つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

今日は猫の日(平成29年度版)

2017-02-22 08:32:29 | 仏教・禅宗・曹洞宗
今日は「2月22日」で、「2」をニャーとする語呂合わせから、日本では「猫の日」に指定されている。それで、仏教に於ける猫に因んだ話でもしようかと思っているのだが、余り良い話が無い。禅僧の場合は特に危険で、それこそ各種検索サイトで「禅僧・猫」とかで検索すると、ほぼ必ずといって良いほどに「南泉斬猫話」がヒットする。

これは、中国にいた南泉普願(748~834)という禅僧が、猫を真っ二つにぶった切る話で、今なら確実に、動物愛護団体から怒られる所業である。とんでもないと思っていたら、南泉本人は死後に牛に生まれ変わるとかいっているから、それなりに罪を自覚していたのかな・・・

で、今日はどうしようか?と思った。余り良いネタがない。

 池州杉山智堅禅師、初め帰宗と南泉と行脚する時、路に一虎に逢う。各おの虎の辺より過ぎ了る。
 南泉、帰宗に問うて云く、「適来、虎を見るも、箇れ什麼に似たるや」。
 宗云く、「箇れ猫児に似たり」。宗、却た師に問う。
 師云く、「箇れ狗子に似たり」。宗、又た南泉に問う。
 泉云く、「我れ、是れを箇の大蟲と見る」。
    『景徳伝灯録』巻6


ここで採り上げた杉山智堅禅師というのは、馬祖道一の法嗣である。なお、日本人の名前としても読めそうで、「すぎやまともかた」とかいう名前に見えてしまうと思うが、「杉山」は号(山号?)であろうから、僧侶としては、「さんさん(せん)ちけん」とでも読むべきだろう。

さておき、この杉山禅師には上記一則を含めた3つの問答が残るものの、生没年については不詳のようである。まぁ、帰宗智常や南泉普願(ともに馬祖道一の法嗣。南泉の生没年は既に提示)と同年代だとすれば、だいたい8~9世紀頃の人なのだろう。

それで、この問答は文字として捉えれば非常に簡潔なものである。帰宗と南泉と杉山禅師が道を歩いていると、虎に出会った。何とか虎をやり過ごしたが、南泉が帰宗に対し「さっき虎がいたようだけど、あれ何だった?」と聞いた。すると、帰宗は、「あれは小猫だった」と答え、そして帰宗は杉山禅師にも「そっちはどう思った?」と聞いた。

杉山禅師は「あれは犬だった」と答えた。

帰宗は南泉にも同じことを聞いたが、南泉は「大きな虫だった」と答えた。

まさしく禅問答。意味が分からん(笑)

とりあえず「虎」だろ?とか思う、文字を数える徒に過ぎない拙僧であった。

とはいえ、そういえば、江戸時代の画僧・仙厓義梵も、猫だか虎だかよく分からない絵を描いて「猫ニ似タモノ」とか賛を書いたっけ。典拠はこの問答か?

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