人脈は一日にしてならず

水戸発・異業種交流会『一会倶楽部』主宰者。現在正会員数67名。月例会は連続継続250回超え、21年目。

「里山ビジネス」

2014年12月08日 | あしたへの一冊

写真は、栃木県芳賀郡益子町の『西明寺』で10月下旬に撮影したものです。まだ紅葉前でしたが、冷たい湧水の美味しさが身体にしみ込むようでした。

そういえば、「玉」なんとかさんが書いた「里山ビジネス」とかいう本があったなぁ!と、5~6年前のあやふやな記憶を辿りだしたのは、急遽、「里山」に関連する事柄を調べる必要が出てきたからです。

「都市と自然の間にあって、人が利用してきた(いる)森林」と定義付けられる里山は、当時のグリーンツーリズムへの関心や、新しい旅のカタチ、団塊世代の「終の棲家」などの対象物として注目度が高まっていました。

もともと私が生まれて育った場所は、それこそ「里山」のような辺鄙(へんぴ)な地域でしたから、私自身の原風景をなぞるような後半生が、これから私の前に用意されているのだろうかと、勝手にそんな当時の事象を深読みして考えたりもしていました。

で、水戸市内の書店を2~3ヶ所あたって、この、玉村豊男著「里山ビジネス」を見つけたのは、いつもの散歩コースに利用する県庁舎近くの書店ででした。

「熊が徘徊する里山の森の一角に個人で立ち上げたワイナリーとレストラン。その道のプロの誰もが無謀だと断言した素人ビジネスが、何故客を呼び寄せ成功に導かれていったのか?」

「ビジネス上の計算はなくとも、やりたいことのコンセプトは明快にあった。里山の自然の恵みとともにある仕事をやりながら暮らしを成り立たせる、それが里山ビジネス。拡大しないで持続する、愚直で偽りのない生活と共にあるビジネスとは?グローバリズムの嵐の中での日本人の生き方を問う一冊である」。と紹介されていて、そして、本の腰帯には<困難な時代を生き抜く指針!バスも通わぬ場所で始めた 素人商売がなぜ成功したのか?地産地消の精神がもたらした奇跡!>という文字が踊っていました。

著者は、玉村豊男(たまむら とよお)さん。1945年、東京生まれ。東京大学仏文科卒業。在学中にパリ大学言語学研究所に留学。『パリ 旅の雑学ノート』『料理の四面体』をはじめ、旅、料理、ライフスタイルなど幅広い分野で執筆活動を続ける。近著に『田舎暮らしができる人できない人』(集英社新書)。91年より長野県東部町(現・東御市)に移住。2004年『ヴィラデスト・ガーデンファーム・アンド・ワイナリー』開設。画家としても活躍中。07年箱根に『玉村豊男ライフアートミュージアム』開館。(以上、当時の紹介文)

読み始めは、誰もがこんなところ(里山)で成功するはずがないといったお店が、開店当初から驚くような賑わいで成功した。というようなことが書かれているのですが、どうしてそんなに最初からお客様があふれるほどに来館したのか?その一番知りたい肝心の部分が字間からは読み取れずに、第一章、第二章あたりは、なんだか成功したおじさんの自慢話を、だらだらと聞かされているような気分でした。

しかし、そこはさすがに文筆家の玉村さん、第三章以降は、それらを紐解くように、次第にひとつひとつの言葉に重みが加わっていきました。

<雑誌の目次をコンテンツといいますね。英語で、内容、という意味です。ものを売り買いして利益や損失が出たとき、ほとんどの人はその利益や損失の数字に着目します。そのときに売り買いするもの、中身、対象物がコンテンツなのですが、数字にばかり目が行くと、コンテンツのことを忘れてしまいます。なにを売り買いしても、利益さえ出ればよい。とくに最近、そう考える人が多くなったのではないでしょうか。>

<第一次産業の生産地は、そこへ人が来てさえくれれば魅力的な観光地に変身します。そうすれば鮮度も落ちず、輸送費もかからず、中間マージンも取られず、包装代も節約でき、しかも産地の人や風景といっしょに楽しんでもらえるのです。>

<私は、これからは生活観光の時代だと思います。>

<非日常の世界に触れるのが大きな観光なら、日常を想像するのが小さな観光です。生活の輪郭が曖昧になり、日常の暮らしに漠然とした不安を誰もが抱いているいま、私たちは小さな観光を必要としているのではないでしょうか。>

<里山ビジネスの究極の目標は、小さな農業をやりながら、小さな観光の対象として、小さな独立王国をつくることです。>

そして、第五章の最後の文章です。少々長くなりますが。

<でも、世界がどんなにグローバル化して、小さいものを大きいものが、大きいものより大きいものが呑み込むような弱肉強食の格差社会になっても、そんな大勢にはまったく関係なく、額に汗して毎日こつこつと働き、働くことそのものによろこびを見出し、仕事が終ったら風呂に入ってああいい湯だと唸り、ワインの一杯も飲みながら愉快な食卓を囲んで大笑いをする。会社は大きくならなくても、収入がそれほど増えなくても、自分に嘘をつかずに生きていける、そんなたしかな生活の拠点を私はつくりたいのです。そうすれば、たとえ大きな国の経済が破綻しても、小さな王国の暮らしは永遠に続きます。>

この文章、何かに似ているなぁ~!と思った方はいませんか?私はこれを読んでいて、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を思い出しました。

確かに里山の生活は玉村さんが書くように素晴らしいと思います。ただ、幼い頃、実際にそんな環境で育った私には、山の静けさや、その暗闇、ケモノの気配、そしてそこにある人知を超えたあるモノの存在の予感に、田舎暮らしの「暗さ」というものを感じて、「怖い」という気持ちが、今でもトラウマのようにまとわりついていて離れないでいるのです。私は著者の、『田舎暮らしができる人できない人』の中の“できない人”に分類されるのかも知れません。

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実は、「わびさび」とか「ロハス」とか、ある意味懐かしい”語彙”が出てくる一昨日のある方のブログを読んでいて、この「里山ビジネス」のことを思い出しました。あれから5~6年を経て振り返って見た今こそ、実績が伴って、教えられる部分が多々あるひとつの方向性のように、私には思えた一冊です。

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