つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

今日は解夏の日(平成29年度版)

2017-07-15 11:43:58 | 仏教・禅宗・曹洞宗
今日7月15日は解夏の日である。とはいえ、それはあくまでも「旧暦表記」の場合であり、いわゆる「新暦」の場合には8月15日が該当する。ただし、拙ブログでは8月15日は終戦の日に因んだ記事をアップするため、今日、解夏について採り上げておきたい。ところで、今申し上げた「旧暦」「新暦」の問題であるが、以下のような指摘がある。

従前東洋の諸国みな太陰暦にして結制は四月十五日・解制は七月十五日たるに由り、即ち七月十五日を以て一般に之を勤むるを例と為すこと諸清規の如し。今は太陽暦に拠り、結制は五月十五日・解制は八月十五日なること、明治十五年曹洞宗務局より頒布する処の結制安居改正規則に詳なり。左れば、諸清規の七月一日は今の八月一日に当り、其七月十五日は今の八月十五日なりとす。
    『明治校訂 洞上行持軌範』年分行持法・七月項、カナをかなにするなど読みやすくしている


以前から申し上げているように、明治時代に校訂され頒布された『洞上行持軌範』(及びそれを踏襲した大正年間の同文献)は、様々な行持・法儀に関する説明が詳しいことで知られている。現状、何故こうなっているのか?と疑問に思ったり、不思議に思うようなことであっても、『洞上行持軌範』を読むと理解出来ることが多い。

その点、先に挙げたように、一部行持に関する旧暦・新暦の問題(例えば、三仏忌や達磨忌は暦が変わっても日付は変わらなかった)についても、上記一節から、明治15年(1882)に当時の宗務局から頒布された「結制安居(法)改正規則」を参照すべきであることが理解出来る。同規則は明治15年版の『曹洞宗務局普達全書』に「別冊」として収録されているため、当初は特別な改正規則として扱われたものと思われる。今回問題にしている「旧暦」「新暦」の問題は、以下の通りの条文となっている。

  結制安居法改定規則
 結制安居は仏法修行の最要にして律に成典あり。大凡沙門たるもの必ず敬遵すべきの行事なり。而して安居の期限に三種(前中後)の殊別あるは機縁の不同に由て、之れを開設し玉ふ者とす。高祖承陽大師・太祖円明国師は所謂前安居の仏制を準則となし(太陰暦〈四・十〉月十五日結制・〈七・正〉月十五日解制)清規を立てゝ安居の日用を教誡せられたり。〈中略〉明治五年政府新に太陽暦を頒布せられ加ふるに当時吾宗綱紐を解くに際して結制安居の法之れが締則なき者の如し。抑結制安居は仏法修行の最要にして其日用行事清規に詳なりと雖も中古以還の慣例は地方に依て区々の弊習少からず。況や方今陰陽暦を異にし結制の期限同じからざるをや。全国末派之れが水準に苦しむこと久し。故に結制安居の規則を改定し、自今以後一宗僧侶必ず遵守すべきの宗規となす。
    『曹洞宗務局普達全書』明治15年、30丁裏~31丁表、カナをかなにするなど読みやすくしている


このように、結制安居についてはその実施を謳いつつも、末尾にある通り、中世以来の各地の作法の多様化などがあったようで、中々統一された安居法を修行することが出来なかったとされる。そして、その混乱の一部に、陰陽暦の問題が加わっていたのである。そこで、当時の宗務局は「結制安居法改正規則」を制定する必要があったのだ。

その際、基本的な立場として、結制安居の日付は以下のように定められた。

第二條 結制安居は夏冬各々三ヶ月を定規とす。五月十五日より八月十五日に至る、之れを夏安居と云ひ、十一月十五日より二月十五日に至る、之れを冬安居と云ふ。
    同上、31丁表


さて、それで太陰暦と完全に1ヶ月ずれてしまったことが分かるだろう。とはいえ、そのずれとはあくまでも数字上の問題であり、季節感はそこまで大きくずれたわけではない。確かに、インドでは雨季に遊行することで、小動物や昆虫を殺害することを否定するため、夏安居(雨安居)が成立したとはいうが、そもそも季節・気候の異なる日本に於いては余り意味がない。梅雨はあるけれども、インドの雨季の様子とはずいぶんと異なっているという。

それで、後はこの移動に関する雑感であるが、当時の宗務局では、両祖が「冬安居」も修行していたかのように書いているけれども、実際には夏安居のみの規則を作っている(『正法眼蔵』「安居」巻、『瑩山清規』「年中行事」等参照)。よって、宗務局の見解は勘違いか、既に冬安居も行っていた江戸時代末期の状況を肯定的に捉えるために述べられた可能性を指摘したい。

それから、この移動について、日本の一部地域(とはいえ、東京都内が入るため、影響は小さくない)では、旧暦の数字通りに「7月15日」を目安に盂蘭盆会の行事を行っている。本来、盂蘭盆会は夏安居の解制自恣と深い関係があるため、この辺の整合性については何とも採り方が難しいけれども、昔は、8月のお盆になると、或る程度の休暇期間を得て、都内から地方へと里帰りする人が多かったので、敢えて都内のお盆は7月に行っているという見解を聞いたことがある(とはいえ、近年は各地方との繋がりが切れた都市部移住者が多いので、この辺の慣習もどう変化するのか?)。他にも、他地域からの移住者や出稼ぎ者が多い地域などが、「7月盆」であるという話も聞いたが、都内ほど綺麗に実証できるわけではない。

結局のところ、宗務局が歎じた結制に関する混乱とは、現在まで続いている気がする。しかし、元々結制・解制(及び解制に関わる盂蘭盆会)は季節に合わせて1ヶ月ずらして良いものでもある(先に引いた宗務局の見解では「前中後」と表現)。よって、強引な統一の方こそ難しいと考えるべきなのかもしれない。とりあえず今日は、その辺を考えるための材料を提供したのみである。

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