山に越して

日々の生活の記録

鷺草(さぎそう) 16-11

2017-10-02 08:04:53 | 中編小説

 十一

 

 N中等少年院に入院してから二週間が過ぎていた。正美のこと、家族のこと、学校のことなど考えることが次から次へと浮かんできた。不安であった。不安であったが静かに考えて行こうと思った。

 その頃の裕二は少年院での日常が分かり掛けてきた。六時半の起床、居室の清掃及び整頓、七時の点検、七時半の朝食、八時半の出房、十一時半までの教育、十二時の昼食、休憩、体操、レクレーション、そして還房は午後三時、夕食は五時になっていた。入浴は一週に冬季二回、夏期三回、時間は十五分と決められ、十人から十五人が看守の監視下一緒に入った。昼食は食堂兼集会室で全員一緒に摂り、朝と夜は独居でひとりであった。夕食後はラジオを聴いたり雑誌を読んだり学習時間として過ごした。就床は九時だった。

 矯正教育は教科学習と職業の補導に分かれていた。また、性格の隔たりが著しい者や人格に幼稚性の残る者に対しては生活指導があった。職業の補導は独立自活に必要な程度の知識と技能を身に付けると言うことで、職業能力開発促進法等により農木工作業、ワープロ、コンピュータ学習なども行われていた。教科学習は、義務教育課程の履修を必要とした者、及び高等学校教育を必要とし、意欲のある者に行われていた。誕生日月には、その月の誕生者に特別の甘い物が配給された。また、国民の祝日には全員に甘い物が一品追加されることがあった。下着類に関しては自分で洗濯が出来、また保持を許されていたが、二枚ずつ配給されている上着、ズボン、体育着などは衛生係が洗濯をしていた。独居から雑居房に移動出来る者は出院を控えた一級の上の入院者に限られていた。雑居房では施錠されることはなく、社会生活を前提にして、日用品、その他特別に電気器具など許可されていた。

 裕二は出房後灰色の壁に囲まれた空間で、朝のラジオ体操後、木工作業に精を出し、午後からは図書館で受験勉強をして過ごした。少年院の中は、前向きに生きようとする者、何をして良いのか分からなくなっている者、情緒不安定の者、犯罪的傾向の進んでいる者など雑多な人間が集まっていた。

「お前、何処から来たんや?」

 図書室で小説を読み始めた時だった。少年院に入院してから初めて声を掛けられた。五月蠅いとは思ったが話をしなければならないだろうと思った。

「W市」

「名前は」

「山下裕二」

「一体何をしたんや」

「人を刺した」

「何で」

「喧嘩をした」

「女のことか?」

「トラブルに巻き込まれて刺してしまった」

「刑はどの位や」

「六ヶ月」

「そうか、それじゃ大人しくしていれば一月中には出られるな」

「何故?」

「刑が短縮される」

「知らない」

「馬鹿な奴だな」

「何故短縮される?」

「少年院法でそう決まっている」

「詳しく教えてくれ」

「刑期の三分の一真面目にやっていれば、地方更生保護委員会から面接にやってきて直ぐ出られるようになる」

「それで、一月中には出ることが可能な訳か」

「そう言うことだ」

「お前の名前は、未だ聞いていないが」

「齋藤光男、こうちゃんと呼ばれている。十七歳だ」

「同級生か、それにしては」

「それにしては、擦れていると言いたいのか?」

「そう言うことではないけれど」

「まあ良い」

「初めてなので何も知らない。これからも分からないことがあったら教えてくれ」

「分かった。土、日は此処で本を読んでいるか勉強している」

「独居に持ち帰っても読めるかな?」

「それは大丈夫だ」

「光ちゃんは何故此処に来た?」

「看守が五月蠅いから少し離れようぜ」

「分かった」

 裕二は少年院に入ってから始めて人と話をした。入院して三週間誰とも話したことはなかった。一週間は独居での生活が続いた。その後、補導や学習の時間も私語は禁じられていたし、休憩時間も外の塀を見ていた。拘禁状態は常に命令され、許可を得てから行動するより方法はなかった。

 図書室の、格子の窓からは園内の庭が見えていた。刈り取られた芝生、その向こうにはコンクリート塀、木々は塀の向こうに高く聳えていた。雨の日だったので公園からは子供たちの声は聞こえてこなかった。『・・・有りのままを話したことが、このような結果になってしまった。しかし俺が刺したことに間違いない。偶然の重なり合いにせよ、それが事実だった・・・手に残った感触、刺したときの感触は今でも残っている。ワイシャツ一枚下は裸だった。名前も、何処の学校の奴か何も知らない。審判の時にも結局分からなかった。けれども俺の掌には、ナイフから伝わってくる肉の微動がピクピクと動いている。彼奴は、古傷に触れる度に俺のことを思い出し、俺は俺で、手に残った感触を忘れることはないだろう・・・あの瞬間俺の生き方が変わろうとしている・・・しかし俺の為に家族は苦しんでいる。退院しても家に帰らない方が良いのだろう。学校は辞めなくてはならない。良い方にか、悪い方にか分からないが、俺の人生が始まったのかも知れない。此処を出るまでには、これから先のことを考えなければならない・・・』

 状況が変わろうと、時間が移ろうと、裕二も正美も内面の変容がある訳ではなかった。変容することのない生き方が青春と言えるのだろう。そして、青春は自分で作り出さなくてはならない。一つずつ確かなものを自分のなかに蓄積させ、そして、これからの生き方として、指標となるものを作り出さなければ矢張り青春とは呼ぶことは出来ない。

「裕二」

 と、光男がまた声を掛けてきた。看守も図書室ではある程度大目に見ているようだ。

「何を考えている?」

「これからのことを考えていたが、未だよく分からない」

「そうか」

「光ちゃんは何故此処に来た?」

「お前と同じだ。来てから二ヶ月になる。でも二度目だから三分の一経過してもすんなりと出してくれるか分からない」

「何故、二回も?」

「此処は初犯の傷害事件の連中が多いが、なかには二回、三回の奴もいる」

「詳しいな」

「二回も入院すれば知らないことはない」

「そう言うものか」

「此処を出たら大検を受けようと思っている」

「大検?」

「そう、今からまた高校に行く訳にもいかないだろう。卒業する頃には二十歳を越えてしまう」

「それしかないか」

「そして、大学に行こうと思っている」

「俺も高校に戻る積もりはないと考えていた」

「目的がなければ同じことを繰り返す」

「成る程、二回目で目覚めたと言うことか」

「まあ、そう言うことだ」

「大学で建築学をやろうと思っている」

「建築学?」

「俺の親父は大工をしている。俺は親父の為に図面を描きたい」

「そうか」

「親父には苦労を掛けた。しかし何も言わなければ怒鳴られたこともない。多分それだけ苦しかったと思う。今頃になって分かるようになった」

「俺もこれから何を勉強するのか決めなくてはならない」

「互いに頑張ろうぜ」

 光男はそう言い残して図書室の隅の方に行った。雨はまだ降り続いていた。少年院にもそれぞれの生き方を持った入院者が多くいるのかも知れない。此処での生活が半年、一年と続く間に、これからの人生を決めて行くのだろう。けれども社会に出て行けば、また軋轢の中で暮らさなくてはならない。生きる方向を持っていても挫けてしまうこともあるだろう。そしてまた同じことを繰り返す。本人の意思の脆弱性に起因することもあるだろうが、狭隘な地域性、居住地の閉塞性など、一つの犯罪が何時までも尾を引き、家族を、自分自身を圧迫する。しかし住み慣れた生活の場所を簡単に変えることなど出来る筈がない。少年院の入院者には、仮退院後受け入れが十分でなく、また遵守事項を守らない、守らない虞があると言うことで、少年院に二度、三度と収容されることを余儀なくされる者もいる。罪を犯したことが社会の責任であるとは言わないが、一度でも罪を犯した者を素直に受け入れるだけの受容性が、地域や社会にあるのだろうか。

 裕二は家族ことを考えていた。新聞が報道したことで、肩身の狭い思いをしていることを済まないと思った。そして、退院後の自分の場所は既に無いだろうと考えた。

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鷺草(さぎそう) 16-10

2017-09-06 09:05:36 | 中編小説

  十

 

 裕二が逮捕されてから正美は不安定な日々を送っていた。両親との軋轢、また、父親から殴られ酷く罵られた。母親は正美を庇っていたが、父親はそんな母も罵っていた。弟や妹も不安な眼差しで姉を見ていた。

 夏休み中は外出することもなく過ぎて行った。そして、二学期が始まり一週間が過ぎた。G警察署で事情聴取を受けていたことを学校側は知っていて、登校初日校長室に呼び出された。校長室には教頭、学年主任も立ち会っていた。

「田中君、此処に来て貰った理由は分かっているね」

 と、校長が切り出した。

「いいえ、何故呼ばれたのか分かりません」

「八月五日、G警察署に行っているね」

「はい」

「何故、警察署に行ったのか理由を言って貰いたい」

「別に理由は有りません」

「理由が無いのに警察署に行く訳がないと思うが?」

 と、やんわりと言った。正美は話すより仕方がないと思ったが決して本当のことは言うまいと思った。

「図書館で勉強をしていました。でも、夕方になったので帰ろうと思って公園を歩いていました」

「それで」

「公園で喧嘩をしているところに通り掛かりました。そして、事情を訊かれました」

「新聞に依れば、高校生同士の喧嘩で、一人が刺され重体になったとあるが、田中君はそれを見ていたと言うことかね」

 校長が新聞に依ればと言ったことで、何も知らないだろうと推測した。

「偶然見てしまいました」

「その高校生たちと知り合いではなかったのかね」

「全く知らない人たちです」

「パトカーに乗せられ警察署に連行された。全身ぐっしょり濡れていたと聞いているが?」

  校長が何処まで知っているのか不安になった。

「急に雨が降り出しました」

「警察署ではどんなことを訊かれたかね」

「ナイフは誰が持っていたか、刺したときの様子とか、そんなことです」

「田中君との関係を訊かれただろう?」

「訊かれましたけど、関係のない人たちです」

「翌日も警察署に行っているね」

「人が刺されたのを見たのは初めてです。すごく興奮していたと思います。夜お母さんに迎えに来て貰い帰りました。その日は警察署で何を話したのかよく覚えていません。次の日、お母さんと一緒に行きました」

「それで」

「でも、偶然その場を通り掛かっただけで、雨も降っていたのでよく覚えていません。警察官の質問にも殆ど答えることが出来なかったと思います」

「もう一度訊くが、田中君は本当に関係がないね」

「はい」

「分かった。もう行っても良いよ」

「心配をお掛けして申し訳ありませんでした」

 その後、校長からの呼び出しもなく学校生活に変化はなかった。六ヶ月間の少年院送りになったことは裕二の母親から聞いた。裕二の母には本当のことを話すより仕方がなかった。正直に話すことで理解されたかった。しかし激しく罵られ、二度と裕二に会わないように、そして電話も掛けないように言われた。仕方がないと思った。それ以上裕二のことや少年院の様子を訊く訳にもいかず電話を切った。唯、自分の母だけには分かって欲しかった。話すことで理解されたかった。

 正美は学校から帰ってくると、何時も通り母親の代わりに夕食の支度をしていた。陽も西に傾き辺りは薄暗くなっていた。手を休めると裕二のことが思い出された。『・・・少年院の中でどんな風に過ごしているのだろう。私を守る為に犠牲になった裕二、挫けないで欲しい。手紙を書くことも面会に行くことも出来ないけれど、裕二のことを信じています・・・』

 

 正美は卓球部を辞め勉強に打ち込んでいた。暇な時間を作らないことで、裕二の思いに応えることが出来、勉強することで、残された高校生活の将来の方向を見出そうとした。父親も母親も正美の外出を許さなかったが、両親とも出掛けた三週後の日曜日、裕二の収容されている少年院に行った。

 列車を乗り継ぎS市に着いた頃から秋雨が降り始め、N中等少年院へ着く頃には本格的な降りになっていた。閉ざされた門柱に、所々錆びた真鍮の表札が填め込まれていた。N中等少年院の文字を見た瞬間正美は戦慄を覚え体中が震え出した。涙が流れてきた。暫くの間その場を動くことが出来なかったが、気を取り直し、塀に沿って歩き始めた。時々立ち止まっては塀を見上げ、厚い剥き出しの壁に触れた。傘を畳み、塀に耳を当ててみたが中からは何も聞こえず、静まり返った虚空に雨音だけが響いていた。小高い丘がその先にあったので正美は登って行った。しかし塀の内側は分からず、その高さが外部の一切を遮断させていた。正美はN中等少年院を一周して、児童公園の中で暫く間立ち止まっていたが駅に向かって下りて行った。

  家に帰り着いたとき両親とも帰っていたが何も言わなかった。蕭々とした正美の姿に何も言えなかったのだろう。その夜は夕食を摂ることもなく早めに横になった。『・・・外部を遮断する塀の高さに圧倒されてしまった。正面が管理棟兼事務所になっているのだろうか、その横に大きな鉄の扉があった。護送車の入り口なのかも知れない。裕二はあの扉から塀の中に入ったのだろう。入院するときも、退院するときもあの門を通るのかも知れない。一旦入れば自由を奪われ社会から隔絶される。有刺鉄線の隙間から中の様子を窺ったが何も見えず静寂さだけが漂っていた。あの塀の中に、一人鉄格子に囲まれ、寒々とした建物の何処かに幽閉されている。四六時中監視され、個としての自由の無いところで苦しんでいる。会いに行くことも出来ない閉ざされた空間・・・何時あの塀の中から出て来るのか分からない・・・不条理・・・法のみが肯定され、法のみによって差別選別される。一定の枠の中でしか処理出来ない社会生活、人間として生きている存在が軽視され短絡的に結論を出す。其処は個として生きることが否定され、何故、と問うことさえ出来ない。現実を肯定するとき生きる資格が与えられ、未来を認知するとき人間として受容される。しかしそれ以外に生きる方法があるのだろうか。個性も人間性も必要では無く、規則を遵守する者、命令に従順な者のみが生き長らえる。人間の尊厳は、集団と隔離との相乗作用に依り摩滅する。裕二はその中で踠き苦しまなくてはならない・・・負けないで欲しい・・・』

 雨はまだ降り続いていた。正美は裕二が居るだろう方角を見ていた。何かが違っていると思った。でも、それが何であるのか確かなことが掴めなかった。屈辱、恥辱、隔離と、幾つかの言葉が堂々巡りをしていた。

 

 正美が塀の周りを歩いていた頃、裕二は図書室の格子の窓から外を眺めていた。降る雨の向こうに正美の姿を見ていた。裕二の心の中にも、正美の心の中にも雨が降り続いていた。唯、雨に打たれているより仕方がなかった。雨宿りの方法も傘を差すことも知らなかった。しかし二人にとって、何時かは逞しく成長して行く為の試練だった。逃避することなく、悲しみに苛まれることなく、受け止めて行く勇気は持っていた。

 翌朝も雨は降り続いていた。秋霖には程遠い季節であったが、雨に濡れながら登校した。今の正美にとって、夏江と過ごすことが日課のようになっていた。昼休み、何時ものように雨を避けながら屋上で話をした。

「昨日行ってきた」

 と、正美は小さな声で言った。

「そう・・・苦しかった?」

「ううん、唯、あの中に裕二がいると信じられなかった。深閑とした建物、高い塀、人を寄せ付けない威圧感、拳で叩いても何の反応も無い壁、辺りは樹木に囲まれていたけれど要塞のようだった。少年院って何だろう・・・?」

「六ヶ月間を耐えると思う」

「自分では開けることの出来ない鉄格子に囲まれ、必死で耐えている姿が見える。でも、私には・・・」

「駄目、泣いては駄目、私達だって見えない格子の中にいる。彼、逞しくなって帰ってくると思う。その逞しさに負けないように正美も成長しなくてはならない。一日一日を長く感じるかも知れないけれど、待つことに耐えなければ明日は来ない。この一、二ヶ月、正美は波間に浮かぶ小舟のように激しく揺れ動いていた。彼のことに苦しみ、自分のことに耐えていた。正美の辛苦は、正美を何れ変えて行く」

「うん」

「元気を出して!彼がいない間、私が恋人になって上げる」

「いらない」

「今度一緒に行こう」

「有り難う」

「正美・・・夏休みに誘われていた旅行、結局行かなかった」

「そうすると思っていた」

「授業始まるね」

「明日の昼休みも待っている」

「行こう」

 午後のチャイムが鳴っていた。現在やることは一生懸命勉強することだった。しかし授業に集中しているようであっても、ふと気付くと裕二は何をしているのだろうと、深い物思いに沈んでいた。

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鷺草(さぎそう) 16-9

2017-08-03 11:16:30 | 中編小説

  九

 

 N中等少年院は関東地方の南西部多摩丘陵地帯の一角にあった。周囲は閑静な住宅地に囲まれ、未だ開発が進んでいない山林地帯が拡がり、小高い丘の上からはS市の全景が見渡せた。しかし少年院の周囲は、高さ四メートルの剥き出しのコンクリート塀に囲まれ、内部の所々は有刺鉄線が張られ物々しさが感じられた。N中等少年院は、収容人員二〇〇名、職員数七十名で管理運営されていた。正面玄関に管理棟、その奥に独居棟が二方向に延び、管理棟を中心に拡がっていた。独居棟と独居棟は丁度中程で二の字で繋がり、一方を食堂が占め、片方を訓練棟や学習室、医務室などが並んでいる。中庭には芝生が植えられ、芝生の間には遊歩道を思わせるような砂利道が敷かれていたが、外界から遮断するかのように塀の前で途切れていた。N中等少年院の隣は児童公園になっていて、休日には子供たちで賑わっていた。入院者にとって、社会から隔絶された場所であっても、子供たちの歓声が風に乗り途切れ途切れに聞こえてくるだけで慰められるものがあった。

 少年院は此処関東甲信越地区に十六カ所が数えられ、収容人員総数は三千名を越えている。初等少年院、中等少年院、特別少年院、医療少年院に別れ、【少年院法第四条】矯正教育は在院者を社会生活に適応させるため、その自覚に訴え規律ある生活のもとに、教科並びに職業の補導、適当な訓練及び医療を授けるものとする。と規定し、教科については在院者の特性に基づき、その興味と必要に即して自発的に学習するように指導しなければならない。とされている。【少年院法第八条の二】に規定する矯正教育とは、【少年院処遇規則第二十条の二】の規定によれば、職業補導のことを言い、職業補導によって入院者が死亡した場合、身体に障害が残った場合のことを規定している。学校教育と違い、身体に危険を及ぼさないと誰に言えたであろうか。結果論的に言えば少年院で死亡、障害が残った場合など、死亡手当金、障害手当金などを与えることで処理されていた。また、【少年院法第六条】累進処遇、及び、【少年院処遇規則二十五条から四十二条】に渡り、在院者の処遇には段階を設け、殊遇状況が決められていた。その改善、進歩等の程度に応じて、順次に向上した取り扱いをしなければならない。となっていた。

【少年院処遇規則第二十六条】の規定により、N中等少年院では山下裕二を二級の下の取り扱いとした。これから先、二級の上、一級の下、そして一級の上になり、保護期間の三分の一を経過した時点で地方更生保護委員会に仮退院申請をし、許可されることによって保護期間を残して退院となるであろうが、今の裕二は何も知らなかった。昇進及び降下の審査は毎月一回以上行われ、在院者の成績を正確に判定するため、入院時から出院するまでの経過を記載した少年簿、及び、【少年院処遇規則第三十条の一】学業の勉否及びその成績、【二】職業補導における勉否及びその成績、【三】操行の良否、【四】責任観念及び意志の強弱よって審査された。

 

 その日、山下裕二は看守二人に付き添われ、護送車に乗り八時丁度に少年鑑別所からN中等少年院に向かった。カーテンの掛けられた車窓の向こうに自由な社会があった。それは、どんなに足掻いても足掻いても直ぐに取り戻すことの出来ない社会であった。裕二の両手には手錠が掛けられ、車内の隙間からは何も見えず、看守に話し掛けることもなかった。裕二はこれから連れて行かれる少年院のことを考えていた。六ヶ月の期間をどのようにして送るのか不安であった。しかし屹度乗り越えて行くだろうと思った。

 幾つもの坂道を越え、護送車は一時間以上掛かってN中等少年院に着いた。鉄の扉がギーギーと鳴く音が聞こえてきた。護送車が停車したところは少年院の中庭だった。

 少年院処遇規則は、【少年院法第十五条第一項】の規定に基づき、第一章から第十一章まで八十条に渡りその細則が決められている。また、細則に従い個々の処遇上の項目は少年院で、また法務大臣が規定することになっている。処遇規則に沿って、裕二のN中等少年院での入院生活一日目が始まろうとしていた。看守に付き添われ八畳程の部屋に連れて行かれた。衣類、所持品の検査を受け、少年院用の服に着替え、腕には二級の下の腕章が付けられた。腕章は、【少年院処遇規則第二十五条の二】在院者には、記章又は腕章により、処遇の各段階の区別を表示させなければならない。の規定により、入院者がどの段階にいるのか分かるようにされていた。

 裕二は着替えが済むと院長室に連れて行かれた。入院者に対して院長の査問である。家庭裁判所の送致決定書と、本人が人違いのないことを確かめ入院させる為である。入室してきた裕二を、院長は一瞥し院長机の正面に対峙する格好で立たされた。

「名前は?」

「山下裕二です」

「年齢は?」

「十七歳です」

「生年月日は?」

「昭和五十八年十二月五日です」

「住所は?」

「東京都W市W町二丁目一一九五番地です」

「両親の名前は?」

「父、山下剛。母、山下康子です」

「これから少年院の使命、日課の概要について説明するからよく聞いているように」

「はい」

 院長は少年院処遇規則総則に沿って裕二に説示した。一通り話し終え次のように結んだ。

「尚、これから概ね二週間、経歴、教育状況、心身の状況など身上調査をする期間は、他の収容者との接触しないように常時独居にいなくてはならない。その後、矯正教育の計画書が出来るが、進んで改善に励むように」

「はい」

 院長は一呼吸おいた。

「山下君、これから六ヶ月間の矯正教育が始まるが、規則を守り、しっかりと教育を受け退院出来るように頑張って下さい」

「はい」

「徐々に慣れて行くと思うが、あくまでも矯正教育の場であることを忘れず、また呉々も院内ではもめ事を起こさないように。指導する人たちの言うことを良く聞いて、早く退院出来るように努めなさい」

