ネタばれせずにCINEるか

かなり悪いおやじの超独断映画批評。ネタばれごめんの毒舌映画評論ですのでお取扱いにはご注意願います。

女が階段を上る時

2017年07月23日 | なつかシネマ篇


なぜか成瀬のミューズとは呼ばれない高峰秀子が、銀座のバーに雇われるママに扮したメロドラマ。

海外で評価されることもほとんどなかった成瀬だが、「大した事件も起こらないのに何故か最後まで見てしまう」映画を撮るジェーン・オースティンのような監督である。

小津や溝口の映画を外国人のみなさんが見ると、禅的映像美の中に芸術性を見出すそうなのだが、成瀬が描くのはあくまでもどこにでもいそうな市井の人々。

銀座の夜を彩るホステスが金持ちの上客を奪い合ってドロドロの暗闘を繰り広げるようなシーンも一切なく、死別した夫に操を立てるがゆえに追い詰められていく女を高峰が情感たっぷりに演じている。

金・男・酒をめぐる一見何気ない会話の中に隠された、結婚か仕事(自分の店をもつ)かで揺れ動く女の深層真理をうまく捕らえた台詞の数々は、もはや“技神”と言っても過言ではないだろう。

役者にはほとんど演技指示を出さなかったという成瀬だが、自分に好意を寄せるマネージャー(仲代達矢)から、女たらしの支店長(森雅之)と一夜を共にしたベッドを隠すように、高峰にカーテンを引かせた演出などは見応十分だった。

女が階段を上る時
監督 成瀬巳喜男(1960年)
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