つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

今日は春彼岸会の中日である(平成29年度版)

2017-03-20 10:16:31 | 仏教・禅宗・曹洞宗
今日は春分の日である。我々仏教徒的には、春の彼岸会の中日となる。それで、拙僧つらつら鑑みるに、「彼岸会」の起源や展開の一端については、【彼岸会―つらつら日暮らしWiki】をご覧いただければ幸いであるが、この行持はやはり、浄土教に於いて深い意義があろうとか思ってしまうのである。

 問ひていはく、韋提上の請には極楽の境を見んと願ず。如来の許説したまふに及至りて、すなはち先づ教へて心を住めて日を観ぜしむるは、なんの意かあるや。
 答へていはく、これに三の意あり。〈中略〉冬夏の両時を取らず、ただ春秋の二際を取る。その日正東より出でて直西に没す。弥陀仏国は日没の処に当りて、直西十万億の刹を超過す。すなはちこれなり。
    善導大師『観経疏』、『浄土真宗聖典(七祖篇)』387頁


これは、韋提希夫人(ビンビサーラ王の妻で、阿闍世王の母)が子によって幽閉されていたとき、世尊がその願いに応じて現れ、法を説いた様子を描いた『観無量寿経』に対する註釈である。同経中、世尊は韋提希夫人に対し、次のように説くのである。

仏、阿難および韋提希に告げたまはく、「あきらかに聴け、あきらかに聴け、よくこれを思念せよ。如来、いま未来世の一切衆生の、煩悩の賊のために害せらるるもののために、清浄の業を説かん。善いかな韋提希、快くこの事を問へり。阿難、なんぢまさに受持して、広く多衆のために仏語を宣説すべし。如来、いま韋提希および未来世の一切衆生を教へて西方極楽世界を観ぜしむ。仏力をもつてのゆゑに、まさにかの清浄の国土を見ること、明鏡を執りてみづから面像を見るがごとくなるを得べし。かの国土の極妙の楽事を見て、心歓喜するがゆゑに、時に応じてすなはち無生法忍を得ん」と。
    『観無量寿経』、『浄土真宗聖典』92頁


このように、世尊は韋提希夫人に対して、「西方極楽世界」を見せようとしている。この「西方極楽世界」とは、法蔵菩薩が阿弥陀仏として開いた世界である。その命名理由などは、以下の経典の一節が知られている。

舎利弗、かの土をなんがゆゑぞ名づけて極楽とする。その国の衆生、もろもろの苦あることなく、ただもろもろの楽を受く。ゆゑに極楽と名づく。
    『阿弥陀経』、『浄土真宗聖典』121頁


つまり、阿弥陀仏が開いた国土に生きている衆生は、一切の苦悩が無く、ただ楽のみを受けるために「極楽」というのだと言われる。個人的には、苦と楽との分別の無い世界に、本当の意味で楽があるのかどうか分からないのだが、あるのだろう。その内に、極楽に於いて苦悩が無いことを苦悩とする「極楽パラドックス」が出来ると思っている拙僧・・・

さておき、この極楽を見るという時、今日のような日は最適である。何故かというと、先の引用文中に、その答えがある。

冬夏の両時を取らず、ただ春秋の二際を取る。その日正東より出でて直西に没す。弥陀仏国は日没の処に当りて、直西十万億の刹を超過す。

このように、春分の日に於いては、その日の太陽は真東から出て真西に沈むのである。その意味で、沈みゆく太陽の方向を思って念ずれば、その先には必ず極楽があると信じられているのである。よって、今日という日は、浄土教に於いて意義が深いと述べたのである。そうであるならば、拙僧どものような禅僧はどうするべきなのだろうか?

まぁ、中国では禅僧として知られている人が、そのまま浄土教の祖師である場合も珍しくないのだが、日本だと細分化されている。拙僧も一応、その細分化された宗派に所属する一人だから、この辺は如何ともし難い。それで、その点から考えてみると、ここ数日の『大智度論』の中に見える「彼岸」の語の解釈の通りで、拙僧どもは無分別をこそ彼岸とし、浄土とすべきなのだろう。

よって、拙僧どもにとって、彼岸会とはこの太陽の動きとは関係なく行われる行持となる。

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