つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

逃れられざる二元論

2005-03-01 05:54:24 | コミック・マンガ・アニメ・ゲーム
ハリウッドでアカデミー賞の受賞作品が発表になりましたが、やっぱり主演男優賞はジェイミー・フォックスだったですね。まだ、「Ray/レイ」を観ていないので、何とも言えませんが、昨年観たコラテラルで、或る倫理観・正義感を保持し続けたタクシー運転手を熱演されてました。今回、そちらでも助演男優賞にノミネートされていたようですけど。

そんなわけで、倫理観と関係あるかどうかは分かりませんが、ちょっと文章を書いてみました。

以下本文です。

講談社の『アフタヌーン』で連載されている遠藤浩輝氏の『EDEN(エデン)』に12巻が出ました。簡単に内容を説明しておくと、今から百年後を扱ったSFもので、世界はクロージャーウィルスという未知の疫病に晒され、荒廃した世界に生きる人々を主題に扱った作品です。

しかし、この作品は倫理的崩壊(モラルハザード)後の黙示録的世界を描こうとするため、暴力・セックス・ドラッグ・同性愛・マフィアなんでも出てくるわけです。別に成人指定のコミックではないですが、若い人にオススメするのは勇気が要りますな。これらが本質的に悪かどうかは、この場は置いておきます。

『エデン』の内容を具に見ていきますと、そもそも題名自体が「エデン」ですし、他にも「プロパテール連邦」「グノーシア」「アグノーシア」などの用語が出てきます。『エデン』10巻の巻末に若干解説されておりますが、これらはグノーシス主義に関する用語なのです。

グノーシス主義?という方も多いと思いますが、グノーシス主義とは、1世紀以降4~5世紀まで、ローマ帝国周辺から次第に帝国内部に入り栄えた、キリスト教内部の異端運動とする見方があります。したがって、カトリックなどの正統キリスト教から繰り返し迫害を受け活動は地下に潜ったといわれたとされる一方、その後のヨーロッパの思想に多大なる影響を与えたとも言われます。

その思想的特徴は①人間の本来的自己と至高者とが本質的に同一であるという覚知(gnosis)を救済の根本とすること。②現実存在-身体、この世、宇宙、精神の全てに対して徹底的に否定的な態度を貫徹すること。なお、その際、上記①の本来的自己と至高者とは、現実存在を否定的に超越したものであって、現実存在とは一切関わりを持つことがない(これは「霊肉二元論」の極限状態とも言いうる)。③上記の事態を神話的言語で象徴的に解き明かし、かつ教導すること、などが挙げられます。

そもそも、グノーシス主義では至高者との本質的同一性を説くのですが、この至高者を捉えるのが非常に難しいのです。

何故ならば、この世界は全て造物神(=『旧約聖書』での創造主)であるデーミウルゴスやヤルダバオートなどの悪魔的存在が、悪しき世界として創造した物であり、彼方にある至高者の世界をこの世界の否定によって至るという作業がなされるわけです。結果、至高者の世界は常に否定神学的に否定辞をともなって表現されることになります。そして、その至高者の世界を知ることが覚知(グノーシス)です。

ただし実際のグノーシスは、この世界を徹底的に否定することで、至高者の世界へ至るのが本来の信条であるはずなのに、いつの間にかこの世界の否定が徹底されずに至高者の世界と現実の悪しき世界が絶対的に隔絶するという二元論になってしまいました。結果グノーシス主義者の前には常に汚れた世界が展開します。

この『エデン』もやはり世界が汚れた物として書きます。しかし、その中で生きつつ常にその限界に衝突し、登場キャラは絶望します。作中にはプロパテール連邦という世界連邦に加盟しているグノーシア(=グノーシス的理想世界を印象づける)と、加盟しない、現在で言うところの第三世界をアグノーシア(=汚れた世界)として、主にアグノーシアに生きる人間の混沌を描きます。少なくともこれまではそうでした。例えば或るキャラクターに言わせた「神は確かに存在するわ。大昔、人間と神々は助け合っていたの。でも、聖書とコーランは神を「ひとりぼっち」にしてしまったわ。だから彼は気が狂ってしまったの。たった一人で「完全な存在」になろうとして。そして最近では、誰も彼の言うことを聞こうとはしなくなったわ。」(『エデン』2巻)という言葉があります。この言葉で表されるのは、アグノーシアの神です。

しかし、アグノーシアのみならず、地球世界は絶対的に汚れています。ですから、人間が人為的に二元論的世界を作り出そうとしても結局は失敗し、作中ではグノーシア・アグノーシア問わずにまたしても新たなる災厄に見舞われています。この、あらゆる人間に平等に訪れる災厄を描くためのキーワードが「ウィルス」です。最新刊ではこのように言われます。「人間が神様を必要とするのは、この「世界」が無慈悲で理不尽で残酷だから。たとえば貧しく生まれ差別され尊厳を奪われた者に向かって、「たまたま運が悪かったのであきらめろ」と言っても納得はしないでしょ?法や社会に守ってもらえなくなった人達は結局“神”に頼るしかないんだ。でも逆に考えれば“神様”がいる限り「世界」は残酷なままだという事。だから「世界の残酷さ」に耐えられず、かといって“神”を信じることも出来ない人達のために、コロイドが生まれたんだ。」(『エデン』12巻)となっております。この「コロイド」はウィルスによって作成された「地球に存在する事象全ての記憶」の集合体であり、そこではあらゆる物理的存在は意味をなしていません。或る意味で、全ての存在が情報として捉えられております。

まだ明らかではありませんが、コロイドの中が『エデン』になるのでしょうか?それともグノーシアでしょうか。。。そして、もしコロイドの中へ誘う存在としてウィルスが描かれているのならば、これは何を意味するのか……使徒なのか?などなど色々と気になるのですが、続編を期待したいです。

しかし、最近はこういった自身の空虚さを率直に受け止め、世界を汚れた物として自らその中に身を投げ捨てて生きようとする近年の若年層を描く作品がありますね。桜井亜美の『イノセント ワールド』や、宮台真司が追う援助交際する少女などがこういったグノーシス的な「新しいイノセンス」として指摘されています(島薗進「グノーシスと現代の物語」)。

なお、本文章は遠藤浩輝『EDEN』(講談社)や岩波書店『グノーシス 異端と近代』を参照しております。
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