つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

「有智若聞即能信解」ということ

2017-09-11 09:42:26 | 仏教・禅宗・曹洞宗
道元禅師が以下のような提唱をしておられる。

いはゆる智は、人に学せず、みづからおこすにあらず。智よく智につたはれ、智すなはち智をたづぬるなり。五百の蝙蝠は、智おのづから身をつくる、さらに身なし、心なし。十千の游魚は、智したしく身にてあるゆえに、縁にあらず、因にあらずといへども、聞法すれば即解するなり。きたるにあらず、入にあらず。たとへば東君の春にあふがごとし。智は有念にあらず、智は無念にあらず、智は有心にあらず、智は無心にあらず。いはんや大小にかかはらんや、いはんや迷悟の論ならんや。いふところは、仏法はいかにあることともしらず、さきより聞取するにあらざれば、したふにあらず、ねがふにあらざれども、聞法するに、思をかろくし身をわするるは、有智の身心、すでに自己にあらざるがゆえに、しかあらしむるなり。これを即能信解といふ。
    『正法眼蔵』「恁麼」巻


この箇所とは、中国禅宗六祖慧能禅師に関わる、或る問答に因んで述べられたものである。

第三十三祖大鑑禅師、未剃髪のとき、広州法性寺に宿するに、二僧ありて相論するに、一僧いはく、幡の動ずるなり。一僧いはく、風の動ずるなり。かくのごとく相論往来して休歇せざるに、六祖いはく、風動にあらず、幡動にあらず、仁者心動なり。二僧、ききてすみやかに信受す。
    同上


なお、道元禅師は上記のように、或る相論をしていた2人の僧侶が、六祖の言葉を聞いて、「二僧、ききてすみやかに信受す」と述べ、その内容のことを、「有智若聞即能信解」とした。なお、この8字の原典は、『妙法蓮華経』「薬草喩品」なのだが、その場合「即」が「則」となっているけれども、意味として大差は無い。それから、『景徳伝灯録』などに見る上記問答の典拠を確認すると、最後の「信受」云々は出てこない。むしろ、原典では2人の僧侶の相論に六祖が割って入る様子をそばで見ていた印宗という僧侶について記載が続くのである。

よって、これは或る意味、道元禅師による想像だと断言しても良い。しかし、六祖の言葉が明確な智慧に裏付けられたものだと判断し、智慧の働きの上ではかくなるであろうと判断されたものと思われる。

それで、「有智若聞即能信解」についてである。冒頭で引いた「恁麼」巻の一節に、その解釈が明らかなのだが、道元禅師は六祖の問答で、そこに明確な智慧が顕現していることを指摘したいのだろう。だが、その「智慧」の在処については、慎重な判断を要する。何故かといえば、ここで問うているのは「仏智」だからである。道元禅師が「仏」に関わる概念を用いる場合、その基本は「無分別」であるから、仏智とは何かに対しない。

その意味で、我々がもし、仏智を得たとしても、それは誰かに習ったり、自らそれを起こすことは出来ない。その意味で、我々がもし仏智を得たとすれば、それは仏智の働きによって得させられたのである。それが、智がよく智に伝わり、智が智を訪ねるとしているのである。つまり、我々は既に仏智の存在として存在し、その仏智が仏智を訪ね、得ていくのである。元々が仏智の存在であるから、「聞法すれば即解するなり」とはいわれるのである。いわば、「有智若聞」について論じたものだといえよう。

さて、「有智若聞」は「即能信解」へと続くのだが、道元禅師は既に我々自身が仏智と離れた存在ではないことを明示しているので、「いふところは、仏法はいかにあることともしらず、さきより聞取するにあらざれば、したふにあらず、ねがふにあらざれども、聞法するに、思をかろくし身をわするるは、有智の身心、すでに自己にあらざるがゆえに、しかあらしむるなり」とされ、「これを即能信解といふ」とされた。これはつまり、我々が仏法を得るということは、仏法がどのようなものであるかも知らず、その前から聞いているのではないから、仏法を得たいと慕うこともなく、願うこともなく、ただ聞法するだけであるという。問題はこの、ただ聞法するだけだということなのだろう。この時、我々は、その聞くべき対象への偏執が無い。よって、「思をかろくし身をわするる」となるのである。

つまり、我々という存在は、「有智の身心、すでに自己にあらざるがゆえに」とあって、有智だから、自己ではないのである。これこそが、ただ仏智であることの表現である。そして、その仏智たる我々が仏智を頂戴していくということ、それが「即能信解」なのである。おそらく、個人の中に起きる現象面としては、「若聞」によって「即能信解」が先立ち、その後に「有智」と知られていくのだとは思うのだが、道元禅師はその現象を転倒させて、事象の起きる様子を解説されたのである。

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