つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

『妙法蓮華経』に説かれる阿弥陀信仰

2017-05-20 09:01:56 | 仏教・禅宗・曹洞宗
拙僧自身も、そんなに勉強しているわけではないので、なんとも言えないが、日蓮聖人が『法華経』最勝を説き、その上で真言や念仏を叩いたことは非常に有名である。勿論、我々禅宗もこっぴどくやられている。で、その理由を見ていると、どうやら浄土三部経は、真実の経典ではないという教相判釈や、或いは専修念仏によって『法華経』が否定されているということによって、批判したようである。ただ、よくよく考えてみると『法華経』にも阿弥陀念仏のことが出てくるのである。

若し如来の滅後後の五百歳の中に、若し女人あって是の経典を聞いて説の如く修行せば、此に於て命終して、即ち安楽世界の阿弥陀仏の大菩薩衆の圍繞せる住処に往いて、蓮華の中の宝座の上に生ぜん。復貪欲に悩されじ。亦復瞋恚・愚痴に悩されじ。亦復・慢・嫉妬・諸垢に悩されじ。菩薩の神通・無生法忍を得ん。是の忍を得已って眼根清浄ならん。是の清浄の眼根を以て、七百万二千億那由他恒河沙等の諸仏如来を見たてまつらん。
    『妙法蓮華経』「薬王菩薩本事品第二十三」


女性がどのようにして成仏するかという「女人成仏」に関する箇所の説示になるけれども、よく分からないのが、「如来の滅後後の五百歳」という表現である。普通に考えると、これは釈尊の滅後500年の後ということではなかろうか。だが、これを末法の世(要するに、釈尊入滅後1500年や2000年後の状況)として解釈されることもあるようである。まぁ、そうでないと、末法の世に、この『法華経』が良いという教学の根拠が希薄になってしまうからだろう。

さておき、ここでいわれているのは、女性がこの経典を聞いて修行すれば、臨終後安楽世界(極楽のこと)の阿弥陀仏の下に生まれることが出来るという。しかも、その上に三毒に悩まされる必要も無く、菩薩が持っている神通力などを得ることも出来るという。そして、無生の法理を認証し終わってから、我々の眼は清浄になるという。この場合の清浄とは、煩悩にまみれておらず、無分別であることをいう。そうなると、無数の諸仏如来を見ることが出来るというのが、この教えである。

以前、拙ブログでは「私的法華験記」という連載記事を書いていたことがあったが、それには多く、『法華経』信仰の結果、極楽浄土に往生するという話が数多く存在していることを指摘した。ついでにいえば、浄土教の方でもそれを認めている。

また三種の衆生ありて、まさに往生を得べし。なんらをか三つとする。一つには慈心にして殺さず、もろもろの戒行を具す。二つには大乗方等経典を読誦す。三つには六念を修行す。回向発願してかの国に生ぜんと願ず。この功徳を具すること、一日乃至七日してすなはち往生を得。
    『観無量寿経』


これは、「上品上生」の条件である。「大乗方等経典を読誦す」とある。『法華経』と相応する関係にあることが分かるだろう。結局、両方ともに女性を救うように共同作業をしている印象である。現代的な視点でいうと、このように男女に救われ方を分けるのはどうか?と思う人もいると思う。ただ、それでもって過去の事実を否定することは許されていない。

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