翻訳通訳研究

翻訳研究と通訳研究の最先端の話題と情報を提供

お知らせ

ウェブジャーナル『翻訳研究への招待』7号が完成しました。こちらをごらん下さい。
『日本の翻訳論』(法政大学出版局)。詳しくは。こちらをごらん下さい。

Translation Studies国際シンポジウムのお知らせ

2011年10月16日 | 催し

116日(日)に愛知淑徳大学星ヶ丘キャンパスにて「Translation Studies国際シンポジウム」が開催されます。招待公演は作家、詩人、翻訳家の池澤夏樹さんで、「山浦玄嗣の『ケセン語訳 新約聖書』──翻訳は誰と誰をつなぐのか」と題して、東日本大震災後の東北の人々と翻訳の関係について話していただきます。他に、「翻訳とコミュニティ」「詩を翻訳する」「メディア翻訳」の3つのパネルもあります。定員は会場の関係で60名。入場は無料ですが、定員になり次第締め切りますので予めのお申し込みをおすすめします(応募締切は1031日)。
【お問い合わせ・お申込み】kansai-symposium@translationstudies.net
(標題は「国際シンポ」で)
さらに詳しい内容はこちらをご覧ください。

  池澤夏樹さん

『トランスレーション・スタディーズ』本日発売

2011年10月13日 | 

佐藤=ロスベアグ・ナナ(編)『トランスレーション・スタディーズ』(みすず書房)が本日発売されました。2年前に立命館大学で行われた国際会議をもとにしています。別にトピックスのページもあります。私も1本書いています。

講演会「通訳教育の理論と実践」のお知らせ

2011年10月06日 | 催し

ほぼ半年ぶりに復活します。いろいろありましたが、今日は緊急告知です。

明後日の10月8日(土)午後1時より、青山学院大学英語教育センター主催で「通訳教育の理論と実践」と題した講演会を開催します。
場所は青山学院大学(青山キャンパス)11号館2階1123教室、時間は13:00-16:30(開場12:40)です。プログラムは以下の通りです。

「通訳者養成と英語教育」小松達也氏(国際教養大学特任教授、サイマル・インタナショナル顧問)
「通訳教育への一視角:理論にもとづく通訳スキルの教育」、これは不詳私が努めます。

事前申し込み不要、入場無料です。お気軽にお越しください。チラシ拡大版はこちら

 chirashi

日本通訳翻訳学会関東支部例会のお知らせ

2011年05月13日 | 催し

こちらでも告知しようと思っていましたが、忙しさにかまけてついに前日となってしまいました。
当日来られてもたぶん大丈夫と思います。どうぞよろしく。

日本通訳翻訳学会関東支部例会を以下の要領で開催します。 今回は通訳をテーマとした研究で博士号を取得された新崎隆子会員に、博士論文『通訳のコミュニケーション調整仮説』を基にした、通訳者の役割についての新しい見方についてお話ししていただきます。多くの皆様のご参加をお待ちしています。

 [日時] 2011514日(土)午後2:305:00
[会場] 青山学院大学(青山キャンパス15号館(ガウチャーメモリアルホール6605教室
[発表者] 新崎隆子会員

[
演題] 『コミュニケーション行為としての通訳:通訳者の役割についての新たな視座』 
通訳者は当事者のいずれの側からも中立な立場に立ち、原発言を忠実に完全に訳さなければならないという原則は、通訳者の倫理基準として制度的にも慣習的にも大きな影響を与えてきた。しかし、実際には通訳者がこの原則から主体的に逸脱する事例が多く報告されている。それは、当事者が属する集団間の言語や文化の差異が大きいために、「忠実に訳すこと」と「聞き手が理解すること」の両立が難しいと感じることによって引き起こされる。このようなジレンマを解消するために通訳者が用いる方略は、コミュニケーション調整の視点から説明することができる。発表では、シンボリック相互作用論の立場から、通訳を介したコミュニケーションを人々の連携的な行為として捉え、「通訳者はどのようなコミュニケーション調整を行っているか」、「コミュニケーション調整は通訳者の意識とどのように関連するか」を検討することにより、通訳者の役割についての新たな視座を提案したい。

 [参加費] 会員:無料  非会員:1,000円(学生500円) 
ただし、慣例により開催校の学生、院生、教職員は
無料です。

いわき市久之浜町の被災状況(まとめ)

2011年04月26日 | 雑想

多忙にかまけてずいぶん間が空いてしまいましたが、先日いわき市の村岡福祉医療総合研究所の村岡寛さん(元もろびと舎)から写真の提供をうけましたので紹介させていただきます。

3月22日漁港にて

茫然1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漁港

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下は3月11日当日の亀屋旅館の火災

亀や

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、その後相当数の映像がYoutubeに投稿されていますので、主要なURLをまとめておきます。

http://www.youtube.com/watch?v=nDqKfyxvrzU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=qqQWIIxO9OU&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=j5vvNHYTZ2c&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=tNdmxdVCJlU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=PVbVEJylPNA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=nlVCTgu_5HM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=sPhwNXRzU1M&feature=related

佐藤=ロスベアグ・ナナ『文化を翻訳する:知里真志保のアイヌ神謡訳における創造』

2011年04月04日 | 翻訳研究

佐藤=ロスベアグ・ナナさんの『文化を翻訳する:知里真志保のアイヌ神謡訳における創造』(サッポロ堂書店)(定価2000円+税)を頂いたのでとりあえず内容を紹介します。本書は著者の学位申請論文「知里真志保のアイヌ神謡訳における創造−アイヌ文化とパフォーマンスを翻訳する」(2007)を基に、加筆修正をしたもの。藤井貞和さんによる推薦のことばと目次はこちら

