闇に響くノクターン

いっしょにノクターンを聴いてみませんか。どこまで続くかわからない暗闇のなかで…。

『平清盛』にまだこれからの印象

2012-01-29 23:13:35 | 雑記
今日は、アルバイトを定時に終えて急いで家に戻り、カレーで夕食を簡単に済ませてからNHK『平清盛』〜「殿上の闇討ち」を観た。前週「源平の御曹司」の感想をまだ書いていないので、2回分まとめて、感想を記す。

     ☆     ☆     ☆

さて大河ドラマは、どういう角度から観るかで評価が大きく変わってしまう。そのなかでも大きな分岐点は、これを「歴史」の再現と観るのか「ドラマ」に比重を置いて観るかということだが、前回・今回の展開をみると、「歴史」の再現としては腑に落ちない部分が多く、私としては、極端に大きな誤りがない限り、「歴史」の部分にはあまり目くじらを立てずにドラマとして楽しもうという方向で、自分を納得させている。
というのは、清盛の人格形成を描く都合上、前回、今回は、父・平忠盛、源氏の御曹司・義朝とのからみの場面が多いのだが、どうひいきめにみても、清盛と義朝が頻繁に出会い、早い時点から互いをライバルと見なしていたという事実があったと私には考えられず、これらのエピソード、なかでも前回の「源平の御曹司」のエピソードには、リアリティーがほとんど感じられないのだ。ただそのなかで、今回、為義と義朝の親子が自分たちの不遇をめぐって葛藤するのは、後の親子対立の伏線かと、ここだけは納得した。
今回忠盛が言った「軸」という言葉も、ドラマ的な図式としては理解できなくもないが、そうしたものが十数年も人間の行動を縛ることができるのかと考えると、あまりリアリティーが感じられなかった。しかもこれが、「武士とは何か」という物語の根元的なテーマとかかわるだけになおさらである。もっともこれは、この時代の最終勝者・頼朝の視点から物語をとらえるというドラマの構想が発表された時点で、ある程度予想されたことではあるのだが…。
これをもう少し別の角度から言うと、忠盛や義朝が貴族社会の矛盾を実感し、「武者の世」が来ることを予感しているように描かれているのも、彼らがそこまで時代の変化を見通して行動していたかは疑問がある。このあたり、私としては「武者の世」はなりゆきで到来しただけで、当時、そうした先を読んで行動していた人物はいないと考えているので、こうした人間の描き方は、あまりにも近代的過ぎるような気がするのだ。
一方、摂関家と院の対立は、これまで歴史ドラマであまり取り上げられたことがないので、今回ほのめかされた忠実と鳥羽院の思惑の違いと主導権争いは、これからどのように描かれていくのか、興味がある。
その摂関家では、次男・頼長がまだ登場していないが、五味文彦氏の研究「院政期政治史断章」によれば、この頼長はすでに院近臣として登場している家成の子供・隆季、家明、成親と次々に男色関係をもったことが明らかとなっているので、このあたりの人物関係をNHKがどのように描くかも予断を許さないところだ。

リアリティーということで言えば、美術、撮影は、あいかわらずすばらしい。ただし、院御所に水仙が植えてあるのは、前回の記事でも書いたように疑問。ネットを調べたら、水仙は南宋の時代に日本に紹介されたという記事があり↓、鳥羽院の時代には、水仙という植物は日本の貴族社会ではまだ知られておらず、まして、それを愛でるということはありえなかったのではないだろうか。
http://www.e-yakusou.com/sou/sou243.htm
「水仙」に「サクラ」「ウメ」といったヤマトコトバの名がないというのも、日本人が水仙を意識的に観賞しだしたのはかなり遅い時代だということを示唆しているとおもう。まあこれは、全体を損なうような重要なポイントではないので見過ごしてもいいのだが、西行、待賢門院堀河といった歌人が登場し、和歌の世界の美学にも踏みこもうというのであれば、その辺も多少配慮して欲しい(南宋は1127年成立で、白河院没年=鳥羽院政開始は1129年)。ちなみに、武器や武具の歴史に詳しい人であれば、日本古来の馬はもっと小さかったとして、ドラマに登場するすらっとした馬体に違和感を感じるかもしれないが、これはやむをえないのではないだろうか…。結局、ドラマのリアリティーというのは、相対的な問題のような気がする。

