山に越して

日々の生活の記録

山に越して 閉ざされた時間 23-14

2015-11-10 11:21:57 | 長編小説

 十四 不安

  当てのない生であっても、生きていることが雅生を支え一日を過去に押し遣る。気怠い午後の一時、工藤雅生は夢想の世界を彷徨っていた。

「神に祈っているのは自分であって自分では無い」

 と、伸三郎は言った。

「しかし、お前が祈っているのだろう?」

「祈り始めは神前の前に鎮座する。しかし、祈り始めて直ぐ自分を意識出来なくなる。体内から自分が消滅してしまうような、昇華するような感覚になる」

「神に召されているように感じるのか?」

「否、一体になる」

「お前が神になっていると言うことか?」

「そう思う。神と人間の間を行き来している。行き来している間に神に変身する」

「覚醒するのは何時のことだ?」

「眠りから覚めたとき始めて自分に気付く。まるで夢の中の出来事のように感じる。しかし祈りに入るときのことは知っている」

「その間の時間は?」

「二、三分の時もあれば一時間以上の時もある。しかし、その時のことを回想しても何も覚えていない。意識を失っているように感じるが意識体としての自分の儘である。俺は俺で在りながら俺を超越している。意識の移行や共有が行われているのではなく正に俺自身である。俺は神であると言って良い」

「夢の中では無いな?」

「夢ではない。眠りから覚めると言っても俺は正座しているか、その場を歩き回っている。俺が何をしているかは周囲の人間たちが知っている。詰まり、先験的に行動して言葉を自分のものとしているのであって、其処には俺自身が居る。予言するのではなく、正に現実に起こり得ることを、未来を読み、過去を知り、内的には言葉を知悉し、発している。多分、お前には観念過ぎると批判されるかも知れないが事実である」

 伸三郎の話は綾の話に似ていた。個性は個としての意識下の出来事である。しかし、綾は店の入り口を潜ってから出てくるまでの時間の経過を知らない。意識が失われるのではなく、意識とは別なものに支配される。綾で有りながら綾の時間は失われている。綾にとって意識下されない意識とは何を意味するのだろう。

「家の近くに祠があった。何が祀られていたのか俺は知らない。子供の頃そこで寝ていたことを憶えている。夏の暑い日の午後ことだった。何時もなら木影になって陽は射して来ないのに、その日は一切の木々を取り払ったかのように燦々と陽光が降り注いでいた。見上げると、天空から降り注ぐ陽は俺を吸収して仕舞うかのように依り激しくなり、脳天から身体全体の水分が蒸発するようになっていた。その時、俺の意識は俺から遊離した。虚空を彷徨(さまよ)い、意識する意識を探していた。神と一体となるときである。自己を規定する一切の物から脱却する。そして、自分自身を意識出来なくなったとき俺自身が消滅する」

「これからどうするのだ」

「普通のサラリーマンとして生きて行くだろう」

「自己を消滅、脱却出来るような人間が生き抜いて行く姿が見えない」

「お前と同じように、生きるには値しない人生だと思っている。要するに日常の連続が加齢を迎える。気付いたときは三十歳になり四十歳になる。それだけのことに過ぎない」

「しかし、生きなくてはならない」

「安住の地は何処にでもある。他に阿ることなく自立した生活は確かに可能である」

「しかし、自分を捨てることになる」

「それで良いのだ。神と一体になるなど有ろう筈がない。個として可能なことがあるかも知れないが無意味なことである」

「自分の思いに反することになる」

「否、俺は何も期待しない。仮に得たとしても人生の終末が見える。田舎の祠に籠もり俺の肉体は蛆虫が這いずり回っている。神、神などと言っても蛆虫には勝てない」

「目の前の蟻や蚊を殺す」

「殺さなければ何れ自分が殺される」

「干渉しないことが求められる」

「雅生、最早そんな時代ではない。俺は、自分以外何も理想としない」

「内面の虚しさを捨てる場所がない」

「誰でも一度や二度不安になったことがある。生きることの不安、仕事に対する不安、勉強に対する不安、恋愛の不安など、身近には乗り越えられない不安が山ほどある。不安は人間の精神活動を活発化させる。それは、頽廃的な日常生活から抜け出すことが可能な因子となる。葛藤が起こったり、選択を迫られたり、焦慮のなかで自分のことを考える。時が経つに連れ、徐々に解決されてくることも有れば、より深く受け止めることもある。しかし、そのことが日常を支える」

「直視しても差別意識から逃れることは出来ない。信仰は個別意識の極端な表現でしかない」

「不安になれば逃れようとするが生きている限り時が解決する。所詮遺伝子によるコピーに過ぎない人間は、同一の染色体の一部分が入れ替えられることで生き延びる。しかし、何れ遺伝子の復讐により人類は滅亡する」

「コピーか」

「そうだ。遺伝子に支配されているのに過ぎない。雑多な種類が生きている。個性、知性、感性、人生観など独り善がりを言っているが、山羊にも牛にもある。実際お前も単なるコピーに過ぎない。意識する意識も、現実も、虚構の世界ではないと誰に言える。総ての歴史が劇場の演劇に過ぎないかも知れない。披瀝しない自己意識を自己のものだと錯覚することは容易(たやす)

「俺は俺自身であることを喪失する」

 雅生は深く深呼吸をした。

「そう言うことだ」

「しかし」

「先にも後にも何もない。それで良いのだ」

「僅かな時間を生きる」

「しかし金が必要である」

「その金と地位を得る為に自らを喪う」

「ジャングルの中で誰にも知られず生きることも可能である。天敵は知識であり血液関係であり国籍である。唯、それさえ時間の経過と共に消滅する」

「限りない未来は・・・」

「雅生、止めろ」

「意味が無いと知っている」

阿弗利加(あふりか)見ろ、中東を見ろ、皆殺しにされる」

「何の為に生まれてきたのか・・・」

「完成された人間はいない。また、一定の法則は歴史のみにあり変えることは出来ない。雅生、俺たちは何れにしても必要のない一生を終える」

「認識の方法は肉欲、食欲、金銭欲、自己認識の方法はいたぶる。しかし知らない内に生の原点を越える」

「しかし、取るに足りないことだ」

「俺は理解したい」

「理解出来なくて良いのだ。相手を理解したとしても何かが生まれる訳ではない。人間関係の怪奇さは複雑窮まりない。理解しようにも情けない話だが出来ない。また、そんなものに関わりを持つほど暇ではない」

「カラス擬きが空中から一匹の蜥蜴を狙っていた。しかしその蜥蜴が自身であることを知らない。自分を喰ってしまう愚かな人間の姿に似ている。喰ってしまえば始めて自分であることが分かる。喰う前には決して気付くことはない」

「所詮、その程度のことである。単一的な生活は単一的な思考に導かれる」

「しかし何処かで日常の区切りを付ける必要がある」

「他人にとって遊びであることも、実行している本人にとって真剣であれば、それは遊びではない。社会に対峙するとき、自分自身に対峙するとき、本来的に一時の時間も無駄に出来ない。そんな生き方をしなければ何時かは自分自身を失うことになる」

「所詮、矛盾などと言っているのに過ぎないだろう」

「世界は統一に向かっている。それは、信仰によっても武力によっても構わない。しかし歴史は何も証明せず異端のみを生み出す。身の回りの喜怒哀楽に攪乱され道理を失う。英知などと言う前に自らの逃げ道を確保する。しかしその事を一秒過ぎる毎に忘れ、俺もまた同じ部類に過ぎない」

「確かに歴史は殺し合いをしてきた。恰もその事が生きることの証明のように感じ、自らの安住の地とする」

「これから数万年後の未来を知りながら、同じ事を繰り返している人間に何の未練がある筈がない」

「為政者が権力を執行するとき、歴史は数々の隠れ蓑を創り出してきた。人々はその度に翻弄され捨てられてきた」

「矢張りこのままでは終わりたくない」

 と、伸三郎は言った。

「俺は・・・」

「力を持って征するしかない」

「俺は・・・」

 遅々として時間が進まなかった。何度も時計を振り返ったが一秒も進んでいないように思えた。実際、置き時計が止まっていたのかも知れない。雅生は時計の中心に視野を移した。秒針は一秒一秒と確実に時を刻んでいる。一分、二分と時が流麗に過ぎたが、秒針は突然動きを止めた。そして、暫くするとまた動き出した。目の錯覚かと思ったが一分、二分過ぎるとまた同じことを繰り返した。時間が遅れているように感じたことは無かったが継続した時間が遅れていた。一日という時間に変化は無くとも、失っている時間、不確実な時間を内蔵している。空間の中にある無空間、宇宙にある暗黒のような、一見矛盾しているように見えても、真理であるような逆説的な時間なのかも知れない。人間は確定することの無い暗澹とした時間の中で生きている。そして、捉えることの出来ない時間は不安のみを残す。

 伸三郎は奮い立つ内なる思いを捉えていた。歴史の証明となる生き方が出来る筈だと確信していた。そうすることが、唯一自分の生きる道のように思えた。

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