今日、2月15日は涅槃会とされて、古来より釈尊が入滅されたことを偲ぶ忌日とされてきました。
釈尊は、病身をクシナガラの沙羅双樹の元へ横たえ、最期の教えを説き(自燈明・法燈明)、それから入滅されました。
曹洞宗という禅宗の一派では、釈尊の涅槃像を掛けて、最期の教えが記された『涅槃経』『仏垂般涅槃略説教誡経(仏遺教経)』などを読誦してその恩に報います。
例えば永平寺を開かれた道元禅師は、この涅槃会に因んで弟子たちを前に7回ほど説法を行い、それは『道元和尚広録』という語録に収められています。
その中では「二千年前の今日、我等が本師釈迦牟尼如来、娑婆世界西天竺菩提樹に般涅槃したもう、今日に遇う毎に枝うなだれ葉萎む。如来の涅槃を憂うるなり。」(『道元和尚広録』七−486上堂)とされたりしています。一切の存在が釈尊を慕い、そして悲しみに暮れる様子を表現しきっている文言です。なお、この「枝」「葉」というのは、釈尊が亡くなるときに身を横たえたクシナガラの「沙羅双樹」を指しております……って、何故か本文は「西天竺菩提樹」なのですが。。。
これは、引用ミスではありません、念のため。影印本でも確認しておりますので、これはこのように説法(上堂)されたのでしょう。同じ上堂には「今夜、双樹に涅槃す」とありますので、一応沙羅双樹だとしてみたのですが。。。
難しい話はさておきまして、そういった樹木ですらも釈尊の涅槃を悲しんでいることを意味しているわけです。そういえば、先に挙げた「釈尊涅槃像」には、大概は悲しみに沈む生きとし生けるもの、或いは生のない者・山神・鬼神などのあらゆる存在が象徴的に描かれています。
なお、釈尊の涅槃像を思い浮かべることが出来ない方は、釈尊が横になる姿を思えばいいわけです。カプコンより発売されている「ストリートファイター2」という格闘ゲームでサガットというムエタイ選手が登場するステージで釈尊涅槃像が背景にあったですね。あの大きな仏像です。
それから、同じく涅槃像には、天上で薬師如来が心配する様子が描かれています。薬師如来は病に苦しむ釈尊のために薬の入った袋を下界へ投げ落としたのですが、途中の枝に引っかかってしまいました。亡くなる場に居合わせた誰もが薬袋を見付けることが無く、結果釈尊が亡くなってしまったことから、「薬袋」という名字の方は「みない(=見ない)」さんと呼びます。ここで30へぇ〜くらいいただけましたでしょうか。。。
なお、この故事に分かるように、古来、人が亡くなるときには、大勢の人が集まってその最期の言葉を聞くのが習わしでした。それに引き替え、最近の臨終はまったく酷いものですな。病院のベッドの上で亡くなる方ばっかりです。しかも、家族も入らないで、医者・看護婦だけが見送ることも多いわけです。こんな様子では、いつまで経っても、人間が死の本質を知ることはないです。死の間際の体験を聴き、観ることで自分の経験の奥行きを拡大しなくてはならないでしょう。死っていうのは感情的なものではなく、もっと物質的なはずです。死者の臭い、これも感覚という点からすれば大きな要素です。
せっかく、これだけ情報発信技術が盛んになってきたのですから、いっそのこと臨終から葬儀まで、一切を生中継すればいいのにとも思います「ストリーミング生中継!ブロードバンド対応!!一人の臨終を見送るまで!」みたいな。。。
言い出したということで、拙僧がやれば良いのかもしれませんが、拙僧は誰にも看取られず姿を眩まして亡くなった幾多の禅僧に連なるつもりでおりますので、山の中で1人坐脱立亡するのが夢です。悪しからず、合掌。
釈尊は、病身をクシナガラの沙羅双樹の元へ横たえ、最期の教えを説き(自燈明・法燈明)、それから入滅されました。
曹洞宗という禅宗の一派では、釈尊の涅槃像を掛けて、最期の教えが記された『涅槃経』『仏垂般涅槃略説教誡経(仏遺教経)』などを読誦してその恩に報います。
例えば永平寺を開かれた道元禅師は、この涅槃会に因んで弟子たちを前に7回ほど説法を行い、それは『道元和尚広録』という語録に収められています。
その中では「二千年前の今日、我等が本師釈迦牟尼如来、娑婆世界西天竺菩提樹に般涅槃したもう、今日に遇う毎に枝うなだれ葉萎む。如来の涅槃を憂うるなり。」(『道元和尚広録』七−486上堂)とされたりしています。一切の存在が釈尊を慕い、そして悲しみに暮れる様子を表現しきっている文言です。なお、この「枝」「葉」というのは、釈尊が亡くなるときに身を横たえたクシナガラの「沙羅双樹」を指しております……って、何故か本文は「西天竺菩提樹」なのですが。。。
これは、引用ミスではありません、念のため。影印本でも確認しておりますので、これはこのように説法(上堂)されたのでしょう。同じ上堂には「今夜、双樹に涅槃す」とありますので、一応沙羅双樹だとしてみたのですが。。。
