三国軍事同盟の締結 2 松岡の考え

2017年06月02日 | 歴史を尋ねる
 斉藤良衛が外務省の顧問に戻ったのは、近衛と松岡の懇望もあったが、宮内相松平恒雄から松岡のブレーキ役になれと勧められたため、受諾を決意した。松平は三国同盟に絶対反対だった。彼は如何なる手段によっても、日本を戦争に引き入れてはならぬと主張、当時起こっている英独戦争の一方のドイツと日本を結びつける結果、たとえソ連を引き付ける方便であっても、結局はイギリスを敵とせずにはおかず、ひいてはアメリカをも敵にする、そんなことは絶対すべきでないと考えた。また、松平は心からのソ連嫌いで、中共や日本共産党を後ろで糸を引いて、日本の国体を破壊しようとするスターリンを、嫌った。理屈上ソ連と国交調整は出来ても、形式ばかりで実質が伴わない。資本主義国である日本をつぶそうとしているソ連が、心から日本と手を握るはずがない。仮に握手できても、それは資本主義国間の相克衝突を激化させるための謀略またはその準備で、日本との国交調整は道具にすぎぬということであった。「英独戦争を契機に広く資本主義国間の戦争を起させ、高見の見物で交戦国を弱らせ、その虚に乗じ、各国の共産党を使って内部を攪乱させるのがソ連の手だ。第一次大戦で『戦争から内乱』へもって行こうとしたレーニンの運動を見るがよい。日中関係にも、ソ連は同じ謀略を使った。南京事件の時の日本総領事襲撃も、5・30事件の排日暴動も、済南事件の原因となった中国兵の在留日本人の虐殺も、みな共産主義者の誘導によって行われ、それがコミンテルンの指令に基づいたことは、周知の事実である。こんどの日華事変だって、内政充実第一主義を採った蒋介石を全面抗日抗戦に追い込むための、中国共産党の努力は目覚ましかったではないか」と。ふーむ、ここまで冷静に事態を見ていた日本人もいたのだ。蔣介石と十分さしで交渉できる人物のようだ。