全体として、ドラマはまだ人物紹介の導入部の段階で、しかもその人物紹介も、頼長、後白河院といった大所がまだ登場していないので、出来・不出来を言うような段階ではまだないようにおもう。
このためか、松山ケンイチの演技も、今のところあまりにも一本調子のような感じで、深みが感じられない。

もう少し、様子をみることにしよう。
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寺神戸亮のバッハにひたる

2012-01-26 23:34:24 | 楽興の時
今日は、浜離宮朝日ホールでバロック・ヴァイオリンの世界的奏者・寺神戸亮の演奏でバッハとテレマンの無伴奏ヴァイオリンのコンサートを聴き、とても感動した。

本日の曲目は、演奏順に、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番、テレマンの無伴奏ヴァイオリンのためのファンタジア第1番、テレマンの無伴奏ヴァイオリンのためのファンタジア第12番、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのバルティータ第2番の4曲。午前11時30分開始のランチタイムコンサートということで、通常のコンサートとは客層が少し違うような気もしたが、それでもほぼ満席だ。

プログラムから、まず、寺神戸自身によるバッハの楽曲紹介を引用しておく。
「バッハは無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータの美しい清書譜を1720年に書きました。それは最初の妻マリア・バルバラの死の年でもあります。タイトルページにはイタリア語で'Sei Solo per violino senza basso'と書かれています。直訳すれば「バスを伴わないヴァイオリンのための6つの独奏曲」ですが、最初の'sei solo'に注目すると、それは'tu sei solo'すなわち「お前は一人だ」という意味にも取れるのです。通常であればヴァイオリンは伴奏を伴う楽器。それを敢えて無伴奏で演奏するのはとても孤独な作業です。バッハはそこに何を求めたのでしょうか…」

さて、私としてもひさびさの器楽曲のコンサートだが、はじまるとすぐに、バロック・ヴァイオリン独特の倍音成分の多いゆるやかな響きに、すっかり心地よくなってしまった。
最初に演奏されたバッハのソナタではアンダンテが特によかった。聴きながら、なにかエロチックな印象を受けたのだが、それは音色に艶があるとか、演奏そのものに華があるといったことからくるのではなくて、演奏されたそばから消えていくという宿命をもった楽曲と真剣に向き合う姿勢そのものが、なにか、エロティシズムの本質とつながるような気がしたのだ。これは、寺神戸の演奏に夾雑物がほとんどなく、なにか音楽そのものに肉薄しているような感じだったので、曲というより、その向こう側にあるなにかがほの見えてきたのかもしれない。コンサートは、その後寺神戸の軽いトークをはさんで、テレマンがさらりと演奏された。
休憩後は、いよいよお目当てのバッハのパルティータ。最初の出だしから、寺神戸自身も今日はこの曲にすべてをかけるという雰囲気が伝わってくる。
この曲では、クーラントとジーグの速い楽曲が特によかった。最後のシャコンヌは、はじめのうち少し純度不足のような印象を受けたのだが、曲が進んでいくと、そんなことはどうでもよくなってくる。ここでも寺神戸は、演奏している自分よりも曲そのものを浮き彫りにしている。私は、バッハはなぜこのようにひたすら巨大で、聴く者の感覚的アプローチを拒むような曲をつくったのかと、バッハや彼が生きた時代・社会をおもいやり、プログラムに載っている寺神戸の言葉を反芻していた。寺神戸は'tu sei solo'の'tu(お前)'は、亡くなった妻だというが、もしかするとこの'tu'は、バッハ自身ではないのか。
巨大な楽曲が最後の一音で終わるとき、その消えようとしている一音に、時間の謎、人間存在の謎がすべてこめられているような気がした。

