かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

サークルの機関紙(10月号)に駄文を弄しました。

2012-10-28 | 気ままなる日々の記録

 所属する同業退職者のサークルが、月刊の会報を出していて、順番に執筆の依頼が来ます。原稿の締切が9月20日の私の駄文が10月号に掲載されました(ホームページで公開)。それを転載します。 

 

「行動原理主義」と「情緒原理主義」

 どうにも寝覚めの悪い事件報道があります。それは大津市の中学2年生の自殺に関する記事で、自殺に追い込まれたほどのイジメがあったのに、学校は何ら的確な指導もせず、その上、管轄の教育委員会も「自殺の原因がイジメだと断定できない」と自己保身にきゅうきゅうとしているというものです。最初は、信じられないことばかりで、何処か外国での出来ごとかと訝(いぶか)られるほどでした。

 どうにも気になって、少しでも真相に迫ろうと新聞記事の切り抜きを作ったり、広告を見て週刊誌を買いに走ったりしました。この事件は、近所の人との雑談で取り上げられることは必定で、その時きっと意見を求められると思えたからです。

  しかし暫くして私は記事の収集をやめました。どの記事もほとんど同じトーンで、いくら集めてもそこから何も見えてこないと気づいたからです。それに、どの記事も品性に欠けるといいますか、無作法といいますか、教育の問題を語るときの必須条件である不用意に誰かを傷つけていないかという配慮が全くなされていなくて、短絡的に出された結論に沿って記事が書かれていたからです。

 もう50年も前のことになりますが、近隣の県で女子高校生の自殺があり、彼女が所属していた運動部の顧問の指導が厳しすぎたからだと新聞で糾弾され、その先生はついに辞職するという事件がありました。そのころのマスコミは何につけも「軍国主義教育反対」を合言葉にしていました。(管理主義教育反対はもう少し後)

 それから半年ほど過ぎて、あるプライベートな研究会で、責任ある地位の人から、自殺の真相は彼女の妊娠で、遺体検死時にそれが分かり、親も教師もその時はじめてそのことを知らされたのだが、彼女のために関係者は秘密を護り通したということでした。

  報道は常に、①誤りを犯していないか、②多角的な視点で読者が正しく判断できる情報を提供しているか、③その視点は本質に迫り究極的には建設的であるか、などの観点の有無が私のいう「品性」や「作法」ですが、近ごろは大新聞も週刊誌もお笑いタレントのテレビ番組も、ほとんど同じというほかありません。

 大津の事件で私を暗い気持ちにさせているのは、義務教育最後の教育機関としての中学校で、わが国の骨格に関わる「人権教育はどうなっているのだろう」という視点です。遊びとイジメの境界は「人権」という視点を欠いてどれほど議論しても無駄で、カウンセラーが出てくる世界ではないように思えます。「人権教育」には、何があっても人権を犯してはならないというと教育と、人権を犯された個人が、その強者たる相手にどう立ち向かうべきか、という権利行使の教育も含まれているように思えます。

 こんなに大上段に構えないとしても、その中学校の生徒手帳に「禁止事項」として何が書いてあって、罰則規定はどうなっていたか、今回の事件で至らない点があったとしたら、どこをどう改正すべきか、という論考も欲しいところです。あるテレビのコメンテーターが述べていたように、これからは先生方がどんどん警察に届けを出すという提案は、これからの学校や教育をどう考えるかと併せて総合的に考えるべきだと思えます。

  ここでまた思い出すことがあります。それは1999年2月に発行された河上亮一著『学校崩壊』(草思社発行)の中で述べられていた一文です。          

   その文を引用する前に少し著者とこの本の紹介をしておきます。河上氏(1943年生まれ)は異色の人で、東京大学経済学部を卒業と同時に埼玉県の中学校教師となり、荒れ始めた中学校で独自の指導法の確立に努め、「プロ教師の会」を立ち上げるとともに評論活動も展開し、小渕内閣で総理直属の機関として発足にした「教育改革国民会議」の委員も務めた人です。

  1994年11月、愛知県の中学2年の男子生徒が自殺、残された遺書によって同級生から激しいイジメにあっていたことが明らかとなりました。その後、全国的に同様の自殺が相次ぎ、荒れた学校とイジメの問題が大きな社会問題となり今日に至っています。本書のタイトルもそうした状況を意識してつけられたものです。

