かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

農民気質の変化。

2017-10-15 | 気ままなる日々の記録

  一昨日家内に車いすを押してもらって、散歩に出ました。ここの周辺は全て田圃である。僕も子供の頃よく家の田仕事を手伝ったので、季節ごとに変わる田仕事は殆ど知っている。

 8月の暑いときは「田の草取り」である。四つん這いになって、稲の間に顔を出している草を引き抜くのである。稲も一緒に抜けて来そうなときは、左手で稲を護り右手で草だけを引き抜く。この仕事を3~5畝すると背中の日焼けがひどく、夕方お風呂へ入ると飛び上るほど痛い。しかし、田植えを済ませた田圃の仕事は消毒と草取りである。

 8月12日~17日ごろ「カナカナカナ」と云うなき声が耳に届くころ「寒蝉(ひぐらし)鳴く」で立秋である。この頃までに田仕事は終わっておくひつようがある。田仕事の最後は畔草刈であった。これを丁寧に刈っておかないと、凄い勢いで成長し稲を押しのけ沢山の実を落とし翌年猛烈な雑草に悩まされることになる。この頃の畔草刈も大変だった。草の中に潜む蛇は逃げてゆくがムカデはじっとしていて体を触られると敏速に頭を挙げて、咬みつく。ムカデに噛まれると手は晴れ上がり、ズイズイと痛んで夜も眠られない。急ぎ病院の皮膚科に架かることになるが、太い注射を打たれるだけで、一向によくならない。9月に入るころようやく痛みはとれるが、今度はかゆみに襲われる。僕の場合ムカデに噛まれるのは右手が多く、夜床に入り眠くなると右手が痒くなる、このかゆみが猛烈だ。ついに母親をよんで熟睡するまで右手をなでてもらうことになる。母親は母親で、夕食後は忙しいので僕の添い寝から逃げ出そうとする。これが僕の「夏の思い出」だ。そこには、尾瀬も水芭蕉も出てこない。

 ここホームのまわりの田圃は戦後農水省が肝いりで行った「耕地整理」が成功した方で、一枚の水田の面積が大きく、軽トラがすれ違えるほどの農道がキチンと舗装されて縦横に整備されている。もう昔のようにリヤカーや第八車の時代でないとしみじみ思われる。残念なことはこの道に刈った草が散乱し、農道に土くれが一杯おちていることである。僕が子どもの頃のモラルはだだひとつ「ご近所様に迷惑をかけない!」であったが、耕地整理が進んだここの農家では、「農道は我が家のゴミ捨て場」となっているようである。僕の見方では。ここでは戦後の「個人主義」が進み、江戸から明治にかけてあった農村の「よそ様に迷惑をかけない」型のモラルが敗戦とアメリカ化によって綺麗に消されたということのようだ。敗戦直後の我が国の指導者は大切なところで、間違いを犯したようだ。「よそ様に迷惑を掛けない」というモラルと「個人主義」は立派に両立するし、むしろ、両者はお互いに補完しあっている。そこを間違えた人が多かったと思われるがどうだろう?(T)

    

                               稲刈りが始まった田

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