知里真志保はアイヌとして初めてアイヌ研究を行った「ネイティブ人類学者」である。著者によれば、本書の主題は「知里真志保が、1950年代から精力的にはじめる、アイヌ神謡の文化的背景をも含みこんだ翻訳」とその周辺であり、既存の真志保研究とは「異なる観点から考究するひとつの冒険的試み」である。
全5章の構成は、「第一章では真志保の伝記的な側面と、真志保とアイヌ語、そしてアイヌ文化との関係、…アイヌの世界観」を論じ、「第二章では、第二次世界大戦後の日本における近代主義再評価の流れの中での、真志保の詩人との関係について、詩人たちの詩論と翻訳論に言及しながら考察する」。「第三章では、(…)彼が想定したアイヌのシャーマニズム(…)、アイヌ神謡の「原作」としての「起源」(…)、真志保と折口信夫との接点(…)、アイヌ神謡からアイヌの歴史を読み解こうとした、真志保の試みにも踏み込む」。「第四章では、真志保の50年代までの翻訳を(…)アピア・クワメ・アンソニーの「厚い翻訳」の概念を用いて考察し、真志保の創造性を織り交ぜた、パフォーマティヴ・トランスレーション」を、そして「第五章では、翻訳者としての真志保の可視性と、彼が行った神謡の文化翻訳が生み出す未来性について検証する」。

なお、本書は一般書店では購入しにくいかもしれませんので、購入希望の方はサッポロ堂書店まで直接連絡して下さい。メールアドレスは以下の通りです。sapporodo@jeans.ocn.ne.jp

いわき市久之浜町被害状況

2011年03月27日 | Weblog

弟の車に物資を積んで再びいわき市に行ってきました。今度は前回行けなかった久之浜町(いわき市北端にあり、北に数百メートル行くと屋内避難地域になる)に入り、短時間でしたが被害の状況を撮影してきました。町全体の状況についてはここフォトギャラリーが最も写真が多くて分かりやすいが、それとは逆の方向から見た光景を記録しておくことにする。

海の方へ 海へB

町の北側、川沿いの道を海の方に向かうとがれきが道をふさいでいる。それを迂回すると今度は道が崩落している。

道路1 橋

地震でゆるんだところを津波が持って行ったのか。漁港に行く橋は残っているが、道路がなくなっている。

コンクリ破壊 その右側

この厚さのコンクリート壁が完全に破断されている。家が無事なように見えるが、右に目を転じてみると・・・

道の脇 駅の方角

津波で破壊された家々の残骸が折り重なったいる。駅の方向に向かう道路の部分だけ瓦礫が撤去されている。「捜索完了」の張り紙がブロックごとにあるが、行方不明者もまだ多い。

工場 駅前

破壊された工場と自動車。
津波はこのあたりの6号国道より西側(写真の右側)には到達しなかった。右奥の駅舎前は消防と警察車両の基地になっていた。現在町には電気、水道が通っておらず、復旧の目処も立っていない。被害を免れた自宅(この国道から約30メートル)の蛇口をひねってみたが、やっぱり水は出なかった。住民はどこかに避難しているようで、残っている人はほとんどいない。我が家の留守番をしている飼い猫(サイドバーに写真が常駐)がひっそりとした近所をパトロールしていた。(毎日エサは与えられている。)

 

再び現地へ

2011年03月26日 | Weblog

これから物資を届けにまたいわき市に向かいます。

いわき市から戻る

2011年03月18日 | 雑想

先ほどいわき市から帰りました。とりあえず川内村から避難した作家たくきよしみつさんのこのページと、そこでもリンクされている民間ボランティアチームのサイトの情報拡散をお願いします。

行きは両手に紙おむつを抱えて羽田から福島空港に行き、そこからタクシーでいわき市の姉の家に。実は前日四倉町にある母の入院していた病院が閉鎖になったため、母を姉の家に移しました。(病院も津波の被害で一階が砂と泥。スタッフも長靴を履いていたとのこと。水も食料もなく自家発電も限界に来たため、やむを得ず閉鎖。)避難した妹たちと母は元気でひとまず安心しました。いわき市は何よりもガソリンその他の物資が底をついており、外からも入っていない状況です。

帰りの飛行機の便はターミナルに泊まってキャンセル待ちになるため、最悪の場合、日立まで何とかたどり着いて、そこからバスという方法を考えていましたが、幸い今日からJR長距離バスが運行を始めるというので、列(500人ぐらい)に並び、乗ることができました。いわき中央から常磐自動車道に入ると走っている車はほとんどない状態でした。道は茨城県に入ってからがひどく、盛り上がっていたり、亀裂が入ったりしています。対向車線はもっぱら緊急車両だけのようですが、すれ違ったタンクローリー車は3台ぐらい。なぜ常磐自動車道を使って物資を運ばないのか不思議です。(あるいは県知事も言っていたように、福島空港からも運べます。)

わが久之浜町の被災直後の写真はこちら。右下に小さく写っている緑の部分が駅の跨線橋です。実家の位置は左上の歩道橋からさらに左に30メートルほどのところにあり、津波と地震の被害は免れました。とりあえずここまでアップしておきます。

明日現地入りします

2011年03月16日 | Weblog

いわき市の家族とは連絡が取れてとりあえず安心しました。
明日、現地に向います。