演奏が終わるとあらためて寺神戸のトーク。寺神戸自身が語っていたように、こうしたトークはほんらいであれば演奏の前に行うべきもので、終わってからのトークは少し場違いのような気もするのだが、演奏前は緊張感でトークをする余裕がなく、演奏が終わってはじめて、いろいろつっこんだことが語れるのだという。
そのトークのなかでは、バッハの無伴奏ヴァイオリンのソナタとパルティータのなかに、演奏が非常に困難な部分があるのは周知の事実なのだが、ふと、この曲を作曲するときにバッハはリュートを意識していたのではないかと考え、リュートの演奏技法をとりいれたところ、その演奏困難な部分がすべてうまく弾けたと、第一人者でなければ語れない事実を明かした。
アンコールは、バッハの無伴奏チェロ組曲第6番のガヴォットを、ヴァイオリンで演奏した。

コンサートが終わっても、余韻はなかなかさめなかった。

【寺神戸亮オフィシャルホームページ】
http://lesboreades.info/RyoTerakado/
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クーベリックのベートーヴェンを聴いて休日を過ごす

2012-01-25 22:56:23 | 雑記
今朝はアルバイトの休日なので、ゆっくりと9時に起床。10時過ぎに、焼き魚、サラダ、納豆などでブランチ。その後コインランドリーで洗濯。小休憩を入れて、午後は近所の美容院のタイムサービスで散髪。
これらの雑用がすべて終わったのが2時過ぎで、それから『人間の精神について』のなかの想像力の章を訳す。今日は、翻訳もわりとスムーズに進んだ。ところで、翻訳といえば、昨年の暮に古都の大学の忘年会に出席した際に、ゼミ生の一人に小訳のコピーをわたしておいたのだが、今日その礼状が届いた。きちんと私の訳を読んでくれているようで、とてもうれしくおもった。
訳の合間に、BGMとして、先日購入したクーベリックのベートーヴェン交響曲全集を聴く。1番=ロンドン交響楽団、2番=コンセルトヘボウ管弦楽団、3番=ベルリン・フィル、4番=イスラエル・フィル、5番=ボストン交響楽団だ。いずれの演奏もとても気に入ったが、ただ、ベルリン・フィルの音色だけは、無機的であまり好きになれなかった。
ここで夕食時となったので、冷蔵庫のなかのありあわせのもので夕食。音楽はちょっとだけ趣向を変えて、クーベリックがブレンデルと組んだベートーヴェンのピアノ協奏曲第4
番を聴く(オーケストラはクーベリックの手兵バイエルン放送交響楽団)。これは1970,年のライブ盤で、久々に聴いたCDだが、クーベリックもさることながら、ブレンデルがとてもよく、感動した。
食後は、近所の喫茶店Iに行き、『人間の精神について』のテクストをすこし読んでから、買い物をして寓居に戻った。
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雪のなかで『風にそよぐ草』を観る

2012-01-20 23:14:16 | アメリカの夜
今日は自分の連休の最終日。寒かったが9時過ぎに起床した。
フランス語のテクストを少し読んでから、ミネストローネ、サラダ、冷蔵庫の残り物でブランチ。食後またフランス語のテクストに戻る。
今、訳しているのは「想像力(imagination)」の説明の部分だが、そのなかでportraitとtableautが比較されており、この2つの言葉の訳語で少し頭を悩ました。というのは、テクストのなかでは、portraitは想像力と無関係でtableauが想像力の産物とされているため。このうちportaritを「肖像画」と訳すのはあまり問題ないのだが、tableauを近代的に「キャンバス画」とすると、肖像画との対比がうまくいかなくなる(それにだいいち、キャンバスに描いた肖像画も存在する)。そこでいろいろ悩んだあげく、tableau1の方は「寓意画」と訳すことにした。つまり、peinture(絵画)には、実在のモデルが存在する肖像画とモデルが存在せずもっぱら想像力による寓意画があるというわけだ。訳そのものはあまり進まなかったが、流れはこれですっきりした。