「はい」

「日常生活上必要なことは、この後説示を受けるように」

「はい」

 裕二は院長室から別の部屋に連れて行かれた。そこで、日課、衛生上のことなど簡単に説示され独居に連れて行かれた。

「昼食時紹介をするから此処にいるように」

 看守は裕二を独居に入れガチャリと鍵を掛けた。

 

 独居房は三畳程の板の間で隅に蒲団が畳まれていた。その奥は板塀で仕切られ、便器が置かれていたが他に何もなかった。壁にラジオが組み込まれていたのでスイッチを入れてみたが何の音も出なかった。扉は鋼鉄製で、上の方に二〇センチ四方の覗き窓があり、壁には、食器の出し入れ用の戸口が付いていた。また反対側の壁に、はめ殺し窓が付いていたが其処にも何本かの鉄格子が組み込まれていた。独居の中では就寝時間の二十一時まで横になることは許されず、裕二は昼食までの時間座禅を組んでいた。『・・・今、俺は独りである。社会から閉ざされ、個としての自由は奪われ、他者に依拠した生活が始まろうとしている。内側から開けることの出来ない鉄の扉、鉄格子の入った窓、幽閉された空間、恐らく命を繋ぐだけの最低の場所なのだろう。二十四時間監視され、一切の自由を奪われ、人が、人として生きることの出来ない牢獄の中で、正誤は一体何であるか一つ一つ考えていかなければならない・・・寂しく、虚しいのだろうか・・・否、何も感じない・・・何か遣りたいことがあるのだろうか・・・否、何もない・・・監視され支配された生活に、人間として生きることが出来るのだろうか・・・否、人間らしい生き方などある筈がない・・・そして、鉄格子の中で徐々に人間性を蝕まれて行くのだろう。語る相手もいなければ、自分の考えを具現化させることも出来ない鉄格子の中で頽廃を見るのかも知れない。施錠された三畳の板の間だけの社会である。此処には俺しかいない。俺だけの社会であり俺だけの世界である。しかし自由が奪われても、俺の内面は誰にも支配出来ない・・・置かれた環境によって変容せざるを得ないのも、また人間の心なのかも知れない。俺はそれに負けることなく、この鉄格子に負けることなく生きなくてはならない。しかし郷に行ったら郷に従え、朱に交われば赤くなる。そう言った類の生活しか出来ないのだろうか、否、そうではない。仮に苦しみしか無くても、それに耐えることの出来る理性と勇気を持ち生きる力を蓄えなくてはならない・・・』

 昼食の時間だった。看守と共に大食堂に連れて行かれた。この施設の中で唯一全員が集まる場所である。入院者の殆どは裕二の方を見ようともしなかった。名前だけ紹介され席に着いた。

 現在N中等少年院は二〇〇名近くが収容されていた。法務省の管轄下に置かれ、十六歳から二十歳未満の保護処分一、二年以内の初犯、または再犯の少年たちだった。二〇〇名の収容者のうち、五〇名ほどの入院者は給食班、洗濯班、衛生班などに組分けされていた。それらは、【少年院処遇規則第三十五条の二及び三、第三十六条】により、職員の監督を受けて一級の入院者が当たっていた。また、一級の入院者には殊遇上の恩典が与えられている。【少年院処遇規則第三十二条、三十三条、三十四条】特別の居室、日用品その他特別の器具の使用の許可、単独での外出及び帰省の許可、特別の服装の許可など、仮退院申請中の者、又は仮退院申請を間近に控えた者で、社会に戻される前の自立訓練とされていた。

 その日は入院初日であり昼食後は独居に戻された。『・・・初めて見た食事風景だった。唯、食しているだけであって、生きることの凄まじさを教えられる情景だった。若いエネルギーを、誰も彼も浪費しているのに過ぎない。俺も、此処で同じように時間を浪費するだけの青春を送るのだろう。院長の言うように、少年院の目的として、在院者の心身の発達を考慮して、明るい環境のもとに規律ある生活に親しみ、勤勉の精神を養わせ、正常な経験を豊富に体得させ、その社会不適応の原因を除去し、心身ともに健全の育成が図れるのだろうか・・・俺の矯正教育とは一体どのようなものになるのだろう。それに、社会不適応とは一体何を言うのだろう。人を刺してしまったことが、偶然であれ、刺してしまったことが社会不適応と言うのだろうか・・・此処には大勢の若者が収容されている。それぞれが何らかの罪状があり、その為に保護処分を受け収容されている。一人仮退院をすればまた一人入ってくる。何時まで経っても同じことが繰り返される・・・俺は六ヶ月の保護処分を受けた。少なくとも六ヶ月間は此処で矯正された生活を送らなくてはならない。日常の全てが決まっている牢獄で、地獄のような生活を送るのだろう。少年院法が何であるのか知らない。少年院処遇規則が何であるのか知らない。しかし、それに沿って規則通りに規制されるのだろう。何れにしても、自分が自分でない生活が強制される。六ヶ月後の俺は、此処を退院するとき何を思うのだろう・・・何も思わないようにする為の教育なのかも知れない。しかし俺は、俺を失わない為に生きなくてはならない・・・』

 五時前になっていた。夕食が運ばれてきた。逮捕されてからの食事は何時も同じ器だった。アルマイトのお盆にアルマイトのどんぶりと皿、夕食を食べ終われば就寝時間の九時まで何もすることはない。そして、明日の朝六時半の起床時間まで横になることが許される。それがN中等少年院の規則である。独居の中まで規則、規則で拘束されるのが少年院である。

 裕二は食後の洗面が済むと、独居の鉄格子に囲まれた閉塞された空間の中で座禅を組んでいた。『・・・正美と最後に会った日から既に一ヶ月近く経っているのかも知れない。激しい豪雨の中、正美は全身ぐしょ濡れだった。別々のパトカーに乗せられG警察署に向かった。パトカーから降りたとき正美の姿が見えた。俺の方を見据えていた正美は未だ泣いていた・・・あの時、俺を見据えていた正美の眼差しを見たときから俺は冷静でいる。警察の取り調べも、少年鑑別所に入所中も、家庭裁判所の審判の時も、相手の言っていることも周囲の状況も理解していた。一つ一つの質問に事実だけ答えていた。現実の自分自身から背理するのではなく冷静な自分が見えていた。俺自身が俺に対して背かないことが、正美のことを考えるときに、そして、これからの生き方を考えるとき一番大切なことだと思っていた・・・正美、俺は此処で六ヶ月間を過ごさなくてはならない。一体何が待っているのだろう。何があったとしても、それに耐え乗り越えて行く。そして、必ず正美の許に帰る・・・』

 就寝前の点検時、自分の番号を看守に告げ就寝だった。少年院での一日が終わろうとしていた。

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鷺草(さぎそう) 16-8

2017-07-04 07:49:58 | 中編小説

  八

 

 裕二は一週間の間受験勉強に取り組んでいた。国立大学を目指していたが、受験科目が同じと言うことで教育学部だけではなく、もう少し考えてみることにした。それに、難しいことは分かっていたが、家から通学するのではなく自分だけの生活をしたい欲求もあった。夕飯のとき父親に相談した。

「話があるけれど・・・」

「大学のことか?」

 父親は最近の様子を母から聞いていたのだろう、そんな風に応えた。

「大学を変えたいと思っている。でも、具体的に何処にしようか決まっていない」

「学部は?」

「今までは教育学部のことしか考えていなかった。身体を使った仕事をしてみたい気持ちもある」

「成る程な」

「自分にしか出来ないことがあるのではないかと思う。夏休み中色々調べて、二学期が始まる前には決めたいと思う」

「自分の進みたいようにして構わないが、大学に行く気持ちだけは大丈夫だな、矢張り仕事をするには大学を卒業していなければ何れ辛くなる。公職に就くことが一番だと思っているが、裕二が真剣に考えるなら良いだろう。これまで中途半端のまま潰れた人間を大勢見てきた。ひとつ躓くことで取り返しがつかなくなり、遣ること為すこと次々に失敗する。挙げ句の果て責任を転嫁する。裕二はまだ高校生で、責任を取れとは言わないが、今までのことが無駄にならないようにしなさい」

「分かった。唯、家を出て下宿するようになるかも知れない」

「裕二、家を出て一人で生活するなんて!」

 黙って聞いていたが、母親の心配だった。

「男だから心配しなくても良い。裕二にも、裕二なりの考えがあって言い出したことだ。唯、急なことだし威彦とも相談した方が良いだろう」

「そうする」

 裕二は迷っていた。しかし大学に行くには自分なりの方向性を持って、主体的に決め、将来の手がかりになるようなことを見つけたかった。

 

 正美は将来のことを考え勉強しようと思っていたが、今は自分の出来ることを自分なりにして行くだけだった。夜間大学か、通信大学ならどうにか行くことが出来る。その為には就職先をある程度限定する必要があった。夜間大学なら授業が始まる前に通学出来る所で、仕事は正確に終わる必要があった。しかし幾つか自分だけでは解決出来ない問題が残っていた。

「お母さん」

 母親と二人きりになったとき話をした。

「私、大学に行きたいと思っている」

「そう、でも」

 大学に行って欲しかったが、経済的に余裕がないことは分かり切っていた。

「働きながら行きたいと思う」

「働きながら・・・?」

「これから学校の先生と相談して考えたいと思う」

 母親は暫く考えていた。

「正美が大学に行きたいのなら、お母さん一生懸命働くから頑張りな!」

 と、勇気付けるように言った。何時かは自分の手を放れて行くだろうと思ってはいたが、急に大人になったように感じた。

「有り難う、お母さん」

「でも、大変なこと分かっているだろうね」

「覚悟している」

「お父さんには私から話して置くから心配しないようにね。正美の好きなようにして欲しいけれど、今の経済状態では仕方がない。本当に済まないと思っている」

「ううん、奨学金を貰えるように頑張る」

 正美は充実した日々を送ることが分かり掛けていた。裕二のことを思い、卓球の練習をして、就職と同時に大学を目指そうとしている自分が、前に進んでいることを実感出来た。それは一週間、一ヶ月間の日々を一日と感じるような充足感だった。

 

 朝からどんよりとした雲に覆われ今にも雨が降り出しそうな日だった。来週から合宿も始まり、当分の間会えなくなることを正美は悲しく感じていた。その日、約束の時間に間に合うように夕飯の準備をして家を出た。図書館に着いたとき裕二の姿が見えた。夏休み中だと言うのに自転車置き場は閑散としていた。

「塾の支度してきた?」

「今日から一週間頑張るよ」

「裕二、勉強進んでいる?」

「大丈夫」

「何だか嫌な空模様ね」

「降り出すかも知れないね」

「行こう、芝生の方に」

 二人で公園の方に歩き出したとき、四人乗りの乗用車が図書館の狭い駐車場に入ってきた。四人のうちの一人は車の中で登山ナイフを弄び、車から降りることなく辺りの様子を窺っていた。裕二も正美も車の入ってきたことに気付かなかった。

「裕二、私大学に行くかも知れない。でも、仕事と夜学と掛け持ちになると思う」

「勉強しなくてはならないね」

「教えてくれる?」

「正美の為なら喜んで!」

「裕二、お弁当作ってきたよ」

「有り難う」

「雨が降り出す前に食べよう、少し早いけれど・・・」

 正美が弁当を拡げ終わったとき、二人の後に近付いてきた四人のうちの一人が「旨そうだな」と嘲笑してきた。「俺達にも食わせろよ」「仲の良いとこ見せつけてくれるじゃないか」「この間は逃げられたが今日はそう言う訳にはいかねえぜ」「けりは付けて貰うからな」「女も連れて行くか」と、次々と雑言を吐いた。そして、一人がいきなり裕二に殴り掛かってきた。「女を捕まえていろ」と、年長の一人が言った。裕二は顔を数回殴られ腹を蹴られた。口腔から血が流れ痛みのため腹を押さえていた。しかし尚も代わる代わる殴られ裕二の意識は朦朧としてきた。弁当は踏みつけられ辺りに散乱していた。「やばい人が来る」「逃げろ」「女は連れて行け」と、正美を引きずって行った。

「裕二・・・裕二・・・」

 正美の叫び声が意識を失いかけた裕二の耳元に届いた。

「助けて・・・裕二、裕二、助けて」

 裕二は起き上がるとふらつきながらも四人目掛けて走り、飛び掛かっていった。

「この野郎巫山戯けやがって」

 と、ナイフを持っていた男だった。隠していたナイフを取り出すと裕二に襲い掛かった。裕二は辛うじて身を躱した。裕二は殺されると思った。

「裕二逃げて、逃げて」

 正美は叫び続けた。もみ合っているうちにナイフは裕二の手に渡っていた。嗚呼という叫び声と同時に男が倒れた。裕二の手には血糊の付いたナイフが握られ、その様子を見ていた三人は慌てて逃げた。裕二はナイフを握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。正美は裕二の側に来て足下にしがみついた。

 立ち篭めた暗雲からいきなり激しい雨が降り出した。二人は豪雨の中、身体を動かすことも出来なかった。身体中から滴がひたたり落ちていた。

 

 その日正美は警察の事情聴取を受けたが、興奮状態が収まらず家に帰され事情聴取は翌日に持ち越された。裕二のことを考えていた。朝までまんじりともしないで考えていた。考えていたけれども何も分からなかった。夜が明けようとしていた。しかし、正美のなかで一つの決心が付いていた。『私の命に替えても裕二を守る』と、そう自分に誓った。何があっても、どんな状況になっても裕二を守っていかなくてはならない。そして、それが出来ないときは死んでも良いと思った。

 ともすれば投げ遣り的になりやすい少年少女時代に、自らの知恵と信念を持つことで生きる力を与えられるのだろう。未だ十六歳の少女にとって、これから生きることの苦しみを、生きることの辛さを乗り越えて行く箴言に近い結論だった。

 

 裕二は警察の捜査段階で自分の行動を全面的に認め、少年法の規定により直ちに家庭裁判所に送致された。法的調査及び社会調査が行われ、第一回目の審判が家庭裁判所で開かれた。裁判官の人定質問の後、非行事実を告知し裕二に弁解を求めた。しかし裕二は捜査段階での供述を翻すことはなかった。

  幸いだったのだろう、相手は重傷を負ったが死亡することはなかった。また社会調査に於いて、犯行の背景も偶発的な事件と認定されていた。第二回審判で結審し、判決は六ヶ月の保護処分の結果、中等少年院送致と決定した。週明けに、裕二はN中等少年院に護送されることになった。

 

 夏休みも終わり九月も中旬に入っていた。残暑が続いていたが朝夕はめっきり涼しくなり秋を思わせた。その日、正美は学校を休んで少年鑑別所の見える小高い丘の上に立っていた。裕二が鑑別所からN中等少年院に護送される日だった。

 午前八時丁度に少年鑑別所を一台の車が西に向かい走って行った。音のない、光のない風景が正美の心のなかに拡がっていた。『裕二・・・』と、呟いた正美の頬を涙は伝わり落ちていた。

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鷺草(さぎそう) 16-7

2017-06-20 07:59:36 | 中編小説

  七

 

正美は夏期練習の為朝早くから登校していた。昼迄練習があり、帰宅後は昼食の支度、掃除、時間があれば読書をしていた。また夕方になると買い物に行き夕食の準備に追われた。家事をしていても苦痛に思ったことはなく、時間に追われる生活だったが心のなかには余裕があった。それも正美の性格だったのかも知れない。

 二階のベランダから涼しい風が流れ込んでいた。『・・・夏休みが終われば高校生活も丁度半分終わる。来年の今頃は就職が決まっているのだろう。就職か・・・でも、これで良いのだろうか・・・まだ何も知らないのに就職して、大人たちの間に入って埋没するのかも知れない。生きることは私にとって一体何だろう。高校生活の中では見出せないのかも知れない。現実は就職する為の手段を勉強しているのであって、その先にあるものを求めなくてはならない。私にとっての生きる目的を・・・十六歳か・・・たった十六歳なのかも知れない。でも、裕二との出会いが私の青春を決定付けて行くのだろう。多分、仕合わせとか不仕合わせとか関係がないのかも知れない。波瀾万丈の人生であっても充足した生き方がしたい・・・私の求めているものは自分自身に対して正直に生きることだと思う。苦しくても辛くても生きていることが感じられるような生活、何も無くても、これで良かったと思えるような生活をしたい。裕二は分かってくれるだろう。でも、今は高校生であることの意味を、無駄な時間を過ごさない為にも知らなくてはならない。一度きりしかない青春、しかし就職する為、大学に行く為の予備校のようなものかも知れない・・・これから一年半の中で考えて行こう。出来れば大学に行きたい。そこで色んな人達と出会い、私の知らない世界を知りたいと思う・・・』

 正美は家庭のことを考えていた。大学に行けるような経済状態では決してなかった。況して商業科だったので、受験勉強とは程遠い授業内容だった。しかし、現実に流されて方向を見失うようなことはしたくなかった。そうは言っても、何をすれば良いのか正美の知識だけでは乏しかった。

