つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

道元禅師の時代の食事

2016-10-18 08:17:11 | 仏教・禅宗・曹洞宗
ちょっと気になった一節を見付けた。

 漱口のとき、この文を密誦すべし、
 華厳経云、澡漱口歯、当願衆生、向浄法門、究竟解脱。
 たびたび漱口して、くちびるのうちと、したのした、あぎにいたるまで、右手の第一指・第二指・第三指等をもて、指のはらにてよくよくなめりたるがごとくなるごと、あらひのぞくべし。油あるもの食せらんことちかからんには、皂莢をもちいるべし。
    『正法眼蔵』「洗面」巻


気になったのは、最後の「油あるもの食せらんことちかからんには、皂莢をもちいるべし」である。この皂莢については、【皂莢―つらつら日暮らしWiki】をご覧いただければ良いのだが、現代でいうところの歯磨き粉として用いられていたものである。

それで、道元禅師はこの実を口を漱ぐ際に使うべきだとはされるが、その条件が「油あるもの食せらんことちかからん」となっている。ということは、ちょうど1年前に書いた【禅僧の歯磨きについて】は少し修正が必要で、なるほど、禅僧のオーラルケアとしては、「楊枝を使った歯磨き」は朝だけだったかもしれないが、それ以外の時間には「漱口」をしていたということになろう。

また、「油あるもの」という表記にも注意が必要で、当時の禅僧の食事には、油で炒めたり、茹でたりしたものなどが出ていたことにもなろう。道元禅師は油っこいものを食べた直後には、実を使って口を漱ぐべきだという。なお、道元禅師は「別菜器」についての記載をしていないから、おそらくは普通に鉢盂で油っこいものも食べていたのだろうけれども、その後処理(洗鉢)がどうなっていたのかも気になる。まさか、サイカチの実は食器洗いにも使っていたのだろうか?

でも、これらのことにより、淡泊な味わいのものだけ食べていたのではなくて、ちゃんと必要に応じて油分も摂取されていたことも確認できたことが大きい。鎌倉時代の食事ということにはなるわけだが、メニューなどはそれとして調査する必要を感じる。今は、書かないけれども・・・

それから、漱口の仕方として、指三本を口の中に入れて、かき混ぜるようにしながら洗っていたらしい。これも大変だ。喉の奥とかに入ってしまったら嘔吐いてしまいそうだが、その辺は注意をして行っていたのだろう。現代では、デンタルリンスなどの薬液があるから、この辺は楽に行えてしまうけれども、このように、油っこいものを食べたことを自覚して行う漱口の重要性を考えさせられた。

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