午後、小雪のなかを岩波ホールに行く。尊敬するフランスの映画監督アラン・レネが86歳で撮った最新作『風にそよぐ草』を観るためだ。ホールに着くまでは、雪の降るなかをあまりポピュラーではない映画を観にくる好き者などいるだろうかといぶかっていたが、ホールにはそこそこ観客が入っている。さすがはレネだ。
作品は、レネの代表作とされる『去年マリエンバートで』のパロディのような感じで、一筋縄ではいかない恋愛物語が描かれる。あえていえば、恋愛と「想像力」の関係がテーマだ。冒頭のシーンから、カメラワークや演出の端々にみられるレネの健在ぶりには関心したが、レネに対する既存のイメージを一新するような新機軸はない。このため、全体としてはどこかこぢんまりとした感じをどうしても否めない。レネの年齢を考えると、これもやむなしか。

見終わったあと、新宿に出て、タワーレコードでクーベリック指揮のベートーヴェン交響曲全集(タワーレコード独自企画として再発されたもので、発売されたときは、ベートーヴェンの9つの交響曲をすべて違うオーケストラで演奏したことが話題になった)と、グリュミオーと比較するためにクイケンが弾くバッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」を買ってK堂に戻った。
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鱈鍋を食べてからバーゲンに行く

2012-01-18 22:57:57 | 雑記
今日、明日は、アルバイトの新シフトによる連休。加えて金曜日も有給休暇を入れて、自分で3連休にした。ゆえにのんびりといきたいところだが、朝はなんとなく気ぜわしくて8時過ぎに起床した。それからネットにアクセスしたりしてぐだぐたして、10時過ぎにブランチ。正月に買った白菜や三つ葉が残っていたので、鱈をいれて鱈鍋にした。
食後ぼんやりしているところへ、HMVに頼んでおいたCDが届いたので、そのなかから、レーグナー指揮のワーグナーの交響曲を聴く。ワーグナーの19歳の折の作品で、これがあのワーグナーかという初々しさだ。
ワーグナーを聴いたのちは、休日の定番であるコインランドリーでの洗濯。
午後のニュースをきき、あちこちへ電話を入れてから、新宿に買い物に行くことにする。
まずは高野で紅茶を買い、条件反射のように伊勢丹でコーヒーを買ってから、ジュンク堂の思想関係のコーナーと音楽関係のコーナーをチェック。そこから今度は世界堂に行き、封筒を買う。
これで手軽な買い物が全部済んだので、あとは丸井でバーゲンを見て回る。丸井では2時間ほどかけて、ショートコート(ブルゾン)、ワイシャツ、セミロングのブーツを買い込んだ。ただしワイシャツは、サイズがあわないとねばったら、九州の店舗にちょうどいいサイズの在庫があるとのことで、それを取り寄せてもらうことになった。
自宅に戻るとちょうど夕方だったが、今日はいろいろ散財したので反省し、鱈鍋の残りを暖めて、手軽な夕飯をとった。
今は、高野で買ったハッピーバレー茶園のダージリン茶を飲みながら、届いたばかりのグリュミオーが演奏するバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを聴いている。
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誰も気づかなかった誤植

2012-01-16 23:39:10 | 雑記
昨日は、『大河ドラマ』をみたあとで翻訳作業に取り組んだが、次の箇所でハタと手が止まってしまった。、

【原文】
Les rochers detaches des montagnes etaient roules dans plaines par les Orcades.

【英訳】
The rocks torn from the mountains, were rolled into the plains by the orcades.