 松平の考え方に斉藤も同調し、近衛や松岡に伝達してよいかと聞くと、それは宮中、府中の区別を乱すことで不臣の行動である、政治には一切干渉しない立場をとっている。「いま君に話したのは、松平個人の私見に過ぎない。近衛や松平に話すなら、君自身の話としてくれ」と。そこで斉藤は近衛にも松岡にも、斉藤自身の見解として松平の意見を伝えた。2,3日して松岡は松平に伝えてくれと、次のような意見を述べた。「三国同盟締結の陸軍の主張には、うかつに賛成はできない。英独戦争が始まっているこの際、その一方との握手は、日本を戦争に引き込む危険をもっている。戦争が長期化の恐れがある以上、ドイツから多きを期待する訳にはいかない。もしも僕が同盟に賛成するとなると、日本の外交指導権が陸軍に移る。外交権が軍部の手に帰することは、外交を侵略主義たらしめることを意味する。これは外交官としてとうてい是認できない。資本主義国間の戦争を拡大し、その間を漁夫の利を占めんとするソ連の腹黒さは、僕もまた認める。しかしソ連の政策にも、ジグザグ、左右に転向する。この戦法がプロレタリア独裁の世界政治樹立のためであるが、さればとてソ連の右転回の機を、一時世界戦略防止に利用することもよかろうではないか。僕の外交方針の根幹は、戦争防止にある。しかし今日既に、英独戦争と日華事変が起こっている。両戦争ともアメリカと切っても切れない関係にある。アメリカはヨーロッパおよびアフリカ西海岸をアメリカ国防の前線であると宣言し、ドイツの進出を阻止するため、英仏に精神的及び物質的な援助を与え、英とは共同国防の立場をとっている。日華事変は少し趣きは変わっているが、蒋介石援助で、米英は共同行動をとっている。アメリカの世界政策は、東も西も主義上の類似がある。今後の戦局の発展如何によって、その戦争が結びついて、世界戦争となる公算が大きい。そこで考えねばならぬことは、アメリカの参戦を如何にして防止できるかである。今のところ僕の考案はまだ決まっていないが、戦争防止の終局目的だけは、ちゃんと立てている。いずれ取るべき手段が決まればお知らせする」 斉藤は「松平を政治問題に触れさすことは出来ないが、今まで聞いた話では、外交方針が少しも分からない」と切り出したが、松岡はそれ以上は未決定として語らなかった。
 ドイツからスマーターが来日する10日前ぐらいの頃で、同盟断行の決心がつかずにいたようだと斉藤。更に斉藤は松岡に次のように述べた。「現在の国際危機打開の途は、日本は中国から全面的に撤退し、平等の基礎の上に日中経済提携を約束することである。満州を別扱いにしてもかまわぬという中国側の以前の方針は、今日となっては期待できない。もし日本が全面撤退を断行すれば、米、英、中諸国との関係は手を濡らさず好転する。これには軍部の強い反対が予想されるが、このままにしては、日本を勝ち目のない戦争に追い込むことが明らかな今日、細かい外交技術を弄するべきでない。断固として軍部に当たって玉砕すべきである」と。松岡は、この意見に主義として反対しなかったが、彼はなお軍部との衝突が、いたずらに自分らの反軍主義者を政府から放り出す結果となり、内閣は軍部の意のままに動く道具となることを憂慮し、内閣に留まりつつ、軍部のわがままを押さえることを、国家のため得策と考えた。その一手段としては、アメリカとの交渉によって軍部を引き回す機会を作るべきとして、松岡はさらに次の趣旨を語った。
 「僕にはアメリカを敵に回す意思なんか毛頭ないばかりか、アメリカとの親善と相互援助の関係を確立することによってのみ、軍部の侵略を思いとどまらせることが出来るとさえ考えている。しかしそれには内外に障害がある。内部は軍部の反米思想であるが、これが一番根強い障害である。軍部の反米思想を一言で説明するのは難しいが、指導力を握っている陸軍はドイツ留学またはドイツの日本大使館付武官だった者が幅を利かせている、アメリカが日本軍部伝統の侵略主義に最も強く抵抗している国である、解決を焦っている日華事変がアメリカその他の国の対蒋介石援助で妨げられているなどが考えられるが、アメリカ側にある日本軍部に対する悪感情の原因が、何らかの方法で解消されるならば、日本の内部的な障害も自然に解消される。今は近衛や僕から軍部に反米はやめろといっても無駄だが、アメリカに反日態度を改めるに足る協定を結ぼうではないかと持ち掛ければ、必ずしも成功の望みがないとは言えない。アメリカの対日態度が強硬で反日的なのは、満州事変この方の日本軍部の侵略によることは、言うまでもない。しかし日本の侵略が満州や北部中国に限られるならば、アメリカの重要利益の侵される恐れがまずない。ただ日本の中国派遣軍の軍政が、アメリカ伝統の対中国政策である門戸開放及び機会均等の主義を無視していることが、アメリカを怒らせる重大な原因である。しかしこれは日米両国を戦わせる重大な問題ではない。そこで日本軍が南へ進んで、米英仏等の領土や植民地を侵すようにならぬ限り、日米両国は妥協の出来ぬほどの関係にはない。今のうちにアメリカにに手を打ち、両国関係を平静の昔にかえすよう努めることが必要である。・・・日米関係の緊張が、中国問題に発している以上、日中問題の解決が日米国交調整の絶対条件である。しかし蒋介石は『全面撤退、そして日支交渉』の考えに固執し、如何なる日本側の申出もてんから拒絶し続けている。日本が真面目に日中関係の調整を希望し、アメリカに斡旋を求めるならば、米はこれに応じないとは思われない。アメリカをオブザーバーとして出席させ、日本が門戸開放、機会均等の遵守を約すること、その他の条件は出来る限りアメリカの希望に応じるがよい。・・・」と。

 斉藤は松岡のこの意見に承服できなかった。松岡のアメリカ東亜政策観は甚だ甘い。アメリカの表面の理由はこの主義の擁護であるが、真意は日本の中国領土の占領とそこから来る英国の東洋における地位を危うくし、やがては米国の重大利益を脅かすことになることを恐れたからである。また英米の一体的外交関係を無視することは間違いである。日本が中国の門戸開放と機会均等を忠実に守っても、中国における軍事行動と南進を止めない限り、米国は決して日本を味方しない。なぜなら、これまでの経緯が、一時の言い逃れと見ている。従って日本が真に日米関係の改善を期するならば、侵略と見える一切の行動を速やかに停止すること以外に良法はない。しかるに日本陸軍は、英国の敵であるドイツとの同盟を提唱している。軍部が外交を左右し、文官側の融和政策などは、ひとたまりもなく押しつぶされると見ている米国には、軍部と政府とは別物だといってみても始まらぬ。ウッカリ日独同盟などに飛び込むなら、日本が死命を制せられる。こう考えた斎藤は、折に触れて執拗に松岡に説いた。しかし彼は滔々と自説を主張するのみだった。ただこの時も、松岡が日独同盟を決意したとは思われなかった、と。
 
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