人脈は一日にしてならず

水戸発・異業種交流会『一会倶楽部』主宰者。現在正会員数67名。月例会は連続継続250回超え、21年目。

「チャンスをつかむ人」

2015年04月30日 | 2015年 夢を発信!

私が主宰している異業種交流会の今月の例会(4/23)で同席された方は、たまたま”誕生年月日占い”をされていて、せっかくの機会なので私もみていただきました。

その方曰く、私は「ティーチャー」で、人に教えたりすることが得意だったり、またこれから、そんなことを職業として行くのではないだろうかとおっしゃっておられました。

さて、話は変わりまして、加藤諦三さんは、早稲田大学理工学部の教授で2008年3月にその職を辞しました。定年退職で70歳だったといいます。

私は10代の頃から生意気にも結構「自己啓発本」が好きで、加藤さんの本はずいぶん読んで勇気付けられました。特に14歳の時に父親を胃癌で無くし、その父親の退職金で建てた家に引っ越した際にテレビが壊れたこともあって、テレビの無い生活が2年以上もあったものですから、読書が唯一の娯楽でした。

調べて見ると、加藤諦三さんが著作を発表し出したのは1964年頃からで、私が好んで読んでいたのは、氏がまだ30歳代の頃の作品だったようです。

私の父は、田舎の炭鉱夫を長く続けて退職金を貰い、そのお金で炭鉱町から市街地に近い茶畑の100坪程度の土地を農夫から購入して、そこに親戚の大工に頼んで小さな平屋の家を建てました。私は父が46歳の頃に生まれた三男なので、これは私が中学2~3年生頃の話です。

父は、退職後もその炭鉱の「用度課」が経営する、みんなが「よ~ど」と通称で呼んでいた店舗の「臨時職員」として勤務していましたが、程なく体調を崩して入院し、新築の家に帰ってくる頃には20~30㎏以上も痩せて見る影もない姿となっていました。そして、最後の数ヶ月間をまだ青い畳の仏間に、ほとんど寝たままで過ごして、結局は還らぬ人となりました。

家を建ててから1年未満、享年60歳のことでした。

私は無骨で短気な父が子ども心にとても疎ましかったのですが、それでも私にとっては大きな大切な存在でした。14歳の私は、そんな父が死んだというのに、私たちの住んでいる「世界が何も変わらない」という現実に直面して大きな衝撃を受けました。

そんな精神状態の時に出会ったのが加藤諦三さんの本でした。子どもにも分かるように平易に表現し書かれた加藤先生の独特の文章は、砂に水を撒くように、あっという間に私の心の中に吸収されていきました。

この加藤諦三さんの大学での最終講義のことを、読売新聞編集委員の芥川喜好さんが、以前に「時の余白に」という朝刊のコラムでとりあげていました。早稲田大学の大隈講堂の千百余の座席は全て埋まり、立ち見もぎっしりだったそうです。

その時の「加藤さん」「定年退職」というフレーズから、40数年以上も前に亡くなった私の父のことを思い出す一瞬となりました。

加藤先生の著作に「自分を変えたいと思った今が幸運のはじまり」(三笠書房)という一冊があります。今日の言葉はその本から。

> 「チャンスをつかむ人」

> 決断に必要な意志とは捨てる意志でもある。
> 意志が足りないとは捨てられないということである。
> 捨てられない人は何事も成し遂げられない。
> チャンスをつかむ人は、捨てる力のある人である。

そういえば父は、幼い私に「さかえちゃん!先生になれ!」 と何度か言っていました。あまりにもしつこく何度も言うもので、逆に私が「先生ってそんなに偉いの?」と聞き返すと、父は言葉に詰まっていました。多分それには、「加藤先生のような・・・」という主語が付いたのだろうと、今なら思えます。


捨てられない、幸せな幼い日の情景が浮かびます。

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