ふるさと!-秋田仙北平野を歩く-

ふるさと秋田の「仙北平野」をくまなく巡り歩き、その写真とエッセイを掲載します。

旧神岡町神宮寺・旧大曲市花館を往く(その1)

2016年12月13日 | 旧神岡町を往く

 ●歩いた日:2016420日(水)

●歩いた所:蒲・豊後野・間倉

●歩いたログ(道のり:5.7km

●およその位置

 以上の地図:国土地理院)

 これまでと少し離れた場所を掲載したいと思い、今回は、また春4月に歩いた記事を投稿します。タイトルは「旧神岡町神宮寺・旧大曲市花館を往く」です。

 「花館」地域の中心街は「玉川」左岸(南側)にあります。この時歩いた「豊後野」と「間倉」は、「玉川」の右岸ですが、歴史的経緯もあるのでしょう、「花館」に属しております。「豊後野」にほど近い「蒲」は「神宮寺」に属します。よって、上のようなタイトルになりました。

 それでは、本文に入ります。

 

 すぐ西隣の「福島」から「蒲(ガマ)」を目指して車を走らせると、まもなく、今来た道と集落に沿って進む道の分かれに着く。ここに適当な空スペースがあるので、車を置いてスタート。 

 「蒲」は南東から北西に連なる河岸段丘上に開けた集落である。まずは、S23年の航空写真(国土地理院)を見ていただきたい。

 この時歩いた 「玉川橋」の北西側、「蒲」、「豊後野」、「間倉」一帯の写真である。右側に「玉川」、右下隅に「雄物川」が写っている。耕地整理される以前の様子で、見事な渦巻き模様が目に飛び込んでくる。これを最初に見たときは感動してしまった。よくこのような写真を残してくれたと思う。

 「蒲」と「豊後野」の位置を写真中に示した。「間倉」は「玉川橋」すぐ北の集落。 この渦巻きは、明らかに「玉川」の蛇行の跡である。黒線は、流れていたと思われるところをたどったもの。

 これを見ると、往時、「間倉」と「豊後野」は、「花館」地域が半島のように「神宮寺」に突き出したところで、地続きだったろうと想像される。それが、いつの頃か、「玉川」の流路が付け替えられて、今のような姿になったのであろう。

📷001:「蒲」古街道の標柱

  「蒲」の集落沿いに続く道を少し進むと「蒲古街道跡」と書かれた標柱があるので、カメラに収める。

  写真の標柱には、「羽州街道」(航空写真に写っているが、「玉川橋」から西に延びている道)が、「雄物川」沿いに開かれたのは165872年頃(江戸時代前期)とする説があることから、それ以前は、「蒲」のこの道が「旧羽州街道」として参勤交代が通ったのではないか、と書かれている。

  「羽州街道」が「雄物川」沿いに開かれるのが、「玉川」の付け替え後とすると、付け替えは、江戸時代の初期に行われたことになる。

 写真右下の田んぼは、家々が立ち並ぶところと2m以上の高低差がある。今の新しい道は、この田んぼの中を通っている。

(その2に続く)

 

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