人脈は一日にしてならず

水戸発・異業種交流会『一会倶楽部』主宰者。現在正会員数67名。月例会は連続継続250回超え、21年目。

「汝、すべからく、随所に主となれば、たちどころに皆真なり」

2016年02月25日 | 水戸発・異業種交流会

人は置かれたその環境によってどんどん成長もすれば後退もする、極めて弱くまた周囲に影響を受けやすい存在であります。

「随所に主となる」という言葉がありました。ずいぶん前に私の備忘帳に書き込んでいた警句のひとつです。

長い間その意味を、どこにあっても「主人になる」「中心になる」「支配する」という風に解釈して、どんな場面や状況下に置かれても、常に自分というものを保ち、自分のアイデンティティを主張する存在になろうと心に決めていました。

しかし、どうもそれが本来の意味からはズレていると知ったのはだいぶ後になってからです。

組織が大きくなればなるほど、そこに働く人たちの考え方をまとめるのは並大抵の努力では足りないし、様々な人たちに自分の考え方を理解してもらうにも相当なエネルギーを必要とします。よって人は出来るだけ楽な選択をするべく強権を持ってそれを解決しようとしたりして、そこに軋轢が生じます。そしてこれがまた、別の負のエネルギーを生み出してがんじがらめの状況が現出してしまったりするのです。

いつも主人になろうとしたり、中心になって物事を支配しようとすることは、それはそれで本人にとってはある意味で気持ちの良いことかも知れないし、ましてや、そんな人間もいないと物事が動かないことも確かにあります。

しかし、その行為が時として人を傷つけたり、悲しませたりすることも日常的には多いのです。実際、若い頃の私は、振り返ってみるとまさにそんな姿とラップします。

”臨済録”という禅宗の教えから来たこの言葉、「汝、すべからく、随所に主となれば、たちどころに皆真なり」は、自主独立の精神を説いたものです。独立者はどこに立っても周囲と調和している。万物は相互関係によって存在しているという”諸法無我”の立場とも符号する言葉なのです。

『主となる、すなわち、調和している』、というこの解釈は、とても新鮮で、現在の私の心もちに見事にはまるものでした。

昨夜は、主宰している異業種交流会の第254回の例会が水戸市の素敵な大人のバーで開催されました。集まった人たちの醸し出す雰囲気や会話、そしてそのエネルギーは、見事な旋律を奏で調和し、大きな熱い塊となって私の心の中に強く強く刻み込まれました。

インフルエンザから愛妻の介抱で復活したミッキーさん、お疲れ様でした。2015年度もパーフェクト参加の伊津子さんには、1ヶ月遅れでマミちゃんセレクトの記念ワインの贈呈が出来ました。

開業21年目のプロダクツ一生オーナーの流石のお店のコンテンツPRには毎回やられてしまいます。今年の婚活宣言はまゆみちゃんです。毎回「何を話していいかわからない」あのお方は、今回は日にちを間違わずに参加されました。

2月19日に、3,558gの娘さんが誕生したマジシャンは、アオイ(漢字)ちゃんと名づけました。つくばロボッツさん、大工町はけっしてこの交流会と対(?)ではありませんので、アシカラズ。そして、ジュンコさん、3月7日、日本酒「順子」の出荷を楽しみにお待ちしております。ホワイトデーに向けて頑張るお菓子づくりのマダムは、なんと7人のお孫さんをお持ちとか・・・。


皆さん、寒い水戸の夜に、本当に本当に素敵なひと時をありがとうございました。また来月お会いしましょう。

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