 

 約束の日、正美は図書館への道を急いでいた。途中、この間襲われた連中に出会ったことに気付かなかった。正美の後を白い二人乗りの車はゆっくりと付けて行った。

 正美は図書館に着くと急いで二階に上った。裕二が先に来て待っていた。

「一週間振り、元気だった?」

 会えたことで一週間の時を埋めることが出来る。恋人たちにとって人を思うときは何時でもそうである。

「行こう公園に!!裕二のお弁当作ってきたよ」

「有り難う」

 二人が階段から下りてくる様子を車の中からじっと窺っているものがあった。

「卓球の練習は?」

「下手だから選手になれないかも知れない。でも、頑張っている。裕二は勉強している?」

「学部の変更をするかも知れない」

「急に?」

「うん、学校の先生になろうと思っていたけれど分からなくなってしまった」

「そう、色々考えなくてはね」

「正美は始めから就職する積もりでいた?」

「その為に商業科を選んだけれど、矢張り分からない」

「一緒に大学行けると良いね」

「自分の中に何もないことが不安になる。それに、これから何をして良いのかも分からない。でも、焦っても仕方がないと思う。大学に対する憧れもあるけれど、兎に角働いて、その後で考えようと思う。長い道のりを越えて行かなくてはならない」

「俺の中にも何もない。構築するだけの材料もない。何にもない高校三年生」

「何にもない高校二年生」

「これから先見つかるだろうか?」

「見つけよう!!」

「本質が見つかるときがあるかも知れない」

「本質って」

「何時もそうだけれど、結局表面だけしか見ていない。その内部まで見ることが出来ない。社会的なことも、自分のことも、内面的なことまで捉えられない。表面だけ見ていて、それが何に根差しているのか分からない」

「そうなのかも知れない」

「一があって二があって、そして三がある。でも、マイナス一、二、三は見ようとしない。そんな風にしか生きて来なかったのだと思う。調子よく振る舞うことだけに長けていて、自分に都合の悪いことは切り捨てる」

「上昇志向が悪いってこと?」

「そう言うことではない。本質は隠されていて、その本質が一個の個人を規定しているのに分からない。例えば、本来的に人間は純粋なのかも知れない。しかし、その純粋さを知ることが無いから、いつの間にか汚れている」

「裕二は自分が何であるのか、自分の内部に向かって行こうとしている。何処まで行っても行き着かないかも知れない。それでも後悔しない?」

「行けるところまで行くより仕方がない。果てしない、と言うことが少しだけ分かるような気がする」

「生きることって難しい。唯、生きていることは出来る。でも、納得出来るような生き方って矢張り難しいと思う。何処かで妥協するのかも知れない。妥協したとき自分の大切にしているものを失う。一つ失うと、また一つ失う。そして気付いたときは何も残っていない。何も無くても生きられるけれど、そんなの生きることではない」

「正美、俺達ってどんな生き方が出来るのだろう。一つ一つのことを一生懸命考える必要がある。でも、今日考えたことが本当のことなのか分からない」

「でも、また考える」

「そう、分からなければまた考えれば良い。そして、間違っていることに気付いた時やり直す勇気が必要だと思う。同じことを繰り返しながら段々大切なことが見えてくるのかも知れない」

「若いんだもの大丈夫、そして、そう言う風に考えるなら何時までも青春が続く。失った時間を取り戻すことが出来る。そんな生き方がしたい」

「確かに取り戻すことが出来る」

「裕二、一緒に生きて行けるよね」

「そうだね」

「苦しくたって乗り越えて行けるよね」

「そんな風に生きなければ意味がない」

「裕二が先生になれば、色んなこと一杯教えてくれる先生になると思う」

「そうかな?」

「大学に対する夢とか希望とか始めから持たなくて、何か見つかるかも知れない程度の方が良いと思う。高校と違って、日本中から色んな人達が集まってくるし、そんな人達から学ぶことが沢山あると思う」

「俺、知らないことが多過ぎる。知ろうとしなければそのまま終わる。知る為には、思考力と、忍耐と、真摯な態度がなければ駄目だと思う。これから先、それらが持続出来るような思想を持ちたいと思う」

「裕二は人として生きることが出来る。人が人として生きるには、感じることの出来る感性だけで良いと思う。人の苦しみが、悲しみが、寂しさが共有出来ることが一番大切だと思う。そして、相手の心を感じ取ることに依って理解出来るようになる。そう言うとき、人間として生きている価値があると思う。だって、裕二は瞬間的に私を助けてくれた。裕二の中には、そんな情念のようなものが内在している。それが裕二の人間性になっていると思う。人間性と言うのは何時まで経っても変容しない。変容していくような人間性なら結局嘘でしかない。裕二の人間性を、真摯な思いを信じることが出来る。そして、何があっても失われないと信じている」

「これから先、どんな生を生きて行くのだろう。生きとし、生きることの出来る生を、知ることが出来るのだろうか・・・?」

「出来ると思う」

「辛くても?」

「裕二の為に生きたいと思う」

 裕二も正美も精一杯生きることが、たった一度の人生、自分との闘いであることを感じるようになっていた。若いと言うことは、体力も知力も充実しているときである。そして何よりも自分自身が何者であるのか、何故生きているのか、存在しているのか考えるときである。確固たる概念が形成されることが無くても、諦めることのない情熱を持っている。

「来週も三時丁度に会おう。正美の合宿が始まると会えなくなってしまうね」

「寂しくなる」

「選手になったら応援に行くよ」

「本当!?頑張らなくちゃ」

「送っていかないよ」

「うん」

「じゃ来週!」

 裕二と正美は自転車置き場で別れた。

 二人の会話を直ぐ近くの木陰で聞いていた二人はニタリと笑っていた。

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