つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

道元禅師の「晴れを祈る上堂」について

2017-08-18 08:30:51 | 仏教・禅宗・曹洞宗
道元禅師にはこのような「祈り」があることは知られておいて良い。

 六月初十、晴を祈る上堂。去年今年、春夏秋冬、天下降雨、昼夜息まず。百姓憂愁し、五穀登らず。
 今、永平長老、国土の憂愁を済拯せんが為に、先師天童、清涼に住せし時、晴を祈る上堂を挙して、亦、以て晴を祈る。所以は何となれば、仏法、如し加せずば人天の苦しみ、若が為ん。大衆、還た、永平の意旨を委悉すや。
 先師、未だ上堂せざりし時、諸仏諸祖、未だ曾て上堂せず。
 先師上堂の時、三世の諸仏・六代の祖師・一切の鼻孔・万箇の眼睛、同時に上堂す。一刻も先んずることを得ず、半刻も後れることを得ず。永平、今日の上堂、亦復、是の如し。
 良久して云く、一滴息まず、両滴三滴。滴滴瀝瀝、連朝至夕なり。変じて滂沱と作す、奈何ともすること勿し。山河大地、風波を袞ず。
 打噴嚏一下して云く、総じて衲僧の噴嚏一激を出でずして、直に雲開き日出ずることを得ん。
 払子を挙して云く、大衆、者裏に向かって看るべし。朗朗たる晴空八極を呑む。若し還た旧に依って水漉漉せば、渾家、羅刹国に飄堕せん。稽首釈迦、南無弥勒。能救世間苦、観音妙智力。咄、と。
    『永平広録』巻5-379上堂


これは、道元禅師が建長2年(1250)6月10日に永平寺で行ったものとされる。今なら7月初めという位だが、同年は前年から季節を変えても雨が続いていたという。その結果、多くの人が憂い、五穀も実らないので飢饉が起きていたようである。道元禅師はそういう国土の状況を鑑み、「国土の憂愁を済拯せんが為」に、上堂を行うというのである。また、ここで「仏法が加護することが無ければ、人天の苦しみはどうなってしまうのか?」というような発言も見えることから、道元禅師は三宝の一として社会の救済へコミットする意図があったことが分かる。

この辺は、注意しなくてはならない。道元禅師はただ永平寺の中で坐禅していただけの人では無いのである。

それで、上記引用文中、「良久して云く」から末尾の「咄」までが、如浄禅師の上堂である。よって、道元禅師は直接自らの言葉でもって、晴れを祈ったというより、師である如浄禅師の語を借りたといえる・・・と、普通ならそう考えると思う。だが、ここで道元禅師がいおうとしているのは、「上堂の同時性」である。

先にも挙げた「上堂の同時性」については、そもそも如浄禅師が上堂された時、三世諸仏・六代祖師や鼻孔・眼睛に至るまで、ありとあらゆる事象が同時に法を説いたという。では、これ自体に意味があるかといえば、如浄禅師の上堂自体は、晴れを祈る要素を含んだものであるし、仏法の働きがある。いわば、道元禅師は如浄禅師が示された仏法の働きを再現されたものである。

そして、拙僧もまた、今年のこの雨の多い状況に憂い、如浄禅師・道元禅師、三世の諸仏と同じように晴れを祈るものであるし、それは仏法の働きにより、晴れがもたらされることを願う。稽首釈迦、南無弥勒。能救世間苦、観音妙智力。咄。

この記事を評価して下さった方は、にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へにほんブログ村 仏教を1日1回押していただければ幸いです(反応が無い方は[Ctrl]キーを押しながら再度押していただければ幸いです)。

これまでの読み切りモノ〈曹洞宗11〉は【ブログ内リンク】からどうぞ。
ジャンル:
文化
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 女子マラソンの世界選手権元... | トップ | <NPB2017>マリーンズはルー... »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (風月)
2017-08-21 17:18:06
いいね、を押したいところですが、face bookを撤退したので残念。
暑い日が続いた後の雨は、農作物に影響がありすぎのようです。逆のほうがよかったようです。
コメントありがとうございます。 (tenjin95)
2017-08-22 11:18:28
> 風月 さん

宮城ではいもち病の報告も出ているようで、1993年の大不作に次ぐ不作になる可能性もあるのではないか?と心配しております。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

仏教・禅宗・曹洞宗」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL