ネタばれせずにCINEるか

かなり悪いおやじの超独断映画批評。ネタばれごめんの毒舌映画評論ですのでお取扱いにはご注意願います。

ある映画監督の生涯

2007年09月13日 | 星5ツです篇
これは非常に珍しいドキュメンタリーフィルムだ。助監督を勤めたこともある新藤兼人が、自らインタビュアーとなり、名匠溝口健二の人物像に迫った記録映画である。特に溝口作品に登場した田中絹代をはじめとする女優陣や、歴代の助監督やカメラマン、美術担当へのインタビューは面白い。アカデミー受賞式で受賞者が述べる美辞麗句とは異なる、溝口に関わった者たちの生の肉声が聞ける貴重な歴史的資料ともいえる。

自分の得意分野(祇園、遊女)を扱った作品では、小道具やセット、演出にいたるまで比較的短時間でスパッと決める溝口であったが、不得意分野(楊貴妃)における溝口のあたふたぶりは、まるで子供のようだったと語る増村保造へのインタビューは印象に残る。『楊貴妃』の撮影中、途中降板させられた入江たか子は新藤の質問にまともに答えられないほどショックを受けていた様子がフィルムから伝わってくる。増村によれば、演出がなかなか決まらずイライラした溝口のとばっちり以外の何物でもないらしい。

ベネチア映画祭に田中絹代らと共にのりこんだ溝口は、賞取りに並々ならぬ執念を燃やしていたらしい。妾である姉の家で居候として少年時代を過ごした溝口は、公の機関が与える位にこだわりがあったらしいことを、脚本家川口松太郎が指摘している。同じ脚本家の依田義賢が、国際映画賞を受賞した『雨月物語』や『近松物語』が溝口本来のフィールドではない余所行きの作品であったことを感想として述べているが、それらの作品の根底に溝口の名誉欲があったことは否定できない事実であろう。

溝口との関係を噂された田中絹代への突撃インタビューは最注目だ。絹代自身は「溝口は自分が演じた役の女性を愛したスクリーン上の夫」と述べ、私生活における恋愛関係を完全否定していた。しかし、新藤に溝口が田中絹代に惚れていることをこっそり告げたことを伝えると、なんとこの老女優の目が急激にうるみはじめるのである。演技ではない女優の涙は、めったに見るこのとのできない希少な映像だ。

監督 新藤兼人(1975年公開)
〔オススメ度 

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