つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

瀬戸内寂聴氏が死刑制度に関する発言を謝罪

2016-10-15 09:58:08 | 仏教・宗教・カルト・霊感商法関連ニュース
瀬戸内寂聴さん謝罪 死刑制度めぐる発言で「バカは私」(スポニチアネックス)―Yahoo!ニュース

今月6日に福井市内で行われた死刑制度をめぐる日弁連のシンポジウムで、ビデオメッセージで「殺したがるバカどもと戦ってください」などと制度を批判したものの、犯罪被害者遺族らからやインターネット上で批判が殺到した作家の瀬戸内寂聴氏(94)が14日付の朝日新聞のエッセーで謝罪しました。

このエッセーは、「バカは私」と題した文章であり、「今も世界の趨勢に遅れ、死刑制度をつづけている我が国の政府に対して、人権擁護の立場から発した意見であった」とし「バカども」は犯罪被害者を指すものではないと釈明しています。

とはいえ、もし、犯罪被害者の中に、犯人の死刑を願う人が1人でもいたとすれば、その人に対しても「バカ」呼ばわりした事実には変わりありません。

瀬戸内氏は、「誤解を招く言葉を94歳にもなった作家で出家者の身で、口にする大バカ者こそ、さっさと死ねばいい。お心を傷つけた方々には、心底お詫びします」と謝罪しましたが、確かに、仏教者としてもどうかな?と思う発言であったことは間違いありません。

そもそも、仏教者は死刑反対であるべきなのでしょうか?なるほど、重要な戒律として「不殺生戒」があるのは事実ですが、それはあくまでも、同戒を受持している「修行者本人」「在家信者本人」が守るべきことであり、国家やその制度に同調を求めるべきものではないと思います。

また、「人権擁護の立場」とはいいますが、犯罪被害者は国によって「復讐できる権利」を奪われている立場です。その人達には寄り添わなくて良いのでしょうか?人権という「大義」に寄り添っていると思い込み、本来救済されるべき犯罪被害者に寄り添えなかったという意味で、拙僧は今回の瀬戸内氏の発言は、極めて大きな人権侵害であったと考えています。

そのような無配慮な人が、人権擁護を説く資格は無いように思えて仕方ありません。この一連の問題、拙僧はとても残念に思えてならないのです。それに、この方の僧名は「寂聴」でしょう?一方の死刑反対派の意見だけを独善的に聴く人が名乗って良いものではないように思えます。

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