今日は、アルバイトを定時に終えて急いで家に戻り、カレーで夕食を簡単に済ませてからNHK『平清盛』〜「殿上の闇討ち」を観た。前週「源平の御曹司」の感想をまだ書いていないので、2回分まとめて、感想を記す。
☆ ☆ ☆
さて大河ドラマは、どういう角度から観るかで評価が大きく変わってしまう。そのなかでも大きな分岐点は、これを「歴史」の再現と観るのか「ドラマ」に比重を置いて観るかということだが、前回・今回の展開をみると、「歴史」の再現としては腑に落ちない部分が多く、私としては、極端に大きな誤りがない限り、「歴史」の部分にはあまり目くじらを立てずにドラマとして楽しもうという方向で、自分を納得させている。
というのは、清盛の人格形成を描く都合上、前回、今回は、父・平忠盛、源氏の御曹司・義朝とのからみの場面が多いのだが、どうひいきめにみても、清盛と義朝が頻繁に出会い、早い時点から互いをライバルと見なしていたという事実があったと私には考えられず、これらのエピソード、なかでも前回の「源平の御曹司」のエピソードには、リアリティーがほとんど感じられないのだ。ただそのなかで、今回、為義と義朝の親子が自分たちの不遇をめぐって葛藤するのは、後の親子対立の伏線かと、ここだけは納得した。
今回忠盛が言った「軸」という言葉も、ドラマ的な図式としては理解できなくもないが、そうしたものが十数年も人間の行動を縛ることができるのかと考えると、あまりリアリティーが感じられなかった。しかもこれが、「武士とは何か」という物語の根元的なテーマとかかわるだけになおさらである。もっともこれは、この時代の最終勝者・頼朝の視点から物語をとらえるというドラマの構想が発表された時点で、ある程度予想されたことではあるのだが…。
これをもう少し別の角度から言うと、忠盛や義朝が貴族社会の矛盾を実感し、「武者の世」が来ることを予感しているように描かれているのも、彼らがそこまで時代の変化を見通して行動していたかは疑問がある。このあたり、私としては「武者の世」はなりゆきで到来しただけで、当時、そうした先を読んで行動していた人物はいないと考えているので、こうした人間の描き方は、あまりにも近代的過ぎるような気がするのだ。
一方、摂関家と院の対立は、これまで歴史ドラマであまり取り上げられたことがないので、今回ほのめかされた忠実と鳥羽院の思惑の違いと主導権争いは、これからどのように描かれていくのか、興味がある。
その摂関家では、次男・頼長がまだ登場していないが、五味文彦氏の研究「院政期政治史断章」によれば、この頼長はすでに院近臣として登場している家成の子供・隆季、家明、成親と次々に男色関係をもったことが明らかとなっているので、このあたりの人物関係をNHKがどのように描くかも予断を許さないところだ。
リアリティーということで言えば、美術、撮影は、あいかわらずすばらしい。ただし、院御所に水仙が植えてあるのは、前回の記事でも書いたように疑問。ネットを調べたら、水仙は南宋の時代に日本に紹介されたという記事があり↓、鳥羽院の時代には、水仙という植物は日本の貴族社会ではまだ知られておらず、まして、それを愛でるということはありえなかったのではないだろうか。
http://www.e-yakusou.com/sou/sou243.htm
「水仙」に「サクラ」「ウメ」といったヤマトコトバの名がないというのも、日本人が水仙を意識的に観賞しだしたのはかなり遅い時代だということを示唆しているとおもう。まあこれは、全体を損なうような重要なポイントではないので見過ごしてもいいのだが、西行、待賢門院堀河といった歌人が登場し、和歌の世界の美学にも踏みこもうというのであれば、その辺も多少配慮して欲しい(南宋は1127年成立で、白河院没年=鳥羽院政開始は1129年)。ちなみに、武器や武具の歴史に詳しい人であれば、日本古来の馬はもっと小さかったとして、ドラマに登場するすらっとした馬体に違和感を感じるかもしれないが、これはやむをえないのではないだろうか…。結局、ドラマのリアリティーというのは、相対的な問題のような気がする。
全体として、ドラマはまだ人物紹介の導入部の段階で、しかもその人物紹介も、頼長、後白河院といった大所がまだ登場していないので、出来・不出来を言うような段階ではまだないようにおもう。
このためか、松山ケンイチの演技も、今のところあまりにも一本調子のような感じで、深みが感じられない。
もう少し、様子をみることにしよう。