  本稿では、この本の最後の方に出てくる「NHKの報道番組『広がる学級崩壊』を批判する」という章を紹介します。

  この番組では、NHKのカメラが1ヵ月間ある中学校に入り、自由な撮影を許され、教師たちの毎日の活動を会議の様子も含めて記録し、それが全国に放映されました。河上氏は撮影を許可したその学校の勇気に拍手を送っています。

  紹介された内容は、①担任を「くそババア」とののしる生徒、②授業中ゾロゾロとトイレに立つ生徒、③授業中突然大声を出して、教室を出て行く生徒 などなどでした。

 河上氏は、NHKがこの番組の最後を次のようにまとめていることに落胆しています。

 「いまの子どもたちの不満やストレスはじつにさまざまな顔をもっています。暴力と言う顔をしていることもあれば、かまってほしいという甘えのかたちをとることもあります。……そうした多様な心の表情を一人の先生が読み取っていくことのむずかしさを改めて感じます。……先生同士がきめこまかく連携することで子どもたちの心に向き合おうとしています。ただ荒れるのを抑えるのではなくて、なぜ荒れているのかを見つけることで、子どもたちの心の訴えに気づこうとしています」

 なんと美しい先生方の姿、とまず賞賛すべきでしょうか。しかし、生い立ちも性格も異なる生徒たちが、欲望の赴くまま自己中心的に動き始めたら、生徒理解の及ぶところではありません。河上氏は結果的に「出来もしないことを要求している」といい「現状をきちんと見ていない」と落胆しています。氏はこのあと、我慢できない子どもや他の子どもと一緒に生活することが難しい子どもが増えたことを直視し、親の協力を仰ぎながら規律の回復を中心に学校全体で取り組む必要がある、と訴えています。

 この本を読んだとき、私も同様にNHKのこのまとめに落胆し、更に狭量な私はこのNHKのずるさやいい子ぶりに怒りをさえ感じたことをよく覚えています。

 1994年からすでに20年近くが過ぎようとしているのに、教育問題を扱うマスコミの姿勢は相変わらずです。それは、端的に言えば、一方では品性を欠いた短絡的な報道と、他方には美しい言葉を羅列した「言葉」「遊び」の「世界」ということでしょうか。まだまだ「トンネルの中」は続きそうです。

 「言葉遊びの世界」に関して少し追加します。ここに2000年発行の中山治著『無節操な日本人』(ちくま新書)という本があります。

    

   あら筋はこうです。ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も儒教も、人間が守らなければならない戒律は神から与えられていて、人間の心(気持ち)と関係なく守らなければならない。こうしたスタイルを「行動原理主義」と呼ぶことにします。

   一方、日本は本来的に多神教で、神からのそうした強制は何もなく、古代からの唯一のテーゼは聖徳太子の「和をもって貴しとなす」に示されるように人間の心(気持ち)を揃える努力をしようという考え方をします。こうしたスタイルを「情緒原理主義」と呼ぶことにします。この後の分析もなかなか面白く一読をお勧めします。お求めはネットの古書通販が便利です。

  社会の変化に伴ってどんどん変わる教育環境に対して教育活動はどう展開されるべきか。この問題も「行動原理主義」的に考えないとトンネルから出られないのではないか。心配しています。

 中山氏も、ヒト・モノ・カネが国境超えてを瞬時に動く時代になって、わが国は「行動原理主義」のジャングルに入っていくことになるが、「情緒原理主義」では餌食になるだけと心配しています。

 

                                                                                                     (完)

 

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お祭りでお宮へ行ってきました。

2012-10-21 | 気ままなる日々の記録

 10月21日(10月の第三日曜日)、快晴に恵まれ恒例の秋祭り。平成の大改修事業へのお礼にお宮へ出かけました。

           

 右が銅板葺の一部完成部分、左が社務所でここも屋根の葺き替えから耐震補強までの大改修で、こちらはほぼ完成です。この他に境内に新しく駐車場を造りました。

           

 到着すると子供たちは社を一周してから広場に整列します(右)。左は子ども神輿ですが子ども獅子の班もあります。

            

