田川市石炭・歴史博物館のブログ

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田川のコト 第七回:田川郡④赤村

2017年05月10日 | 日記

みなさん、こんにちは!

田川のコトを、少しでも多くの方々に知っていただこうというこのシリーズ。
第七回は、田川郡唯一の村である赤村【あかむら】についてデス♪

第一回 第二回 第三回 第四回 第五回 第六回

筑豊炭田の最東端となる赤村では、田川郡で唯一石炭の採掘が行なわれなかった地域です。

そのため、古代から続く農業や畜産といった第一次産業や、美しい自然が手付かずのまま残っているのが赤村の最大の特徴であるとも言えマス。

また、赤村は分水嶺でもあり、西側の川は金辺川~彦山川~遠賀川と流れ玄界灘へ、東側の川は京築方面へ今川として流れて周防灘に繋がってイマス。

先述の通り、炭鉱の遺構はありませんが、現在「平成筑豊鉄道【へいちく】田川線」として運行されている鉄道路線は、田川市の伊田と行橋市を結んでおり、豊前経由で宇島港【うのしまこう】や門司港などへ石炭を運ぶために豊州鉄道によって造られました。
その開通は1895年(明治28年)です。九州で最初の鉄道である「博多(福岡)-千歳川(久留米)」間の開通が1889年(明治22年)ですので、非常に早い段階で敷設されていると言えマス。

そのため、鉄道については色々と面白いものが残っております。

それでは、そんな赤村について、いくつかご紹介しまショー!

◆赤村の直売所といえば「赤村特産物センター」さん。
以前ブログでもご紹介しましたが、新鮮で美味しい農産物が買えるということで、遠方からも人が訪れるこちらの施設。



安くて美味しいお昼ご飯が日替わりで色々と食べられることでも人気デス。
ちなみに今回伺ったときは、人気の「ばっちゃんカレー」食べ放題350円ナリ。



食べ放題という言葉にドーモ弱い、ワタクシ博物館スタッフですが、流石にカレー2杯でギブアップでした(汗)。

なお、赤村特産物センターの農産物や加工品などは、毎週水曜日の朝、当館併設の「シルバー館おもてなし」さんでもお買い求めいただいていましたが、

今月から販売は終了しています。

◆赤村の観光施設といえば「源じいの森
村の最奥部に位置するこの施設は、温泉、キャンプ場、バンガローなど自然を楽しむ設備がしっかり揃ってイマス。



自然あふれる場所なのですが、先述のへいちく田川線が横を通っておりますので、目の前に駅(源じいの森駅)があり『スゲー山奥なのに駅前にあるキャンプ場施設』という、あまり例のないポジションで大人気デス。

なお、コチラには鉄道好きには見逃せないモノがふたつありマス。
ひとつは、石炭・石灰石輸送の鉄道にも連結されていた車掌車『ヨ9001』の静態保存車デス。



車掌車とは文字通り車掌さんが乗る車両のことで、現存しているものは数少ない貴重なモノです。
美しいブルーの車体色は、100kmの速度での輸送に使用できるというシルシなんですヨ!

お次は、九州最古の鉄道トンネルである『石坂トンネル』デス!



写真で見る通り、トンネルと線路の位置が右に寄ってると思いマス。
これは、後に複線化されることを予定していたため大きく造ったのですが、結果複線化されなかったためこのような風景になってしまったトカ。

◆赤村の鉄道
先述の通り、赤村を貫く田川線は単線です。そのため、衝突や追突事故を防ぐための安全管理を行なわなくてはなりません。
現在の田川線では人手を介さない自動閉塞(電子符号照査式)というやり方で、信号を自動で切り替える方式に替わっておりますが、平成に入るまでタブレット(通票)での閉塞が行なわれておりましたため、その名残がまだ残っておりマス。



上記の写真は、「通票受器」と呼ばれる設備で、赤村の油須原駅【ゆすばるえき】のホームに設置されておりマス。
このグニグニの部分に、列車を走らせながらタブレット(通票)の入ったタブレットキャッチャーを引っ掛けて閉塞区間を出て行くというものだそうデス。

なお、鉄道の閉塞につきましては、以前のコチラのブログもご参照くださいマセ♪

と、今回は「赤村」についてご紹介させていただきました。

次回は、どこの町村になるのか!?
ご期待は控えめに、お待ちくださいませー!!

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3 コメント

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温故知新 (中川哲)
2017-05-15 12:35:46
田川市郡で赤村だけが炭鉱が存在してないのが以前から疑問でした。行橋の郷土史家の方に質問しても確かな回答がなく、赤村村史で調べようとしましたが、赤村村史も発行されていないのかありません。明治28年に豊州鉄道が伊田駅まで開通していますので、炭層があれば開発したはずですが、開発するまでの炭層の厚さが無かったのか質が良くなかったのか。博物館で調査をお願いします。鞍手郡では旧若宮町が同じく炭鉱が無かったはずです。
赤村について (田川市石炭・歴史博物館)
2017-05-16 13:27:43
コメントありがとうございます。
さて、再度地質図で確認したところ、赤村を含む田川地域東部の大坂山(飯岳山)-岩石山以東の地域は、石炭層を含む古第三紀層が分布していないようです。よって、赤村では炭層がなく、炭坑がありませんでした。
旧若宮町も同様の理由のため、炭坑がなかったと思われます。
なお、「赤村史」は発行されていませんが、「赤村郷土誌」「郷土我鹿」で赤村の歴史がわかるものが出版されています。(田川市立図書館で閲覧できます)
どうぞよろしくお願いします。
温故知新 (中川哲)
2017-05-16 19:20:15
早速のご丁寧な回答に、今までの疑問が払しょくされました。田川市郡の地質図があるのも知りませんでした。
関連の書籍までご紹介していただ感激しています。今後ともブログで全国に発信してください。

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