つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

揖手と叉手の話

2016-12-10 09:36:59 | 坐禅
現在の僧堂(坐禅堂)内の進退作法の1つで、「叉手」というのがある。方法は、以下の通りだ。

僧堂内で立っている時や、歩く時の手の作法である。左手を、親指を内にして握り、手の甲を外に向け、胸に軽く当てて右手のひらでこれを覆う。
    曹洞宗宗務庁『坐禅のすすめ』、他参照


だいたい以上の通りである。それで、実は一部の僧堂で、歩く時の手の作法で「揖手」と呼ばれるものがある。これは、左手の「手の甲」を上に向け、その上を右の手のひらで覆うものである。

で、実際にどっちが正しいんだ?という話になると、とても微妙。何故ならば、今、曹洞宗で「叉手」と呼ばれている手の形についても、古儀に則っているとは限らないからだ。以下の一節をご覧いただきたい。

叉手法 〈中略〉『禅苑規』に云く「叉手法は左手を以て、緊く右手を把り、右手を以て、その胸を掩うが如し。須くやや離さしむべし」と。
 又、『修禅要訣』「叉手法」を攷うるに云く、「まず、左手大拇指を曲げ、余の四指を以てこれを握り、以てその胸に当つる。しかし、やや離さしむ。次に、右手五指を伸ばして以て左手を掩う、云々」と。
 二儀相反すること此の如し。適たま、従う所を知りて靡くか。仏陀波利、是れ印度の高僧、梵儀を諳練す。以て知るべきのみ。経論已に叉手の正儀の明文無し。則ち、『修禅要訣』に拠りて、優るとなす歟。
    玄透即中禅師『永平小清規』「新学須知」


このように、大本山永平寺50世の玄透即中禅師が定めた『永平小清規』に於いて、古来から伝わる「叉手法」について考察し、その結果、現状の叉手に決まった様子が分かる。なお、『修禅要訣』については、拙ブログで【或るインド僧との対話】という記事でかなり詳しく採り上げたことがあったので、それも併せてご覧いただきたい。

それで、玄透禅師はその『修禅要訣』に「叉手法」があるように書いてあるが、実は「叉手法」という項目があるわけでは無い。ただ、経行の時の手の形として書かれているのみである。それを、玄透禅師は「叉手」という風にしてしまったのである。実際に「叉手」という形式にこだわるのであれば、『禅苑清規』の方が正しい(現在、宗門では臨済式と呼ばれる作法である)。

さて、それで、「揖手」とはこの「叉手」とも違っているわけだ。一説には、駒澤大学で教鞭も執られた澤木興道老師が始めたとも聞くのだが、詳しくは分からない。とはいえ、『小清規』を文字通り読めば、現行の「叉手」にはなるが「揖手」にはなり得ない。そうなると、「揖手」を取り入れた理由は、別にある気もしてくる。

そこで、実際に「揖手」をして歩いてみる時と、「叉手」をして歩いてみる時とを比べてみる。そうすると、場合によって「叉手」は手が大いに下がり、股間の辺りにまで下りてしまうことがある。我々僧侶はそうならないように僧堂で教育されるからまず無いが、一般の方によってはあり得ることが分かった。だが、「揖手」は絶対にそうならない。或る程度までは下がっても、だらしなくなるくらいまで下がるには、それなりに手首等の柔らかさを要する。

よって、学生の指導などをするには、「揖手」の方がきれいに収まる気がするのだ。そのために、敢えて導入されたのではないか?等ということを考えてみたのであった。勝手な推測で、妄想に近いことは拙僧自身よく分かっている・・・

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