つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

今日は母の日(平成29年度版)

2017-05-14 09:10:41 | 仏教・禅宗・曹洞宗
今日は母の日である。仏教的に何かあるか?と思うのだが、仏教は基本、「家族の恩愛」を否定する傾向にあり、その辺が中国では儒教との対立を招くようなこともあった。そのため、積極的に論じる様子は無いように思うが、それでも、北伝の仏教の中には、釈尊が亡き母のための、天に昇って説法した話など、孝子的内容の説話が複数伝わる。

或いは、日本であれば、子供の仏道修行を支える母、というイメージが説かれることがあった。曹洞宗でも、以下のような一節が伝わる。

 師諱は懐弉。俗姓は藤氏。謂ゆる九條大相国四代の孫秀通の孫なり。叡山の円能法印の房に投じて十八歳にして落髪す。然しより倶舎成実の二教を学し、後に摩訶止観を学す。此に名利の学業は頗ぶる益なきことを知りて窃かに菩提心を起す。然れども且らく師範の命に随ひて学業を以て向上の勤とす。
 然るに有時、母儀の処に往く。母便ち命じて曰く、我れ汝をして出家せしむる志、上綱の位を補して公上の交りを作せと思はず。唯名利の学業を為さず、黒衣の非人にして背後に笠を掛け、往来唯かちより行けと思ふのみなり。時に師聞て承諾し、忽に衣を更て再び山に登らず。
    『伝光録』第52祖章、段落は拙僧


これは、曹洞宗の大本山永平寺2祖・懐弉禅師(1198~1280)の古伝の一つである。懐弉禅師は元々、藤原氏のお生まれであったが、比叡山にて出家し、その後は、様々な論書や止観などを学んでいた。元々、名利心を持って仏道を学んでも、何も良いことは無いことを熟知しており、菩提心を起こしていたという。本来の菩提心は、仏道への志、ということだが、この場合は比叡山に於ける官僧の立場に固執しないことをいう。

ただし、師の言いつけを守り、比叡山内に於ける学びを行っていたとはいう。

その上で、或る時、御母様のところに訪れる機会があった。伺ったところ、御母様は懐弉禅師の姿を見るなり、「私が、そなたを出家させたのは、偉い、位を持った僧侶になって欲しいのではなく、名利のための学びをして欲しいのでも無く、ただ「黒衣の非人」となって背中にかさを掛けて、徒歩で遊行の道を歩んで欲しいということだ(註:拙僧の意訳)」という言葉を聞いた。懐弉禅師は即座に御母様の思いを受け入れ、そのようになさったという。

比叡山を下りた後は、浄土宗で学んだり、達磨宗で学んだりし、その後、中国留学から帰国された道元禅師を訪ね、その弟子となられたのである。

このように、母の言いつけによって修行態度を改めた例というのは、幾つかを見ることが出来、なるほど、善知識とはこういう身近なところに居られたのか、と思うのである。今日は母の日である。仏教徒の例はともかくとして、世間一般的には、まず子供としての感謝の心を何かの形で伝えていただくのが良いと思う。

この記事を評価して下さった方は、にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へにほんブログ村 仏教を1日1回押していただければ幸いです(反応が無い方は[Ctrl]キーを押しながら再度押していただければ幸いです)。

これまでの読み切りモノ〈曹洞宗11〉は【ブログ内リンク】からどうぞ。
ジャンル:
文化
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「ランサムウェア」によるサ... | トップ | <NPB2017>どん底マリーンズ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL