こだわりの深川江戸資料館

深川江戸資料館はこれまで()、()、()とご紹介してまりました。フリークェント・ビジダーです。今日で何度目やら。

1986年に開館、10年ほど前大幅に改修されました。何の気なしに会館建築の記録ビデオを見て、びっくりし、感激しました。単に上っ面だけ再現した建物群かと思っていたのですが、実際のところは江戸時代の建築方法を再現して、当時そのままの工法で建築したそうです。例えば釘一本にしてもわざわざ和釘(平べったい)を鋳造して使ったそうです。

長屋は9尺2間、間口2,7メートル、奥行き3,6メートル、ちょうど6畳の広さに4畳半の部屋と1畳半の炊事場をつけたのが標準ですが、写真の木挽き職人大吉の長屋は9尺2間半といわれるもの、間口は変わりませんが、奥行きは4,5メートルと少し長い。普通の切妻造りに張り出した部分が見えますが、ちょうど奥行き半間の張り出し。この張り出しの分が1畳半の広さとなり、大吉の住まいは6畳の畳と一畳半の炊事場となります。1Kと1DKの違いくらいでしょうか。




江戸時代の長屋には押入れがありません、部屋の右隅に低い衝立が見えますが、枕襖(ふすま)とか枕障子と呼ばれるもので、寝具をこの衝立で隠します。

左手奥、暗いですが「へっつい」と呼ばれる小型のかまどがあります。田舎では竈のことをへっついさんと呼んでいましたが、方言ではなく、標準語なんですね。このへっついは当時の資料を参考に、瓦と土を重ね合わせて作ったそうでかなり苦労したようです。

壁には商売道具の大鋸がかけてあります。長火鉢、手鏡、行燈、炊事道具。これらすべてあっちこっちから集めたものか、無いものは資料を参考に手作り。全体で三千点の小物を集め、千点以上作ったそうです。

一自治区の仕事とは思えません、江戸時代の深川を後世まで残そうとする執念のたまものですね。

当時の江戸は計画都市、自治体の最小単位である長屋には大家がいて、共同の井戸、トイレがあり、下水溝があります。都市全体に上水道が張り巡らされ、井戸はそこからくみ上げるシステムです。ただ水は炊事、洗濯には用いましたが、飲み水だけは買ったそうです。同じ時代のヨーロッパとは比べ物にならない近代的な、衛生的な年でした。



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