                  

 数年前より子どもたちのお行儀がよくなった気がします。小学校での指導が改善された成果だと思われます。

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やっと秋らしくなりました。

2012-10-19 | 気ままなる日々の記録

 台風21号が去ってやっと秋らしくなりました。昨夜トイレに起きて急に寒さを感じ、“これならもう大丈夫。ハクサイの防虫ネットを取り払おう”と思い、今日は終日その仕事を中心に畑仕事をしました。気分も爽快、もう農作業に最適の一日となりました。

  

 でも、そこは気の小さい私ですから、先ずは半分だけ撤去し、被害が無いことを確認して残りを撤去しようという作戦に切り替えました。写真は上から、ハクサイ、ブロッコリーとキャベツ、ダイコンです。ダイコンは第一回の播種に失敗(猛暑と乾燥)し、二度目に蒔いたもので、少し発育が遅れていますが、施肥を気を付ければ十分追いついてくれる思っています。時間を取ったのはもちろん周辺の草取り。作物を傷めないように腰をかがめての草取りに少々疲れました。

 10月中旬になって始めたのが庭木の剪定です。松や槇は12月に入ってからにしますが、それ以外の木はそろそろ始めても問題なしです。

               

 右が剪定前の樫、中央が剪定済みの樫、左が裏庭にある剪定済のクロガネモチです。剪定作業は楽しいのですが、後片付けが大変で、思いのほか沢山の切り枝がでます。これをできるだけ多く堆肥にしようとひと手間かけます。

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菜園からの報告

2012-10-12 | 気ままなる日々の記録

 小旅行の報告を重ねていた間も、毎日午前中は畑仕事や庭仕事に精を出していました。今年は異例で、連日最高気温28~29度の日が続きましたが、10月5日ぐらいからやっと過ごしやすい気温になりました。

 最初は秋野菜の生育状況です。心配していた害虫の大量発生もなく、お陰様でマア順調です。とりわけ白菜が良好で「立派だなも」と声をかけてくださる人もいるほどです。

         

 右が白菜、左が大根です。白菜は別の場所で育てた苗を移植したものですが、大根は直播(じかまき)でそのうえ時差蒔きです。
一番左が早く右へ行くほど遅蒔きです。間隔はやく7日です。

         

 右は9月初めに植え替えたネギ。もう少し過ぎたら施肥(住友化学の「ホウ素入り 住友園芸化成」)をする予定。左は庭の柿木。昨年は今頃葉が全部落ちてしまい、心配していましたが今年は順調そのもの。ただし、実が付きすぎて小粒となってしまいました。(6月中旬に、摘果すべきですがそれができません)

 最後に自慢のお手製温室の蓋の部分が落下物で破損、木製の骨も傷んできましたので作り直しました。何しろこの蓋は廃屋にあったガラス戸の再利用でした。新しく作った蓋も廃材の再利用が主ですが、塩ビ製波板だけは一枚700円程で購入しました。政策に要した時間は約10時間。

         

 そろそろ庭木の剪定作業を開始します。

 

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旅の最後は「庄川クルーズ」と「五箇山」

2012-10-09 | 気ままなる日々の記録

 宇奈月温泉を出たバスは「YKKセンターパーク」(展示館)、「尾崎かまぼこ館」(かまぼこ店)、「池田屋安兵衛商店」(富山の漢方薬店)、「新港キットキト市場」(新鮮魚介類と食堂)などに立ち寄りました。バス旅行の定番で殆どが“お買いもの目当て”で、事実、奥様方の「買い物意欲」には圧倒されます。異色はYKKで、創業者が富山市出身だそうで、工場もこの地に多く、今では“ファスナー”から“アルミサッシ&アルミ建材”と世界企業に発展、それを記念してオープンしたのが「展示館」でした。

 バスの中でガイドさんが88歳のお婆ちゃん聞きました。
Q YKKはどうでしたか?
A 「なんでチャック屋さんへ連れてくんだろう。買い物好きの私もチャックは欲しないわ」と思っとた
  が、大きな工場でびっくりしたわ。ここでは何も買わなかったので、帰ったらYKKの株でも買おう
  かなと思って。

