まっねこれについてお喋りすると、話が逸れますので戻します。ああ、念のために足すと、我が母ハクトーバは、とっくにあの世の存在で、「生きている屍」です。生前葬もさせてもらいましたし・・・。仏さんへの「供養」と考え、自分に諭すと、墓石に合掌の心地に転じているような。

 まあまあ、本題は、手紙・ハガキが書けないのは、人が怖いというトラウマが今も私の心を絡めとったままという状態のいいわけです。

 12時37分もう眠くて、眠くて・・・。連続ドラマを見終えたら、お昼寝といたします。

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