難しい話はさておきまして、そういった樹木ですらも釈尊の涅槃を悲しんでいることを意味しているわけです。そういえば、先に挙げた「釈尊涅槃像」には、大概は悲しみに沈む生きとし生けるもの、或いは生のない者・山神・鬼神などのあらゆる存在が象徴的に描かれています。
なお、釈尊の涅槃像を思い浮かべることが出来ない方は、釈尊が横になる姿を思えばいいわけです。カプコンより発売されている「ストリートファイター2」という格闘ゲームでサガットというムエタイ選手が登場するステージで釈尊涅槃像が背景にあったですね。あの大きな仏像です。
それから、同じく涅槃像には、天上で薬師如来が心配する様子が描かれています。薬師如来は病に苦しむ釈尊のために薬の入った袋を下界へ投げ落としたのですが、途中の枝に引っかかってしまいました。亡くなる場に居合わせた誰もが薬袋を見付けることが無く、結果釈尊が亡くなってしまったことから、「薬袋」という名字の方は「みない(=見ない)」さんと呼びます。ここで30へぇ〜くらいいただけましたでしょうか。。。
なお、この故事に分かるように、古来、人が亡くなるときには、大勢の人が集まってその最期の言葉を聞くのが習わしでした。それに引き替え、最近の臨終はまったく酷いものですな。病院のベッドの上で亡くなる方ばっかりです。しかも、家族も入らないで、医者・看護婦だけが見送ることも多いわけです。こんな様子では、いつまで経っても、人間が死の本質を知ることはないです。死の間際の体験を聴き、観ることで自分の経験の奥行きを拡大しなくてはならないでしょう。死っていうのは感情的なものではなく、もっと物質的なはずです。死者の臭い、これも感覚という点からすれば大きな要素です。
せっかく、これだけ情報発信技術が盛んになってきたのですから、いっそのこと臨終から葬儀まで、一切を生中継すればいいのにとも思います「ストリーミング生中継!ブロードバンド対応!!一人の臨終を見送るまで!」みたいな。。。
言い出したということで、拙僧がやれば良いのかもしれませんが、拙僧は誰にも看取られず姿を眩まして亡くなった幾多の禅僧に連なるつもりでおりますので、山の中で1人坐脱立亡するのが夢です。悪しからず、合掌。













富山の時には、教区内の各寺院が恒規としてやっておりましたので、結構賑やかでした。色とりどりの涅槃団子を作って撒きました。
檀信徒が集まり団子を拾い、それをお守りとして自分や家族、子供に持たせたりする人が多いです。
昔はマムシ避けであったのが、近頃は交通安全が主でした。
こちらでも団子を作らないことは無いのですが、団子撒きをするという話は寡聞にして聞きません。
今は削除してしまいましたが、当山の涅槃図と拙文を当山hpに載せておりました。
それは「・・・図全体からは、お釈迦様が亡くなったことに対しての悲しみが伝わってくるのだが、肝心の金色に輝くお釈迦様の実在感は無く、そこは空虚が支配しているように見える。それは、弟子たちよ悲しんではならない。この身が滅しようとも、私の教えを拠り所とし・・・と言う、いわゆる自灯明、法灯明の教えを示されているように思えてならない。」と言うものでした。
などと駄文を書いているうちに時間になってしまいました。
また、質問をさせて頂きますので宜しくお願いいたします。
拙僧の指導教授O先生に関するコンテンツがありまして、ちょっと驚きました。
そういえば、そのO先生ですが、先週『道元「永平広録・上堂」選』(講談社学術文庫)を上梓されました。もしかしますと、その序文に拙僧の名前が出ているかもしれません……
今日は涅槃会でしたので、拙僧は朝に坐禅一(火+主)に、『遺教経』を一読しささやかながら恩に報いました。
コメントありがとうございました。
どっかの総理ではありませんが、「人生いろいろ!死に方いろいろ!!」だと思いますし、何せ人生で一回しか死ねませんので、練習も出来ませんし、行き当たりばったりになるんだろうなぁと思っていたりもします。
自己紹介と同時にURLを宣伝していたので、来て見ました。
臨終生中継。遺族に反対されそうですね。
身内や親戚だけならともかく、ネットで流すということは、ぜんぜん知らない人間が見ているんですから。
2のつく掲示板とかで晒されたりなんかしたら、本当にタダじゃすまないです…
(えー、文章を書くのが大の苦手で、こんな少ないコメント文でも十数分以上悩んでいます←練習せい)
ようこそお越しいただきました。
心から歓迎いたします。
見ての通り、駄文と卑見が並ぶBlogではありますが、たまにでもご覧いただければと思います。
しかし、貴兄の仰るとおりで、臨終中継も最初はおもしろ可笑しく騒がれるだけでしょうね。
実は、それに懲りず、同じ行いをする方が延々と続いていくことで、冷静さを獲得し、それなりの意味有るものへ変わっていくんではないかと期待してもいるんです。
まぁ、私はやりませんけどヾ(´▽`;)ゝ
無責任で済みませんm(_ _)m