
「食べる事」を前提に育ててきた「ブタ」を巡り、
論争を巻き起こす物語です。
映画の評価 ★★★★☆ 考えさせられる映画
●以下ネタバレがあります●
私は子供の頃から長期間をかけて
ペットらしい動物を飼った事がありません。
飼った事があるのは「金魚とカメ」くらいです。
なので、犬や猫などを飼っている人のような
「ペットに対する愛着」を実感した事はありませんが、
私が10年間乗っていた愛車をやむなく手放す時は、
どうしようもない程、せつない気持ちになりました。
私が楽しい時も辛い時も嬉しい時も悲しい時も、
常に私を乗せて走ってくれた車でしたが
引越しする為に維持できなくなり、
廃車するという決断をしました。
もう古い車だった事もあり、
一時はスクラップされると聞かされていましたが、
その後、買い手がついた事を知らされ
妙に安心した事を覚えています。
愛車を手放す時でさえも悲しむ私には
ペットを飼うなんて事は到底無理なのかもしれません。
「ペットは飼い主に沢山の喜びを与えてくれる。」
とは聞きますが、
可愛がってきたペットと死別する事を考えると
私は精神的に耐えられる自信がないのです・・・。
今回観た映画は、
「動物を飼う事」「命と向き合う事」に対して
色々と考えさせられる作品でした。
小学校の6年2組を担任することになった
新米教師の星(妻夫木聡)は、
「人間が生きる為に命を頂くという事」を
生徒たちに考えてもらおうと
「食べる事を前提」に卒業までの一年間、
クラス全員で世話をしながら
子ブタを飼う事を提案します。
興味津々の子供たちは即賛成し、
学校側にも許可を取り、
6年2組の子ブタ飼育生活が始まります。
子供たちは子ブタに「Pちゃん」と名前を付け、
掃除や餌やりに悪戦苦闘しながらも
次第に「Pちゃん」に対して愛着を持ち始めます。
劇中で妻夫木クン演じる星先生も言っていましたが、
食事の前に「いただきます。」を
言えない子供や言わせない親が
現実的に存在する事を
私は以前観たテレビ番組の報道で知りました。
なので、子供たちに食となるモノに触れさせ、
命を頂く事の大切さを教える授業については
私は賛成派の人間です。
でも、でも、でも・・・。
「食べる事を前提に」という条件の上で
一年間も特定の動物1匹を飼う事は、
今の私には絶対に出来ません。
例えば私が子供の頃だったなら、
また違った事を思ったのかもしれませんが、
劇中でブタを飼う提案を投げかけられたのは
小学6年生の子供たちです。
「食べる事を前提に」という条件よりも
最初はブタを飼う事への好奇心が先立ち、
みんなで時間をかけて検討する事もせず、
瞬間的に飼う事を決めてしまいます。
出会ったばかりの時は
何処にでもいるただの子ブタでしかなかったのに、
一年後には、
この世にひとつだけの大切なPちゃんに
なってしまうなんて事は
夢にも思っていなかったのでしょう・・・。
長い時間をかけてペットのように大切に育て、
個人的に愛着のある生き物を
最終的には
「食べる、食べない」なんて選択をさせるのは
ある意味、残酷な事なのかもしれませんが、
結論に辿り着くまでの過程の中で
子供たちは大切な事を学びます。
動物の命を握るという事の大変さを実感したり、
自分たちの責任について考えさせられたりと、
何が最善なのか、どうしたらイイのかを
子供心ながらに一生懸命考えます。
教科書の中だけでは決して実感できないような
命の重みを噛み締める事で、
友達と喧嘩したり、感情をぶつけ合いながら
自分の思い通りにならない現実とも向き合い、
子供たちは着実に成長していきます。
「ブタの飼育」という表面だけを見れば
劇中に登場する保護者たちのように
猛反対する大人がいるのも分かる気がしますが、
飼育を通して
その先に見えてくるモノは
子供たちの今後の人生に大きな影響を与える
貴重な経験のひとつでもあり、
これはもはや子供だけの世界の話ではなく、
大人である私が観ても
色々な事を考えさせられるような奥の深い題材で、
ぶっちゃけ、心温まるような内容ではありません・・・。
でも、その場を取り繕うだけとか、
綺麗事や理想論では終わらせず、
生きる事の厳しさ、責任の重さなど