特に難しい文章ではないのだが、テクストの「Orcades」が何のことかさっぱりわからない。わからないままに、たとえばそれを「オルカード」と音訳して済ますという方法もあるのだが、気になるので仏英の辞書やネットをあちらこちらと調べてみた。そして結局、前後の文脈から、これはギリシア神話のニンフのことを語っている文章だからと、ニンフ関係の用語をいろいろ調べ、最終的に「Orcades」は「Oreades」の誤植だという見解に達した。
それならば、上掲の仏英のテクストは次のように訳せる。

【試訳】
山なみから切り離された岩石は、オレアードたちによって平原を転がされた。

おそらく、フランス語の最初のテクストで「オレアード」が「オルカード」と誤植されてしまったため、英訳のときにはこの言葉の意味がわからずそのままの綴りで転記され、現代にいたるまで、それがずっと訂正されないままきたのだろう。
こういう、200年以上誰も気づかなかった誤植を見つけると、作業はほとんどすすまなくても楽しくなる。
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運命を自覚する清盛に共感

2012-01-15 23:00:31 | 雑記
『平清盛』〜第二回「無頼の高平太」は、清盛が自分の出生の秘密を知ると同時に、王権と闘うべくして生まれた自分の運命を受け容れるプロセスを描き、おもしろかった。
第一回の感想にも書いたとおり、このドラマは、今のところ、清盛が時の権力者・白河院の落胤であるというい逸話が全体の骨格となり、複雑な人間関係を動かしている。その白河院と清盛の対面が事実としてありえたかということはさておき、この対面のシーン、そしてその後の剣舞のシーンともに非常に説得力があった。
小ブログにアクセスしてくださっている皆さんはきっと同意してくださるとおもうが、人間は、いい家に生まれて多数派として何の苦労もなく育つより、自分は望まれぬ存在ではないかと悩んだ方が、人生を楽しめるのだ。
その望まれぬ子が、一見逆説的におもえる「清」という文字を入れて元服するというエピソードは、やはり感動的だった。
ところで、今回は松山ケンイチがはじめて登場し、とても活発に動き回るのだが、それと反対の静の演技に徹した中井貴一の存在は、今回も光る。見方によっては、白河院の心も清盛の心もすべて知っている養父・忠盛は、実は全体の狂言回しではないかとおもえるほどだった。
それと、嘘かまことかわからないおもしろさと言えば、清盛と源氏の御曹司・義朝の最初の出会いも、こんな出会いありえないとおもいつつ、これからの展開に血が騒いだ。
その一方で、白河院死亡の時点で、今後の摂関家の悶着の伏線として藤原忠実から関白の称号をはずしたあたりは、配慮が行き届いている(この時点の関白は、忠実の長男・忠通)。

平安末の薄汚れた京都をイメージした美術は今回も卓抜だが、その白河院が祈祷をしていた寺院はどこでロケしたのだろうか。おごそかな雰囲気で、ちょっと行ってみたくなった。

ただし細かいことを言うと、鳥羽院は御所のなかでいつも水仙の花をいつくしんでいるように描かれているが、この時代、貴人の家に水仙があったかは疑問。水仙が詠まれた古歌や物語を、ちょっとおもいつかない。
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翻訳を再開

2012-01-12 22:43:22 | 雑記
昨日と今日は派遣のアルバイトの連休。久しぶりにゆっくり休んで、今日から『人間の精神について』の翻訳を再開した。

私の休日は、本来、木曜日と土曜日なのだが、昨年末、急遽土曜日も出勤して欲しいと依頼され、それならばと水曜日と木曜日を休日にして連休をつくることで土曜日出勤の条件をのんだもの。土曜日のシフトは早番なので朝起きるのがつらいのだが、アルバイトの契約期間が3月末までなので、しばらくの辛抱だし、それに、今会社の要望をくんでおいた方が、次に新しい派遣先を紹介してもらうときにこちらから要望を出しやすいという、私なりの計算もある。

