つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

今日は「鉄道の日」らしい

2016-10-14 08:45:18 | 仏教・禅宗・曹洞宗
今日は日本の「鉄道の日」であるらしい。由来としては、1872年10月14日に新橋駅と横浜駅(それぞれ今の駅とは異なる)とを結んだ日本初の鉄道が開業したことであるとのこと。いわゆる東海道線の原型ですな。それで、拙僧、ついつい「鉄道」という言葉を聞くと思い出すのが、この禅語。禅語だけ言っても意味が無いから、問答を紹介しよう。

 因みに般若寺、焚に遭う。
 人有り、問うて曰く、「既に是れ般若、什麼としてか火焼を蒙るや」。
 師曰く、「万里一條鉄」。
    『景徳伝灯録』巻20「襄州鳳凰山石門寺献禅師」


拙僧の鉄道のイメージは、この「万里一條鉄」である。ただまっすぐに続く鉄道こそがこの禅語である。いや、鉄道といっても、道は仏道だから、鉄の仏道ということになるのだろうか・・・?いや、なんか、錆びてしまいそうだ(;゜ロ゜)

錆びるのは忍びないから、しばしば錆び取りをするように修証した方が良さそう・・・とかいうと、やや神秀的(北宗禅的)になってしまうのだろうか。

そうなると、「一條鉄」という雰囲気から遠ざかってしまう。「一條鉄」のイメージとしては、途切れる事なき鉄道だから、或る箇所は繋がり、或る箇所は途切れているという話にはならない。

ところで、「一條」のイメージとして、「去来生滅一條の路」(月舟宗胡禅師の偈)という言葉がある。これなどは、去来生滅という、我々の身心のあり方もまた、一筋に仏道にまっすぐであることをいう。要は、相対的な知見で捉えるべきではない、という話になる。

そこまで考えると、先に採り上げた問答の意味も分かってくると言えようか?

先の問答では、「般若寺」というお寺が火事になってしまった。それで、或る人が「どうしてこのお寺は「般若」なのに、火災になってしまったのか?」と問うた。そこには、火災を或る種の罰と捉えつつ、仏陀の智慧に罰が与えられるはずがないではないか?という考えが入っていると思われる。

それに対する答えが「万里一條鉄」であった。結局、般若と火災と一続きという話になるのであろう。そして、転ずれば、そのような禍福一如の発想こそ、真の般若であるといえる。

この記事を評価して下さった方は、にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へにほんブログ村 仏教を1日1回押していただければ幸いです(反応が無い方は[Ctrl]キーを押しながら再度押していただければ幸いです)。

これまでの読み切りモノ〈曹洞宗11〉は【ブログ内リンク】からどうぞ。
ジャンル:
文化
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ノーベル文学賞をアメリカの... | トップ | 六本木で工事現場から落ちた... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL