『大日本国法華経験記』下巻の109には、「加賀国の翁和尚」という方が紹介されています。信仰に生きた人生として、1つの理想を示しているように思います。ただ、これで全てか?というといかがでしょう。多少は批判的に見る必要もあるかもしれません。そこで、まずはその様子を見ます。
翁和尚は、加賀国(現在の石川県南部)の人であった。俗世間に生きていたが、その姿は僧に似ていた。これによって、その時の人は、翁和尚と称していたのだった。その心は清浄で、へつらうような心を遠く離れて、『法華経』を持して、渇仰するように恭しく尊重していた。もし、食料があるときには、身体が行くままに随って、閑かなところに行って、昼夜に『妙法蓮華経』を読誦していた。もし、食糧が尽きて無くなってしまったときには、また里の辺りに出てきて、伝手に随って経を読み、食料が施されれば、また閑かなところに入っていった。このように『法華経』を受持読誦して、数十年が経ったが、その身は貧しく、わずかばかりの蓄えもなかった。一生身に付けていたのは、ただ『法華経』一部だけであった。住む場所も定めず、山と里を往復し、衣も食べ物も自ら儲けず、(施しで)得るだけであったため、常に窮乏していた。
時に、翁和尚は『法華経』に申し上げて「長年の間、『法華経』を持し奉ってきました。これは現世でのためではなく、後世の菩提のためでした。この願いが叶って、まさにお導きがあるのであれば、その瑞兆が現れてください」と言った。この想いをしてから、『法華経』を読むと、自分の口の中から、歯が欠け落ちて経本の上に落ちた。驚いてこれを見れば、一粒の仏舎利であった。非常にありがたい心が生じて、礼拝して持し奉った。
別の時には、経を読んでいると、また口の中から仏舎利が落ちてきて、2〜3個の仏舎利を得たのであった。大いに歓喜の心を生じて、『法華経』の力によって、まさに菩提を得るべき前兆としての瑞相であったと思った。そして最後には山寺に行って、樹下に宿しながら、身には苦痛が無く心も散乱することが無く、ただ閑かに経典を誦していた。
『法華経』「如来寿量品」の「毎自作是念、以何令衆生、得入無上道、速成就仏身(訳=つねに自らこの念をなす『何をもってか衆生をして、無上道に入り、速やかに仏身を成就することを得せしめん』と)」の文に至ると、一心に起立礼拝して、すぐに入滅されたのだった。
『日本思想大系』「往生伝・法華験記」190〜191頁、拙僧ヘタレ訳
拙僧、或る時にこの方の生き方を見て、なるほど信仰に生きるとはこのようなものであっても良いのか?なんて思ったことがありますが、徐々に色々な生き方を学んでくると、あまりに個人的な信仰に過ぎているという限界も見てとれます。例えば、ここにはすでに本ブログでも採り上げた念仏に生きた【教信沙弥】なんていう方に似た姿もあります。しかし、拙僧的には教信沙弥は、最後勝如上人の往生の授記を行い、またその告知を受けた勝如上人は念仏を衆生に勧め、回向したためにいわゆる大乗仏教としての体面を保ちました。
その意味で、今回の翁和尚はほとんど山の中に生きていて、俗世との関わりは自らの食を得るだけ。まぁ、インド以来の遊行的態度を保持したと見ることも可能ですが、説法をするわけでもなく、わずかその食を得るときに『法華経』を読むことで功徳を廻らせているだけなのであります。また、自らの口から出た仏舎利を、まだ何か俗世の方の遠つなぎに使ったというのであれば、見所もありますが、それも無いですね。
結果として、どこまでも、閑かな、ただ自らの来世の菩提のために読誦した事実しか見えてこないわけです。そのあり方に、拙僧は若干の不自然さを感じてしまいます。そして、最後にある「如来寿量品」の末尾の一節ですが、これも本来は「衆生をして」ということで、布教されるべき他者を前提しているはずですが、ここではどこまでも本人が「速成就仏身」であることでしかないように見えます。
とりあえず、『法華経』を念持経として使った場合の1つの極限態として今回はご紹介しておきます。もしかして、この紹介によって「なるほど、このように生きることも出来るかも?」と思って信仰に入られる方がいれば、なるほどこの翁和尚は偉大なる善知識であったことになりますので。ということで、最後には『法華経』にある「普回向」と呼ばれる一節を引いて挙げておきます。
願以此功徳 普及於一切 吾等与衆生 皆共成仏道
なお、そういえば、紛らわしいタイトルで恐縮ですが、『竹取物語』ともかぐや姫とも何の関係もないです。「翁」を聞くと、竹取の翁くらいしか思い浮かばない拙僧の貧困な想像力を開陳したまでのこと、悪しからず。
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翁和尚は、加賀国(現在の石川県南部)の人であった。俗世間に生きていたが、その姿は僧に似ていた。これによって、その時の人は、翁和尚と称していたのだった。その心は清浄で、へつらうような心を遠く離れて、『法華経』を持して、渇仰するように恭しく尊重していた。もし、食料があるときには、身体が行くままに随って、閑かなところに行って、昼夜に『妙法蓮華経』を読誦していた。もし、食糧が尽きて無くなってしまったときには、また里の辺りに出てきて、伝手に随って経を読み、食料が施されれば、また閑かなところに入っていった。このように『法華経』を受持読誦して、数十年が経ったが、その身は貧しく、わずかばかりの蓄えもなかった。一生身に付けていたのは、ただ『法華経』一部だけであった。住む場所も定めず、山と里を往復し、衣も食べ物も自ら儲けず、(施しで)得るだけであったため、常に窮乏していた。