ということで、昨日は、ゆっくり起きて洗濯をしたり雑用を済ませてから、銀座のBLDギャラリーに細江英公さんの写真展を見に行った。この写真展、6日に始まったばかりだが、展示内容を変えながら5月なかばまで続けるという。ちょっと類を見ない大規模な展覧会だ。現在展示されているのは、細江さんの代表作の一つで、暗黒舞踏の創始者・土方巽さんをモデルにした『鎌鼬』。モノクロの迫力ある写真を、じっくり観ることができた。
写真展鑑賞のあとは、新宿に移動し、丸井のバーゲンをのぞき、伊勢丹で野菜のゼリー寄せを買って、K堂の自宅に戻った。

今朝は、プランチで、ミネストローネと昨日買ってきた野菜のゼリー寄せを食べる。食後はエスプレッソ。それから、正月から読みかけの本を一気に読了し、『人間の精神について』の翻訳に取りかかる。昨年、全体の約四分の三を仕上げてあるので、残るはあと四分の一。章の数でいうと、17章だ。順調にいけば、全体はことしのなかば過ぎまでに仕上がる予定だが(1カ月に2章を仕上げたいとおもっている)、3月末で派遣契約が切れると、次の仕事を探したり、新しい仕事を覚えるまで、どうしても翻訳作業を中断せざるをえないと覚悟している。したがって、現在の手慣れた仕事を続けているあいだに、できるだけ翻訳を進めておくというのが現在の算段だ。ということで久しぶりに読む、『人間の精神について』のテクストは、やはりちょっとなつかしい。皮肉な書きぶりについては、昨年末に古都の大学の学部長からフランスの著作の特徴と言われたので、なるほどとおもう。

【原文】
Le gout de l'etude ne souffre aucune distraction. C'est a la retraite ou ce gout retient les hommes illustres, qu'ils doivent ces moeurs simples et ces reponses inattendus et naives, qui, si souvent, fournissent aux gens mediocres des pretextes de ridiculiser le genie: je citerai a ce sujet deux Traits du celebre la Fontaine. Un de ses amis, qui, sans doute, avait sa conversion fort a coeur, lui prete un jour son saint Paul. La Fontaine le lit avec avidite: mais ne tres-doux et tres-humain, il est blesse de la durete apparente des Ecrits de l'Apotre; il ferme le livre, le reporte a son ami, et lui dit: Je vous rends votre livre: ce saint Paul la n'est pas mon homme. C'est avec la meme naivete que, comparant un jour saint Augustin a Rabelais, comment, s'ecriait la Fontaine, des gens de gout peuvent-ils preferer la lecture d'un saint Augustin a celle de ce Rabelais, si naif et si amusant?

【英訳】
A taste for study suffers no distraction. It is to the retreat to which this taste confines illustrious men, that they owe that simplicity of manners, and those simple unexpected answers, which so often furnish men of moderate abilities with the pretence of ridiculing men of genius. I shall upon this subject mention two passages of the celebrated la Fontaine. One of his friends, who had doutless his conversion much at heart, lent him one day the epistles of St. Paul. La Fontaine read them with avidity, but being naturally of a mild and humane disposition, he was shocked at the seeming severity of that apostle's writings, and shutting the book: returned it to his friend, saying, "I restore you your book: this St. Paul is not a man after my mind." It was with the same simplicity, that one day comparing St. Augustin to Rabelais, "How, cried la Fontaine, can men of taste prefer the reading of St. Augustin to that of Rabelais, so sprightly and so amusing?"

【試訳】
勉学の嗜好は、いかなる気晴らしも認めない。凡庸な人々に、天才を嘲笑する口実を供給するこうした簡素な生活態度と予想外で無邪気な反応を著名な人間が負うのは、こうした嗜好が彼らを引き留める遁世にである。この主題に関して、私は有名なラ・フォンテーヌの二つの行為を例示するであろう。疑いなく、心に強く回心を抱いた友人の一人が、ある日彼に聖パウロを貸す。ラ・フォンテーヌはそれをむさぼるように読む。しかし、非常に穏和で人間的に生まれついたので、彼は、使徒の著述に明白な厳しさに傷つく。彼は本を閉じ、友人に戻して言う。「あなたの本をお返しします。この聖パウロは、私向きの人間ではありません」と。ある日、聖アウグスティヌスをラブレーと比較しながら、ラ・フォンテーヌを次のように叫ばせたのも、同じ無邪気さである。「なんと。趣味人が、これほど無邪気でこれほど愉快なこのラブレーの読書よりも聖アウグスティヌスの読書を好みうるですと。」
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オイディプス的ドラマとしての『平清盛』

