つらつら日暮らし

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面山瑞方禅師『仏祖血脈訓訣』について

2017-12-10 08:57:35 | 仏教・禅宗・曹洞宗
江戸時代に曹洞宗が輩出した最大の学僧である面山瑞方禅師は、当時宗門内で所伝されていた切紙(面山禅師は「断紙」と呼称)について批判し、『洞上室内断紙揀非私記』(ただし、本書の場合は当時の永平寺室中に伝えられていた切紙を批判)を著した。しかし、そうなると儀礼的な空白が生まれる可能性があったため、面山禅師自身は仏祖の経論・語録に従って改めて口訣を作り直した。それを総称して『洞上室内訓訣(ただし、写本によって総称は異なる)』という。

今日はその中から、『仏祖血脈訓訣』を紹介し、我々の『血脈』に関する観念を改めておきたい。

  仏祖血脈訓訣
 壇経に曰く、五祖血脈図。
 法灯の年譜に云く、天童浄和尚従りの相伝の血脈なり。
 自家の訓訣に曰く、血脈頂上の円相、是れ箇の血脈、歴代相承の職由有る所以なり。則ち其の旨、大事と同じなり。いわゆる宗門の一大事なるものなり。是れ、仏戒を受けて仏位に入るの様子、円相に従って紅線を牽き畢んぬ。復た、円相に帰するは、各各分有り。本来究竟す。
 然らば、無戒・破戒・二乗・外道、此の徳有るに非ず。宜しく揀弁して明かすべし。
    『曹洞宗全書』「室中」巻、161頁下段、拙僧ヘタレ訓読


主として、3つの訓訣から成り立っている。まずは、『六祖壇経』の「五祖血脈図」について論じている。これは、『大正蔵』所収本を引くと、以下の通りである。

五祖堂前、歩廊三間有り。供奉盧珍を請して、楞伽経の変相、及び五祖血脈図を画き、流伝供養せんことを擬す。
    『大正蔵』巻48・348b


『楞伽経』というのは、当初菩提達磨は、『楞伽経』を伝え、その註釈書を書いた人だといわれており、それに関連したもの。また、『五祖血脈図』というのは、五祖弘忍までの禅宗歴代祖師の系譜を書いたものだと考えられている。

それから、「法灯の年譜」というのは、法灯国師・心地覚心禅師(臨済宗法灯派)の年譜のことで、法灯国師は道元禅師から菩薩戒を受けたと『年譜』で主張しており、そのことを指摘している。なお、それに、如浄禅師から伝わったものだという指摘があるのである。

そして、「自家の訓決」であるが、面山禅師が曹洞宗の宗旨として伝えているもの、という意味である。その意義としては、「血脈頂上の円相」について論じられている。この円相については、我々が伝える『血脈』で、釈迦牟尼仏の頂上に描かれるものである。円相とは、仏陀の悟りそのもの、法そのものを表しており、いわば、そのような悟りや法の上に、各仏祖が存在していることを意味している。

また、『血脈』の下段文から、「宗門の一大事」を導きつつ、更には『梵網経』の一節である「衆生仏戒を受ければ、則ち諸仏の位に入る」なども見つつ、仏祖が皆仏戒によって仏位に入ると断言している。そして、そのような仏位に入った仏祖に、「血脈貫通」する様子を示して、紅線を引いたのである。

当然に、仏戒(菩薩戒)を受けた者のみが、このような功徳を得られるのであり、無戒・破戒・二乗(声聞・縁覚)、そして仏道以外を信じる者などは、このような功徳を得られることは無い。我々が、生前に受戒を勧める最大の理由である。

上記内容は、非常に簡潔ではあるが、我々の『血脈』の功徳を余さず伝えているといえよう。

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