映画を観ている側に対しても
ストレートに投げかけてくるような
すごく正直で誠実な作品だと思いました。
【2008年12月6日(土)舞浜シネマイクスピアリにて鑑賞】
論争を巻き起こす物語です。
映画の評価 ★★★★☆ 考えさせられる映画
●以下ネタバレがあります●
私は子供の頃から長期間をかけて
ペットらしい動物を飼った事がありません。
飼った事があるのは「金魚とカメ」くらいです。
なので、犬や猫などを飼っている人のような
「ペットに対する愛着」を実感した事はありませんが、
私が10年間乗っていた愛車をやむなく手放す時は、
どうしようもない程、せつない気持ちになりました。
私が楽しい時も辛い時も嬉しい時も悲しい時も、
常に私を乗せて走ってくれた車でしたが
引越しする為に維持できなくなり、
廃車するという決断をしました。
もう古い車だった事もあり、
一時はスクラップされると聞かされていましたが、
その後、買い手がついた事を知らされ
妙に安心した事を覚えています。
愛車を手放す時でさえも悲しむ私には
ペットを飼うなんて事は到底無理なのかもしれません。
「ペットは飼い主に沢山の喜びを与えてくれる。」
とは聞きますが、
可愛がってきたペットと死別する事を考えると
私は精神的に耐えられる自信がないのです・・・。
今回観た映画は、
「動物を飼う事」「命と向き合う事」に対して
色々と考えさせられる作品でした。
小学校の6年2組を担任することになった
新米教師の星(妻夫木聡)は、
「人間が生きる為に命を頂くという事」を
生徒たちに考えてもらおうと
「食べる事を前提」に卒業までの一年間、
クラス全員で世話をしながら
子ブタを飼う事を提案します。
興味津々の子供たちは即賛成し、
学校側にも許可を取り、
6年2組の子ブタ飼育生活が始まります。
子供たちは子ブタに「Pちゃん」と名前を付け、
掃除や餌やりに悪戦苦闘しながらも
次第に「Pちゃん」に対して愛着を持ち始めます。
劇中で妻夫木クン演じる星先生も言っていましたが、
食事の前に「いただきます。」を
言えない子供や言わせない親が
現実的に存在する事を
私は以前観たテレビ番組の報道で知りました。
なので、子供たちに食となるモノに触れさせ、
命を頂く事の大切さを教える授業については
私は賛成派の人間です。
でも、でも、でも・・・。
「食べる事を前提に」という条件の上で
一年間も特定の動物1匹を飼う事は、
今の私には絶対に出来ません。
例えば私が子供の頃だったなら、
また違った事を思ったのかもしれませんが、
劇中でブタを飼う提案を投げかけられたのは
小学6年生の子供たちです。
「食べる事を前提に」という条件よりも
最初はブタを飼う事への好奇心が先立ち、
みんなで時間をかけて検討する事もせず、
瞬間的に飼う事を決めてしまいます。
出会ったばかりの時は
何処にでもいるただの子ブタでしかなかったのに、
一年後には、
この世にひとつだけの大切なPちゃんに
なってしまうなんて事は
夢にも思っていなかったのでしょう・・・。
長い時間をかけてペットのように大切に育て、
個人的に愛着のある生き物を
最終的には
「食べる、食べない」なんて選択をさせるのは
ある意味、残酷な事なのかもしれませんが、
結論に辿り着くまでの過程の中で
子供たちは大切な事を学びます。
動物の命を握るという事の大変さを実感したり、
自分たちの責任について考えさせられたりと、
何が最善なのか、どうしたらイイのかを
子供心ながらに一生懸命考えます。
教科書の中だけでは決して実感できないような
命の重みを噛み締める事で、
友達と喧嘩したり、感情をぶつけ合いながら
自分の思い通りにならない現実とも向き合い、
子供たちは着実に成長していきます。
「ブタの飼育」という表面だけを見れば
劇中に登場する保護者たちのように
猛反対する大人がいるのも分かる気がしますが、
飼育を通して
その先に見えてくるモノは
子供たちの今後の人生に大きな影響を与える
貴重な経験のひとつでもあり、
これはもはや子供だけの世界の話ではなく、
大人である私が観ても
色々な事を考えさせられるような奥の深い題材で、
ぶっちゃけ、心温まるような内容ではありません・・・。