2012-01-09 22:29:29 | 雑記
昨日からNHKの新しい大河ドラマ『平清盛』がはじまった。平安末の気になる時代をとりあげているので、興味深く見たが、骨太なつくりで、ドラマとして、とてもおもしろかった。
初回を見ると、全体のテーマは、「武士とは何か」「武士とはどのようにして生まれてきたか」ということのようで、当然のことながら、鎌倉幕府成立以前に武士は存在していたことを強調し、それがどのようにして時代を動かす力になっていったのかを描くということのようだ。
日本史のなかで、古代と中世の境目といえば、一般的には寿永四年(1185年)の平氏滅亡や建久三年(1192年)の頼朝の征夷大将軍就任ということになるとおもうが、実際には、これらの年を機に社会が大きく変わったというより、これらの事件は社会が変わった結果ともいえるわけで、そう考えると、社会はいつから変化をはじめたのかということが、あらためて、大きな問題として浮上してくる。今回の大河ドラマは、それを正面から考えようということなのだろう。
言ってみれば、これまでの源平ドラマは、平氏は弱かった、負けるべくして負けたという視点で、源氏を引き立てるだけものが多かったようにおもう。このため、平氏政権のもつ新しさや歴史的な意味を明らかにすることができなかったのだ。今回、そうした問題を少しでも提起できれば、ドラマの存在意義は大きいのではないか。
そうした「歴史的意義」はさておき、ドラマとしての『平清盛』は、この問題をクリアに打ち出すため、清盛は白河院の落胤であるという説を全面的に採用し、天皇家に災いをなす呪われた子として生まれた男が、自分の人生を新たに切り開こうとしてもがき、しまいには予言どおりに社会を大きく変え、結果として貴族社会を破壊してしまうという、オイディプス的な物語として展開していくのではないかと予想される。それが事実でアルかは別にして、この筋立ては、ドラマとしてはおもしろい。
それと、初回は、平氏と対比されるかたちで、藤原摂関家が登場したが、関白忠実の次男・頼長の男遍歴がこれからどのように(どこまで)描かれるかも、当プログとしては興味深い。

特筆すべきなのは美術で、定番的な絢爛豪華な平安京を再現したのではなく、薄汚れた京や泥臭い鎌倉の表現は出色。
逆に、当時の流行音楽である「今様」の再現は、あまりにも軽い感じで、個人的には疑問。もっとも今様の楽譜は残っておらず、もともと「再現」しようのないものなので、これはどのようなメロディーをつけても違和感が残る性質のものなのだが…。

演技面では、清盛の養父・忠盛役の中井貴一が図抜けて良かった。伊東四朗の白河院は、演技として疑問。凄みを出そうとして、逆に軽くなっている。
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正月の鎌倉訪問

2012-01-04 23:06:32 | 雑記
2日は、予定どおり鎌倉に行ってきた。一行は、元旦の来訪者であるOさん、俊右衛門さん、私の友人のSさんの4人。みんなバラバラの方向から来るため2時半に品川の駅で待ち合わせたが、個性的なメンバーなので、服装もみんなまちまちだ。なかでもひときわ個性的なのは俊右衛門さんで、おじいさんから譲り受けたという渋い羽織袴を着用。俊右衛門さんは背も高いので、プラットホームでもとても目立つ。私はといえば、明るい黄色のセーターに古都でも着用した白いコート。マフラーは、ドリス・ヴァン・ノッテンの東洋的な柄のものにした。一方Oさんとは、互いの顔を見るなりまた「Je m'aime」だ。いずれにしても、鎌倉行きの電車のなかや渋○邸で、俊右衛門さんといろいろざっくばらんな話ができて、私にはとても有意義だった。