時に、翁和尚は『法華経』に申し上げて「長年の間、『法華経』を持し奉ってきました。これは現世でのためではなく、後世の菩提のためでした。この願いが叶って、まさにお導きがあるのであれば、その瑞兆が現れてください」と言った。この想いをしてから、『法華経』を読むと、自分の口の中から、歯が欠け落ちて経本の上に落ちた。驚いてこれを見れば、一粒の仏舎利であった。非常にありがたい心が生じて、礼拝して持し奉った。
別の時には、経を読んでいると、また口の中から仏舎利が落ちてきて、2〜3個の仏舎利を得たのであった。大いに歓喜の心を生じて、『法華経』の力によって、まさに菩提を得るべき前兆としての瑞相であったと思った。そして最後には山寺に行って、樹下に宿しながら、身には苦痛が無く心も散乱することが無く、ただ閑かに経典を誦していた。
『法華経』「如来寿量品」の「毎自作是念、以何令衆生、得入無上道、速成就仏身(訳=つねに自らこの念をなす『何をもってか衆生をして、無上道に入り、速やかに仏身を成就することを得せしめん』と)」の文に至ると、一心に起立礼拝して、すぐに入滅されたのだった。
『日本思想大系』「往生伝・法華験記」190〜191頁、拙僧ヘタレ訳
拙僧、或る時にこの方の生き方を見て、なるほど信仰に生きるとはこのようなものであっても良いのか?なんて思ったことがありますが、徐々に色々な生き方を学んでくると、あまりに個人的な信仰に過ぎているという限界も見てとれます。例えば、ここにはすでに本ブログでも採り上げた念仏に生きた【教信沙弥】なんていう方に似た姿もあります。しかし、拙僧的には教信沙弥は、最後勝如上人の往生の授記を行い、またその告知を受けた勝如上人は念仏を衆生に勧め、回向したためにいわゆる大乗仏教としての体面を保ちました。
その意味で、今回の翁和尚はほとんど山の中に生きていて、俗世との関わりは自らの食を得るだけ。まぁ、インド以来の遊行的態度を保持したと見ることも可能ですが、説法をするわけでもなく、わずかその食を得るときに『法華経』を読むことで功徳を廻らせているだけなのであります。また、自らの口から出た仏舎利を、まだ何か俗世の方の遠つなぎに使ったというのであれば、見所もありますが、それも無いですね。
結果として、どこまでも、閑かな、ただ自らの来世の菩提のために読誦した事実しか見えてこないわけです。そのあり方に、拙僧は若干の不自然さを感じてしまいます。そして、最後にある「如来寿量品」の末尾の一節ですが、これも本来は「衆生をして」ということで、布教されるべき他者を前提しているはずですが、ここではどこまでも本人が「速成就仏身」であることでしかないように見えます。
とりあえず、『法華経』を念持経として使った場合の1つの極限態として今回はご紹介しておきます。もしかして、この紹介によって「なるほど、このように生きることも出来るかも?」と思って信仰に入られる方がいれば、なるほどこの翁和尚は偉大なる善知識であったことになりますので。ということで、最後には『法華経』にある「普回向」と呼ばれる一節を引いて挙げておきます。
願以此功徳 普及於一切 吾等与衆生 皆共成仏道
なお、そういえば、紛らわしいタイトルで恐縮ですが、『竹取物語』ともかぐや姫とも何の関係もないです。「翁」を聞くと、竹取の翁くらいしか思い浮かばない拙僧の貧困な想像力を開陳したまでのこと、悪しからず。
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真宗大谷派 唯法寺 住職 占部と申します。「仏教の現在」http://shinshu.cocorahen.com/ と名付け、仏教者のブログ集をつくろうと計画しているところです。xoopsなどの機能を使って更新されたブログを自動的に採録するページです。貴ブログをここに採録させて頂きたく、現在貴ブログを試験的に載せています。ご覧頂き不都合と思われましたら、取り消させていただきます。何卒よろしくおねがい申し上げます。
お申し出ありがとうございます。
そちらのサイトも確認いたしました。別に営利目的でもないようですし、一応現段階で私の方からはお断りする理由はございませんので、どうぞ使ってやってくださいませ。
ただ、試作段階とのことですので、当方のブログの名前が別の名前になっていたりしますが、もし正式版を動かす場合には、チェックをしたいのですが?
ご検討いただければ幸いです。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
また、文句ではないのですが、仏教系以外の記事も一緒に採録されているようですが、それでよろしいのでしょうか?
管理人様がよろしければ構わないのですが、別に仏教系、宗教系だけを選択していただいて結構ですので、その辺はご自由になさって下さい。