でも、その場を取り繕うだけとか、
綺麗事や理想論では終わらせず、
生きる事の厳しさ、責任の重さなど
映画を観ている側に対しても
ストレートに投げかけてくるような
すごく正直で誠実な作品だと思いました。
【2008年12月6日(土)舞浜シネマイクスピアリにて鑑賞】











今晩は☆★
いつもTBのみで失礼しております。
この記事、多分はじかれてTBがされて
いないと思います。何故かgooのみ反映されない
ようです。そんなことで、コメントさせて
頂きました。大阪の小学校で実際2年半に渡って
ブタを飼育されたことが本になったそうです。
それにしても画期的な試みですよね。あえて
ブタという馴染みの少ない動物の飼育をされた
ことは、凄いなあと思います。映画の中でも
原作同様にスタッフ、子供たちが一丸となって
飼育したそうです。映画も半端じゃない作品だと
思いました。
こんにちは
TBの件ではご不便をおかけしてしまって
申し訳ございません…
また丁寧な御連絡もありがとうございました
この映画に描かれていた事が実話で、
以前、テレビでも取り上げられていた事は
色々な方の感想を拝見して知りました
飼った動物が「ブタ」だったというのが
一番のポイントですよね
本来「ペット」ではなく
「食べる」前提で飼い始めたはずの動物が、
「ペット」になってしまった現実と
それをどう乗り越えていくかという決断は
子供たちを大きく成長させたと思います
劇中で子供たちが繰り広げる討論会は
ホントに熱のこもったモノでしたよね
観客に見せる為の表面的な部分だけでなく
実際に「ブタ」に接していたというのも
納得できる程の真に迫った演技でしたし、
この映画を作った製作者サイドの姿勢も
題材に負けないくらい誠実だったように感じられる作品でした
昨今好き嫌いの多い子供に対して「昔は貧しくて」と説教する大人も少なからずいますが、現代っ子にはこういう教育の方が身に染みるのではないかと思いました。
こんばんは
子供も大人もそうだと思うのですが、
人間は何か苦手なモノを克服するのには
「切っ掛け」が必要だと思うのです
この映画ではPちゃんの存在が「切っ掛け」で
魚嫌いな子供が魚を食べるようになれましたし、
クラスに馴染めなかった転校生の女の子も
仲間に溶け込めるようになりましたよね
そして何よりも、
自分の思い通りにはならない現実を乗り越える「切っ掛け」を
Pちゃんは与えてくれました
「今どきの子供たち」は自分の欲しいモノを買い与えられ、
心も身体も傷つかないよう大切に育てられ、
過保護に感じる程の大人の愛情を受けて
生活しているように私は思いますが、
これまで「愛情を注がれている側」だった子供たちが
Pちゃんへ「愛情を注ぐ側」になった事で
今まで見えなかった世界を感じたのかもしれませんね
この頃の自分の社会生活の中でも感じる事なのですが、
「今どきの若者」には
「考える力」が欠落しているように思うのです
先を読む計算能力が無いというか、
相手の立場に立って考えられないというか、
短絡的に行動するというか…
そんな「今どき」だからこそ、
今回の映画のような教育には
私もエールを送りたい気持ちになりました
私も日頃から若者と接するにつけ、テクテクさんと同じような感覚を受けてました。共感します。
私が思うに、日本の若者や現代の日本社会に足りないものは、
・飢えること
・死を身近に感じること
この二つだと思ってます。
(もう一つ、次点で「寒さを感じること」を加えてもいいかな、と)
これらについて触れたり考えたりすることは、とりもなおさず、自分も所詮食べないと死んでしまうという、弱くおぼろげな存在でしかない・・ことや、明日死ぬかもしれない、明後日かもしれない、どちらにしろいつかは必ず死ぬ生命体にすぎない・・ことを肌で感じることをおのずとせまられることになると思うのです。
命に限りある単なる動物のひとつにすぎない弱さを自覚することが、他者への思いやりや、ひいては自分への思いやり・・生きている決して長くない時間をより生きがいを感じるように考えること、に繋がると感じてます。
教室のブタの死という事象に生徒たちは、意識の奥で、自分の死を感じたはずです。