さて、1時間ほどで湘南電車が鎌倉駅に着くと、正月だけあって、駅はすごい混みよう。駅を出てると、街中はさらに混雑している。

鎌倉に来た目的は、写真家の十文字美信さんが、小町通りのギャラリーBというスペースで近作展を行っているので、それを鑑賞するため。友人のSさんと十文字さんは古いつきあいなので、ギャラリーに入ると、とても喜んで迎えてもらった。作品は、古仏のモノクロ写真と枯れた花のカラー写真の組み合わせで、一点一点の写真も、全体の取り合わせも、とてもユニークだ。また、ギャラリーの隣は、十文字さんが経営するコーヒー店で、写真を見たあとは、十文字さんが自分で淹れた自家焙煎のコーヒーを飲ませてもらった。コーヒーは、もともと十文字さんの嗜好品の一つに過ぎなかったのだが、いろいろこだわっているうちに、気に入ったコーヒーを飲むためには、自分で焙煎して自分で淹れなければダメだという結論に達したのだという。そして、ギャラリーを開設するに際して、コーヒー店を併設し、写真の仕事がないときは趣味と実益を兼ねてコーヒーを淹れているということらしい。ギャラリーだけでなく、コーヒー店の内装もとても凝っており、ひるがえってみると、その高い趣味性が、十文字さんの写真にも通底している。

のんびりコーヒーを飲んでいたら予定よりだいぶ時間が経ってしまい、小腹が空いてきたので、誰となく言い出して、通りがかりの店に飛び込んでカレーを食べた。この時点で夕方になってしまったので、初詣と渋○竜彦さんの墓参を兼ねた浄智寺訪問は取りやめ。湘南電車で、まっすぐ北鎌倉の渋○邸に移動した。

渋○邸には、詩人のTさん、画家のKさん(セクシーな若いパートナーと同行!)らの個性的な先客が来ていて、すでに大賑わい。墓参り代わりに仏壇に焼香して『人間の精神について』の翻訳・出版がうまくいくよう祈ってから、私もすぐに新年会に加わった。
新年会では、シャンパンを皮切りにして次から次へとワインがあけられた。おもしろいことに、元旦に自宅で飲んだワインもこの日渋○邸で口開けに飲んだワインもジュヴレ・シャンベルタンで、その一致だけで、私はすっかりアトホームな気持ちになってしまった。
さてワインがすすむうちに座はますます賑やかになり、乞われるままに、私は、『誰も寝てはならぬ』『愛の讃歌』などの歌を披露した。一方テーブルでは、三○由紀夫さんが渋○邸に来たとき居合わせたこともあるKさんから、渋○さんの古い思い出話などが出て、みんなすっかり聴き入った。渋○さんといえば、まず反射的にサド侯爵の作品の翻訳が思い浮かぶが、あらたまってサドとかサディズムを話題にしなくてもみんなそのことを了解しているので、この家では、たてまえだけの議論などなんの意味もないと誰もがおもっている。その了解が始めてあったばかりの人をもうち解けさせる。そうやって楽しくワインを飲んでいるうちに座もばらけて、気の合う人同士でいろいろな話がはじまった。またサロンや書斎のあちらこちらで写真も撮りまくりで、「フォトジェニック!」という言葉を連発しながら写真を撮っていた俊右衛門さんは、すぐにデジカメの容量がいっぱいになってしまったようだ。
そうこうしているうちにあっという間に時間は過ぎ、電車がなくなるからと、われわれは10時過ぎに渋○邸を辞去した。

外に出ると、街頭の少ない北鎌倉の街はまっくらだったが、さっきまでの賑わいを忘れさせるような深閑とした星空にも、4人とも大満足だった。
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