人脈は一日にしてならず

水戸発・異業種交流会『一会倶楽部』主宰者。現在正会員数67名。月例会は連続継続250回超え、21年目。

「4℃」

2015年03月04日 | 2015年 夢を発信!

今日のように陽気の良い日に、水戸の街中をぶらぶらと歩いていると、ときどき思い出すことがあります。

私は、20代前半のごくごく短い時期、東京・原宿の明治通りと表参道が交差するその裏道の、お酒屋さんがあったビルの2階、螺旋階段を昇った場所のフォトスタジオに、"ぼ~や"(カメラマンの助手のさらに見習いのような職種をそう呼んでいた)として、ほんの少しの期間お世話になっていたことがあります。

当時から原宿は流行の発信地であり、原宿の交差点で「石を投げる」と「デザイナー」に当る、と揶揄されていました。まぁご多分に漏れず、私もデザイナー志望の端くれのようなものだったのですが、その時期はむしろグラフィックデザイナーよりも、コピーライターの方に興味が向いていました。

スタジオは原宿という場所柄、売り出し前の芸能人や、モデルさんなど所謂「業界人」という“人種”の出入りが結構あって、田舎から出てきたばかりの私のような若者にとっては、それなりの高揚感を常に味あわせてくれる”異空間”でした。そして、その同じ時期、原宿「同潤会アパート」に限らず、原宿近辺によくあったアパートやマンションの一室からは、個人のファッションブランドなどを立ち上げる人々が続々と出始めていました。

そのスタジオの建物の隣にあったビルの1階に、一間間口のジュエリーショップを開いていたのが「4℃」(ヨンドシイ)というお店で、そこのご主人も、私の記憶違いでなければ、"社長"と呼ばれていて、ときどき世間話をしにスタジオを訪れては暇を持て余していました。

それから、長い年月が流れ、私は水戸の住人となりました。ある時、その水戸の繁華街のファッションビル(サントピア)に、「4℃」というショップを見つけて心底驚きました。あの"社長"のあんなに小さかったお店が、こんなところにまで進出するほど大きくなったのかと。

これは、4℃のブランドコンセプトです。

> ・・・「4℃」氷が張った水面の底の温度を表す。
> 唯一魚が生息できる、いわば「安息の場」でもあり、
> きびしい環境にあっての潤いそのものを意味する。
> 1972年、ブランド「4℃」(ヨンドシイ)の誕生以来・・・

ここからは、私の空想と思ってください。そうでないと、かの商品のブランドイメージを傷つけることにもなりかねませんので。

確かに、あの"社長"がスタジオに遊びにきた時に、ショップ名の由来を尋ねると、そのようなことを言っていました。そして、なかなか商売も大変なので、この「ブランド」を買ってくれる人がいれば売りたいんだ、というような話しをしていた記憶があるのです。このブランドの誕生年数と、私がそのスタジオにいた時期とも符合しています。

まあ、ありていに言うと、あのお店の創業社長は、本当にブランドを売ってしまったのかも知れません。その後、幾多の変遷を経て、ブランドは確実に成長を続け、いまや全国に商品を供給するまでに大きくなったと。

商標や商品名の始まりは、個人の嗜好や志向や思い入れを込めてつくられます。同じような時期に同じような名前を考える人は、日本中にたくさんいてあたりまえだと思います。

しかし、この”空想”は、表参道、原宿という地名の響きとともに、私の記憶のイメージの中で、未だに消し去ることのできない不思議な感触を持った”思い込み”のひとつとして、ずっとずっと記憶の深い中で、いまだに踊っているもののひとつです。

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