つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

7月18日 去単

2017-07-18 10:22:41 | 仏教・禅宗・曹洞宗
今日7月18日については例年、道元禅師が大仏寺に移動された日ということで記事にしてきたが、流石に毎年になってきているので、今年は年分行持について採り上げたい。以下の記述をご覧いただこう。

十八日去単。諸人、維那寮に就いて免丁抄小牓頭を請うべし。
 免丁抄  某甲夏中
  某甲上座
       ヽ州ヽ山安居
諸山に掛搭する時、免丁抄を帯びて掛搭するなり。宋朝は、免丁抄を帯びざる人の掛搭を免さず。日本国、未だ此の儀を行わずと雖も、当山須らく此の儀を行ずべし。暇を請わずして而も単を去る人の、再に散暇を免すべからず。法を軽んずるの人、必ず衆に入るべからず。
    『瑩山清規』「年中行事」7月項


いわゆる「免丁抄」に関する話である。宗門では、『瑩山清規』の記述により、だいたいこのような機能であると理解されてきたけれども、現代風にいえば「安居証明書」ということになる。然るに、この内容については、以前からよく分からないものとされていた。要するに、『瑩山清規』以外に典拠が無いのである。

それで、そのことを臨済宗の無著道忠が批判していることについても、研究者の間ではよく知られたことだと思う。

忠曰く、優免丁役は、是れ朝省の勾当なり。僧家、何ぞ僣して之を行じ得んや。蓋し洞谷所出の起単の僧は、「坐夏由」なるのみ(簿券門を見よ)。元と免丁の義を識らず、強ちに謬事を為す。又た抄は鈔と通ず。銭は鈔なり。免丁抄ならば、即ち免丁銭なり。又た免丁由の訛なり。益ます義無し。
    『禅林象器箋』巻29・銭財門「免丁銭」項


とまぁ、このようになっていて、確かに、無著のいうように、おそらくは「免丁銭」や「免丁由」であったのだ。なお、この場合の「免丁…」だが、当時の中国社会では、男子は丁年(20歳)になれば、兵役を課せられていたという。しかし、僧侶は金銭を納めることで免ぜられていたとされ、その金銭のことを「免丁銭」といい、その証明書のことを「免丁由」といったとされる(『勅修百丈清規』参照)。無著はそのことを指摘しているのであり、「免丁抄」というのはおかしいと主張したのである。

そこで、おそらく、瑩山禅師はこの安居証明の大切さを重視して、日中間の制度的な差異を認めつつも、敢えて「免丁抄」を作られたのだろうと思うが、如何だろうか。やや宗我見に過ぎるか?

さて、「免丁抄」についてはさておき、今日は「去単」である。普通は、無著の文章にも見える通りで「起単」という。単とは僧堂内にある自分の坐禅場所のことであるから、そこから去る、つまりは旅立つことを意味している。中国の清規等を見ても、或いは、後の『瑩山清規』を見ても、基本は「起単」のようだから、それが一般的なのだろうが、禅林寺本は「去単」となっている。それで、この辺の意味についてはそれこそ無著道忠は「忠曰く、会裏の僧、某寺を辞去するを、起単と曰う」(『禅林象器箋』巻9・叢軌門「起単」項)としていて、意味的には「去単」で合っていたりする。

要するに、今日まで或る僧堂で夏安居を過ごした大衆は、遊行に旅立つのである。

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