これが、ガイドさんの差し出したマイクを通して車内流れたので、全員がどよめきました。これを受けてガイドさんが、そう、お婆ちゃんの世代は「ファスナー」ではなくて「チャック」だったものね。沢山株を買ってあげて、と応じていました。いや~、日本のお年寄りはお金持ちです。どうか振り込みサギなどにお会いにならないようにと祈るばかりです。
   


 富山湾に新しい港が造られ、その関連施設としてオープンしたのが「富山キットキト市場」 。生鮮魚介類と新鮮魚介類を食材とした食堂が並んでいました。でも何か「アリキタリ。金太郎アメ。富山の雰囲気がゼロ」と思ってしまいました。東京の人が設計したのか、安上がりにしたのか、チョット残念でした。

                        

 「キットキト市場」で昼食を済ませた私たちは、庄川で40分ほど「船上観光」を楽しみました。遊覧船の乗り場は「大牧温泉のりば」。大牧温泉は庄川の川岸にある温泉で、旅館は一軒だけ。船でしか行くことができない不便さが逆に魅力となり、この温泉の露天風呂からの月や星は絶品とか。今ではミステリーの舞台となってときどきテレビに登場する程です。
 私たちは、大牧温泉までは行かず、途中でユーターンしましたが、頬を撫でる心地よい川風と、緑の川面と紅葉間近の木々を楽しみました。

                       

 最後の目的地が「五箇山」の合掌集落でも、ちろん世界遺産に登録されています。私たちが寄ったのは「相倉地区」、岐阜県側の白川郷のように観光化してしまっていないところが良かったです。
有名になるとすぐに大勢人が来て観光化してしまう。そうするともうかつての良さが失われてしまいます。残念だといいながら自分はバスに乗って今ここに来ている、申し訳ないことだと思いました。

 相倉地区が潤うためという思いと、自分へのおみやげとして地酒を一本買いました。銘柄は「越中五箇山 三笑楽 純米酒」 です。このお酒のおいしいこと! すぐに無くなってしまったことが残念です。(失礼しました) 

 

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宇奈月~黒部渓谷

2012-10-04 | 気ままなる日々の記録

 多度山から帰った翌日、今度は黒部→宇奈月→五箇山へのバスツアーに参加しました。平成17年に、同じような町内会の仕事をした云わば同窓会のような会の親睦旅行です。

 

 「カッコーツアー」と呼ばれている一泊二日の旅で、7:20AMまでに駅前集合。私は、奥さんの運転で駅へ出かける友人に便乗させてもらった。犬山→江南→木曽川→一宮、と客を拾い、東海・北陸道に乗った時にはほぼ満席。もちろん高齢者ばかりとお見受けしました。ガイドさんの紹介では、何と88歳のご婦人が友人と参加しておられた。
 我々のグループは幹事の気配りで早速缶ビールが配られました。13時10分のトロッコ列車が予約してあるとのことで、昼食もバスの中でのお弁当。ひたすら宇奈月へ向かいました。ただ、高齢者に配慮してか、トイレ休憩は頻繁で、腰が痛くなるようなことはありませんでした。

                     

 切り立った渓谷でもある黒部川は、水量も多く、水力発電には持ってこいの川で、明治後半からまずダムが造られ、続いて発電所が造られてきました。工事の難易、技術力の高低によって必然的に古いダムほど下流にあり、現在宇奈月から入る発電所は第三発電所まで。第四発電所(クロヨン)は長野県の扇沢から長いトンネルを抜けて入ります。

                      

 シーズンの始まりでしょうか、我々のトロッコはフル装備の13両連結でした。10月に入ると紅葉シーズンということで、臨時列車が増発されるそうです。左は「黒部川第二発電所」です。

  

 ドイツのライン川沿いに点在する「中世ヨーロッパの古城」を思わせるこの建物は第一発電所の付属施設とか、明治の終わりか大正か、ドイツ人の設計に依ったものかもしれません。

 ここを訪ねるのは四度目か。以前はもっとワクワクして眺めた深い渓谷のスリルに富んだこの風景も、今回は何故か胸躍ることもなく、キイキイと軋む車輪の音が気になり、以前もこんなにキイキイいっていたかなあ、と思う始末。これも加齢の性だろうか、と考え込みました。

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