今の世の中は、あらゆることに「無限感」を演出していると思うのです。
「物」で人生を埋め尽くし、意識を支配し、価値観を囚えようとする。
「物」は死にませんからね。
「自分」が永遠に続くと錯覚させるかのような世の中になってる。
それにかまけて踊っていると、ついつい自分がはかない動物にすぎないことを忘れてしまいます。
踊ってる奴は考えない、アホですから。
踊るアホウに見るアホウ。
もうすぐ変わってくると思いますよ、この世の中。
さすがにおかしいと。
こういう映画もその一歩。
こうやって一歩づつ気づくことに期待してます。
人間ってやっぱりいいものだと思いますから。
こんにちは
お久しぶりです
私もお松さんのブログはチェックさせて頂いていますよ
日常生活の出来事を
それこそ「すごく正直で誠実」に書かれていると
いつも感心しながら読ませて頂いています
ところで…
今の時代の日本は「食生活」が豊かになり、
生活が「便利」になってしまったのに対し、
昔の日本には確実に存在した「大切な事」が
欠乏しているような気がします
今どきの「豊かな国、日本」で育てられた多くの若者たちは、
両親、祖父母を含め周囲の大人たちから
まるで「血統書付きのペット
守られ、可愛がられ、溺愛されていますよね
「食事
十分に与えられ、
「飢える事」も「死を身近に感じる事」も
おそらくないのでしょうし、
自分の気持ちをセーブするような
「我慢」なんて事は教えられていないのでしょう
今どきの子供たちは少子化の影響からか
「自分が守られている事が当たり前」の感覚なので、
「自分が弱い者を守る事」という事を知らないのだと、
この映画を観ながら改めて感じさせられました
でも、この映画に登場する子供たちは、
小学校6年生という時期に「子ブタ」を育てる事で
残酷な現実に直面しながらも
人として大切な事を学んだと思います
それは自分が信じて疑わなかった事が
実は大きな間違いである事を知ったり、
考えもしないような未来予想を強いられたり、
良かれと思ってしていた事が最悪を招いたり…
それら全ては子供である彼らにとって
忘れられないほど辛い過去になるのかもしれませんが、
その時は苦しく悲しい思いをしたとしても、
その感覚が大人になっていく過程の中で
必ず役立つと思うのです
彼らは永遠に子供のままでいるわけはなく、
いつまでも守ってくれる大人がいるわけでもなく…
自分が嫌な事を何とかしてくれるのは
「優しい身内たち」だけで、
大人になってから待ち受けているのは
自力で生き抜く「現実の社会生活
叩かれれば痛いし、刃物に触れば怪我をする…
今どきの子供たちは、
そういった感覚を幼少時代に身に付けないまま
大人になってしまう傾向にあるのではないかと
日々の生活で目にする状況の中で
私個人的には感じています
それは「日本中の価値観」が
変わってきたせいなのかもしれません
先日、あるテレビ番組を観ていた時に
「今の日本は先頭に立つ人間の資質が悪く変わってしまった
と言っていましたが、
政治家しかり、教育者しかり、企業の経営者しかり…
確かにそうなんですよね
今年の世相を表す漢字は「変」でしたが、
まさに今の日本は「変」ですし、
このまま突き進んでしまうと
ますます「変」になりそうな予感がします
私たちが子供の頃は
わざわざ学校で「子ブタ」を飼わなくても、
命の大切さ、食の大切さなんてモノは
日常生活中で自然と教えられ、
知らず知らず身に付いていったモノなんですけどね
私が子供の頃に通っていた小学校でも
「ニワトリ」や「ウサギ」を飼っていましたが、
あくまでも「生態観察」の為であり、
「食べる前提」ではありませんでしたから…
そうやって考えてみても、
「今どきの子供たち」と「私が子供の頃」では
大きな違いを感じますし、
子供が減ってるのに未成年の犯罪が増えている
今どきの現実問題が
その違いにある事も否めないような気がします
結局、こんな日本社会にしてしまった大人が悪いんですよね…
だからこそ、
大人の私たちが軌道修正しなければダメなのでしょうし、
「誰かが何とかする」のではなく
「私たち一人ひとり」が何とかしなければ
希望の持てる明るい未来はないのかもしれませんね