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さて大河ドラマは、どういう角度から観るかで評価が大きく変わってしまう。そのなかでも大きな分岐点は、これを「歴史」の再現と観るのか「ドラマ」に比重を置いて観るかということだが、前回・今回の展開をみると、「歴史」の再現としては腑に落ちない部分が多く、私としては、極端に大きな誤りがない限り、「歴史」の部分にはあまり目くじらを立てずにドラマとして楽しもうという方向で、自分を納得させている。
というのは、清盛の人格形成を描く都合上、前回、今回は、父・平忠盛、源氏の御曹司・義朝とのからみの場面が多いのだが、どうひいきめにみても、清盛と義朝が頻繁に出会い、早い時点から互いをライバルと見なしていたという事実があったと私には考えられず、これらのエピソード、なかでも前回の「源平の御曹司」のエピソードには、リアリティーがほとんど感じられないのだ。ただそのなかで、今回、為義と義朝の親子が自分たちの不遇をめぐって葛藤するのは、後の親子対立の伏線かと、ここだけは納得した。
今回忠盛が言った「軸」という言葉も、ドラマ的な図式としては理解できなくもないが、そうしたものが十数年も人間の行動を縛ることができるのかと考えると、あまりリアリティーが感じられなかった。しかもこれが、「武士とは何か」という物語の根元的なテーマとかかわるだけになおさらである。もっともこれは、この時代の最終勝者・頼朝の視点から物語をとらえるというドラマの構想が発表された時点で、ある程度予想されたことではあるのだが…。
これをもう少し別の角度から言うと、忠盛や義朝が貴族社会の矛盾を実感し、「武者の世」が来ることを予感しているように描かれているのも、彼らがそこまで時代の変化を見通して行動していたかは疑問がある。このあたり、私としては「武者の世」はなりゆきで到来しただけで、当時、そうした先を読んで行動していた人物はいないと考えているので、こうした人間の描き方は、あまりにも近代的過ぎるような気がするのだ。
一方、摂関家と院の対立は、これまで歴史ドラマであまり取り上げられたことがないので、今回ほのめかされた忠実と鳥羽院の思惑の違いと主導権争いは、これからどのように描かれていくのか、興味がある。
その摂関家では、次男・頼長がまだ登場していないが、五味文彦氏の研究「院政期政治史断章」によれば、この頼長はすでに院近臣として登場している家成の子供・隆季、家明、成親と次々に男色関係をもったことが明らかとなっているので、このあたりの人物関係をNHKがどのように描くかも予断を許さないところだ。
リアリティーということで言えば、美術、撮影は、あいかわらずすばらしい。ただし、院御所に水仙が植えてあるのは、前回の記事でも書いたように疑問。ネットを調べたら、水仙は南宋の時代に日本に紹介されたという記事があり↓、鳥羽院の時代には、水仙という植物は日本の貴族社会ではまだ知られておらず、まして、それを愛でるということはありえなかったのではないだろうか。
http://www.e-yakusou.com/sou/sou243.htm
「水仙」に「サクラ」「ウメ」といったヤマトコトバの名がないというのも、日本人が水仙を意識的に観賞しだしたのはかなり遅い時代だということを示唆しているとおもう。まあこれは、全体を損なうような重要なポイントではないので見過ごしてもいいのだが、西行、待賢門院堀河といった歌人が登場し、和歌の世界の美学にも踏みこもうというのであれば、その辺も多少配慮して欲しい(南宋は1127年成立で、白河院没年=鳥羽院政開始は1129年)。ちなみに、武器や武具の歴史に詳しい人であれば、日本古来の馬はもっと小さかったとして、ドラマに登場するすらっとした馬体に違和感を感じるかもしれないが、これはやむをえないのではないだろうか…。結局、ドラマのリアリティーというのは、相対的な問題のような気がする。
全体として、ドラマはまだ人物紹介の導入部の段階で、しかもその人物紹介も、頼長、後白河院といった大所がまだ登場していないので、出来・不出来を言うような段階ではまだないようにおもう。
このためか、松山ケンイチの演技も、今のところあまりにも一本調子のような感じで、深みが感じられない。
もう少し、様子をみることにしよう。
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