つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

続々・或る彼岸の句について

2017-09-22 07:45:49 | 仏教・禅宗・曹洞宗
前回の記事については、【続・或る彼岸の句について】を参照いただきたい。それで、松尾芭蕉が詠んだことにされてしまった或る「彼岸の句」について、紹介しておきたい。なお、句は以下の通りである。

今日彼岸 菩提の種を まく日かな

それで、これについての調査の結果、『俳諧一葉集』という芭蕉の全集に載ってはいるものの、同著は多くの問題を抱えており、結局、芭蕉の専門家の間では、上記の句は芭蕉の親撰とはなっていないということを指摘したのである。しかし、この句が我々仏教者にとって良い内容であることは疑いないので、拙僧なりに調べてみた。すると、その素材があることが分かったので、そちらも紹介しておきたい。

・百千万劫の菩提の種 八十三年の功徳の林 白(※白楽天)
・この世にて菩提の種を植ゑつれば君が引くべき身とぞなりぬる 佐相府(※別人の作とのこと)


ともに『和漢朗詠集』(編者は藤原公任、1018年成立か。今回は川口久雄氏訳注の講談社学術文庫本を参照)に掲載される漢詩と和歌になるが、「菩提の種」に関する指摘がなされる。つまり、我々にとって善行を行うこととは、「菩提の種」を植えることだということは、日本人にとって広く知られていたことなのである。

ただし、上記内容は、今世の人生全体を「菩提の種」を植える機会だと捉えているのだが、「今日彼岸」の句は、あくまでも彼岸の期間中に行うべきことだと思われている。そういう違いがあり、また、今世全体を考えている場合には、普段から仏教徒としての自覚を持って生きることが出来るだろうが、彼岸のみということになると、何ともこう、パートタイム的仏教徒になってしまいそうで、それはそれでどうなんだ?と、批判的に見ることも出来る。

やっぱり、俳句としての出来は余り良くない気がしてきた。

この記事を評価して下さった方は、にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へにほんブログ村 仏教を1日1回押していただければ幸いです(反応が無い方は[Ctrl]キーを押しながら再度押していただければ幸いです)。

これまでの読み切りモノ〈仏教12〉は【ブログ内リンク】からどうぞ。
ジャンル:
文化
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 11月中旬に鳥取砂丘で「ポ... | トップ | マリーンズの次期監督は今季... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

仏教・禅宗・曹洞宗」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL