青空、ひとりきり

     鉄道と、路傍に広がる風景に癒しを求めて。

長雨の中ささやかに

2016年09月25日 21時42分20秒 | 大手私鉄(関東)

(ささやかな一般公開@相鉄かしわ台車両センター)

ここの更新を2週間近くほったらかしてしまいましたけど、ここのところの台風と秋雨前線による記録的な日照不足に休みの日には家から出る事すらままなりませんでした。正直9月の昨日まで関東地方がまともに晴れたのはたったの2日間しかないというのもねえ。東南アジアみたいに日本にも雨季が出来たのかなあと思わざるを得ない。まあ実際海水温の上昇で空気中の水蒸気量が増えているのは確かなので、思えば以前に比べるとすっきりした晴れ間がなくなっているように感じるけどね。


家から出なけりゃネタもなく、雨が降って家に閉じこもっていると、子供が持て余した体力を発散すべく家の中でドタンバタンと暴れまくって余計にこちらのイライラも募る(笑)。土曜日も大雨だったんだけど、相鉄9000系の鉄コレを販売するついでにかしわ台の車両センターがささやかに解放されているというので出掛けてみる。これだけ休日に家に閉じ込められたら親子ともども発狂してしまうわw

  

いつものかしわ台車両センター。風景としては見慣れているのだが、中に入るのは初めてである。京急のイベントのように相鉄は車庫を一般に大々的に解放することはなく、あっても事前抽選なのでこんな機会でもないとなかなか入る事はない。道路から見える車両センターのアイコンである陣中鉄道開業当時の蒸気機関車と二軸客車。ハ24客車は最後の流れ先の別府鉄道(ハフ7)から里帰りして来たものである事は今年の5月にお話しした通り。

  

播磨町の郷土資料館に保存されていたハフ5に続き、東西で元別府鉄道の客車を見学した人間もあまりいないと思われる。窓に沿って長椅子がダーッと続いている構造は変わらないけど、ハフ5と違ってダブルルーフの構造なので、天井脇に明り取りの窓があるのが洒落ているよね。雨の中屋外のこの客車まで見学する人間もさほどおらず。

  

車両センターの中にはささやかなグッズ売り場と、一部区画を使って検修区の一般公開。どんな車両が入っているのかなと眺めてみたら、ドクター相鉄こと700系。軌道や電気測定用の事業用車両ですが、現在全検中らしい。色も姿も変わっていますけど、現役では旧7000系の3編成だけにわずかに残されたいわゆる相鉄顔。中間車改造側の702は平面感ありまくりですが、銀鉄板で覆われた口元がマスクみたいで独特。



規模としてはささやかなイベントだけど、相鉄って案外グッズのアイテム数多いよな。んで、結構鉄道系イベントだと方々に出張してブースを出しているイメージがある。割と社員の人にお好きな人が多い印象もあるし。子供にせがまれて小銭で買えるグッズをいくつか。まあ入場料代わりだと思えば。


一番奥の塗装ブース?では、革張りシートで高級志向の9000系ネイビー編成が改造中。最後の赤塗装だった9705Fがタネ車らしいが、正直この色は晴れた日に写真を撮ると色味がぶっ潰れてしまうのが困りもの。色はこれでもいいけど、白い帯を巻くとかもうちょっとアクセントがあってもいいような気がするねえ。

  

塗装ブースの前のトラバーサーに乗っているのは荷物電車として働いていた事業用車両の相鉄2000系2005。確かいつもこの車両、センターの一番外側の側線で電気機関車ED11と一緒に放置プレイになっているのですが、自走は出来なさそうなので何に引っ張って来られたのかな。どこで保管してあったんだか昔のサボを差したりして、これもささやかなファンサービスでしょうか。床下機器類に光り輝く日立のマーク、この会社は東急系日車系の牙城である関東地区で、古くから日立製作所の車両を使っていた珍しい会社でした。展示車両は新旧事業用の2種だけだけど、人も少ないで結構ゆっくり見れたし、こういうささやかな一般公開もいいもんです。


現在は後進の700系に事業用車両の地位を譲って静態保存されている相鉄2000系2005ですが、伊豆箱根の大雄山線では未だに相鉄2000系の生き残りがコデ165として活躍していますね。これは何年か前の大雄山駅でのひとコマなんだけど、つい23日に赤電塗装になった5000系(右側)を回送するのに出動してたんで、撮りに行きたかったんだけど雨でヤメちったよ。

大雄山線は開通90周年記念イベントの一環で5000系を1編成昔の塗装(赤電塗装)に戻して走らせるみたいなんだけど、結構大雄山線って嫌いじゃないから早速来週あたり撮りに行ってみようかなあと思っているところ。天気が良ければだけどね。
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9月10日は・・・

2016年09月10日 23時03分17秒 | 大手私鉄(関東)

(プレ東急の日?@白楽~妙蓮寺間)

富山に行ってから放心状態…と言う訳ではなく、なんだか週末に限らず台風ばっか来てて天気悪かったじゃないですか。ほんなもんでカメラもろくすっぽ握ってなかったんだけど、今日は会社の人間ドックで横浜の方に行って来たついでに東横線なんかを撮影してみた。指定された病院が東神奈川だったんで、終わった後に白楽まで歩いて行ってしまった。まあ検診された医者に「運動せいよ、早く歩くだけでもいいから」って言われてたんでちょうどいいよな。10月9日が東急の日なら、9月10日はプレ東急の日ってとこか。



線路沿いに道路が走っていて、線路の柵も低い白楽付近は昔から東横線の有名撮影地。この辺りは多摩丘陵から伸びた丘陵地帯の端っこが伸びて海に落ち込む地形なので、案外アップダウンとカーブが多かったりする。白楽から妙蓮寺の間の25パーミルを登って行くHikarie号、最近副都心線内を急行運転する列車をF特急と言うらしい。どうでもいいが工務のオッサンが貫通路に仁王立ちで怖いんですけどw



白楽付近って神大の近くで学生が多いせいか、美味しいラーメン屋が多くていい街ですよね。沿線が基本的におハイソな東横線沿線でも、ちょっぴり横浜の下町っぽい雰囲気が残るのがこの白楽界隈。タマゴとひき肉で作ったニュータンタンメン本舗のタンタンメンとか、ゴマ風味のものを想像しているとどこがタンタンメンなの?って思いますけど、ニンニクの効いたスープがパンチ効いてて美味しい。久し振りにニュータンタンメン行ってみたい。ちょうど黄色いタマゴと茶色い挽き肉がニュータンタンのような!(強引)営団7000系が通過でございます。



それにしても4社混在の直通運転ですから、たかだか1時間でも色々な車両が来て飽きないですね。しかもこの場所は10mくらい移動するだけで上りも下りもいろんなアングルで撮れますから、撮り鉄として撮影のテクニックを磨くにはとてもいい練習場所だと思われる。西武車でも飯能じゃなくて和光市に行く列車もあったりするんですねえ。




雲は流れ、太陽の光は目まぐるしく変わる一日でした。人間ドックでバリウムをしこたま飲まされたので、しばらくメシを食う気にはなれずお昼過ぎまでの時間潰し。ペットボトルのお茶を飲み干してようやく胃の調子も戻って来たので、白楽の駅近くの家系ラーメンでガッツリと昼飯を食らう。検査のために朝飯を抜いていたので久々の家系のこってりスープはかえって胃がビックリしてしまうな(笑)。
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夏の浦和で同窓会

2016年09月03日 22時00分00秒 | 日常

(温故知新@南浦和駅前)

珍しく余り電車に関係のない話なんですけど、先日富山で酷使したカメラのメンテナンスを兼ねて新宿のニコンプラザに行ったのだが、混雑で時間がかかるとのこと。それじゃあと言う事で引き取りを夕方にしてもらい、その合間を使ってウン十年ぶりに浦和競馬場へ行ってみたりしたんだな。新宿駅から埼京線で赤羽乗り換えで30分。駅を降りると以前は路地からそのまま乗れたはずの送迎バスが新しく出来たらしいバスターミナルからの出発になっていた。ってかそもそも緑と黄緑の国際興業バスじゃねえのかよって感じなのだが。


ウン十年ぶりなんて言ってみたものの、何というか勝手知ったる競馬場でもあったのでそこまで久しぶりと言う感じもなく。確か大学1年の時に初めて来た時が11月の小雨降る平日開催だったんだよなあ。馬のボロの匂いが雨で濡れて漂ってくるような日で、傘を差して寒々しいスタンドから大谷場の霞む馬場を眺めていた記憶がある。メインレースがB3のしょっぱいメンバーでなあ、勝った乗り役が鍛炭幸夫だったと言う事は覚えているんだよね。結構覚えてるな(笑)。

 

その当時はパドックに電光掲示板なんかなくて手書きのボードを毎レース入れ替えていたし、そもそもパドックの向こうに1号スタンドがあったんだがなくなってエライ見晴らしが良くなった。まああのスタンド、初めて来た時から既に相当オンボロだったかんねえ。一応決勝線の上にあったスタンドなんで、跡地に決勝審判用の走路監視塔だけは立ってますけどね。このパドック側から坂道状の階段を降りて馬場側に出る動線は変わらんのだけども、ここに売店があってタマネギの大きな黄色いカレーライスが売ってたんだよねえ。妙に粉っぽいもったりしたカレーだったんだけど、なんか懐かしのキャンプのカレーみたいな味がして凄く美味しかったんだよな。

 

馬場へ出てみての雰囲気は…まあ変わらんね。お盆開催でお客さんも多いし、賑わっているようで結構なこと。柵にもたれて馬場入りを見てたら、ピンクの内田利雄に微笑みかけられた。この人いつもこうよね。宇都宮時代からバドックでやたらと客の顔見てニヤニヤするのが趣味というね(笑)。ブライアンズロマンとかベラミロードで全国区に羽ばたいた往年の宇都宮のトップジョッキーですが、宇都宮の廃止以降は海外含め方々の競馬場へ流浪を繰り返し、50を過ぎた現在でも浦和競馬で現役を続けている。正直宇都宮の時と比べたら勝負になる馬になかなか乗ってない感じするけど、4000勝くらいは目指して頑張ってほしいもんだ。

 

浦和と言えば公営競技の中でもグルメ充実しているよね。特に揚げ物フライものがね。マグロカツってのが美味いのを知ったのが浦和競馬だからな(笑)。ゆでたポテトにコロモを付けて揚げたのに、さらっとしたウスターソースに付けて食べるのが好き。炭水化物オンザ炭水化物だが、シンプルで腹持ちがいい。ちなみに一番好きだったのが2号スタンドの2階にあった塩おにぎりの上に野菜かき揚げが乗った「天乗せおにぎり」だったんだけど、2号スタンドの食堂街が閉鎖されててねえ。結構探したんだけど、なかった。同じフロアにあった食堂の煮込みもハチノスとかいっぱい入っててめっちゃ美味かったんだけどなあ!


暑い夏の一日、売店のおばちゃんに多めに氷を入れてもらった濃い目のアイスコーヒーをチビチビとやりながら馬券をやる。直線200もねえ浦和でゴール前で見る必要もあんまりないので、人の少ない四角で見てたんだけど結構乗り役がヤイヤイと馬をどやしつけてる声とかムチのビシバシと飛ぶ音と蹄音が迫力あっていいよね。馬券とか全然当たんなかったけど、この日は結構人気馬がそのまま逃げて番手が付いてきてみたいな決着が多くて、中穴派のアタクシには出番がありませんでしたw

このレースで四角を捲って先頭に立った馬の乗り役は岡田大騎手、この人も廃止されちゃった益田競馬から浦和に流れて来た苦労人。後ろから迫って来るのはゲスト騎乗で遠征中の高知の赤岡修次だし、同じレースには元荒尾の吉留孝次とかねえ。若い頃にみんな彼の地で会った事のある乗り役さんたちで、元気そうで何よりだよ。自分も若いみぎりは夏休みになるとバイトで稼いだカネ持って全国の公営競馬に出掛けてたもんだけど、あれからウン十年。時は流れ、あの頃全国に散らばっていた各地のスター騎手が、このお盆に浦和に集まって同窓会やってるような気分になりましたね。
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クイーンの終の棲家

2016年08月30日 22時22分04秒 | 大手私鉄(関西)

(夏の古都、蒸暑の午後@阪急嵐山駅)

さてさて、長きに亘った富山のお話を少し巻き戻して、今度は7月の終わりのお話。京都の鉄道博物館に行って来た際、まあ旅行会社のツアーだったんで、嵐山で昼食を兼ねた自由散策の時間があったんですね。嵐山散策って言われたので最初は嵐電でも乗って来ようかと思ったんだが、そこまでの時間はない。嵐山公園の近くのメシ屋でメシを食って、じゃあ余った小一時間で何しましょうとなったのだが、そんな半端な時間を使ってクイーンにお会いして来ました。


はい、阪急のクイーンこと元京都線特急専用車両の6300系。去年のGWだったかな、梅田の駅で「京とれいん」として6連で働いている姿はお見受けしましたが、その他の残った編成は4連改造されて現在は嵐山線で桂~嵐山間の機織り運用に就いています。相変わらず前照灯の飾り帯がチャームポイントの、端正な気品あるお顔である。短編成化されても、2ドアでも、嵐山線程度の輸送量なら特段問題はないのでしょうね。


阪急らしい落ち着いたオリーブのモケットと、木目調の化粧板。嵐山線投入に際し、車内外ともリフォームされているのですが、あれ?と思った方は阪急電車にお詳しい方ですかね。阪急車の特徴とも言える日除けの鎧戸が普通のロールカーテンに変わっているではないですか…。あの鎧戸をガバッと下から引き上げるのが関西っぽいと勝手に思っていたんですけどねえ。あと、全部乗り通しても10分くらいの短区間運用ですから、クロスシート部分は縮小されてしまったようです。


嵐山から1つめの松尾大社までものの3分程度、つかの間のクイーンとの邂逅。なんせツアーの合間の自由行動だけにとんでもなく慌ただしい(笑)。それでも子供の頃からの憧れの関西私鉄の名車両に乗れたので満足だ。子供にも「これがお父さんが子供の頃の阪急の看板車輌だったんだよ!」と教えてあげたのだが、どうでしょうね。ほぼ私と同年代の車両でもあるんですが。


松尾大社は「お酒の神様」として酒造会社などから篤い信仰を得ており、1300年以上の歴史を持つ京都の歴史ある神社。嵐山への折り返しは6451編成、連結器回りがスッキリしていてさっき乗った編成よりも自分のイメージに近いです。現在6300系は嵐山線用に4連の3編成が残っているようなんだけど、4+4で手を組んで走る事とか出来るのかなあ。イベントとかでもいいから、8連で京都線を再び爆走するシーンを見てみたいもの。
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また再び、鉄の国越中

2016年08月28日 17時00分00秒 | ローカル私鉄

(アルペン特急、温泉街を後に@宇奈月温泉~音沢間)

さて、半月に亘りましてつらつらと更新を続けて来た富山旅の結末をそろそろ付けましょうかねえ。まあ2泊3日だったんでね、画像の枚数としたらまだまだありますけど、いつまでも続けていると秋になってしまいそうなのでこの辺りで残りの画像を適当にパーッと貼っておしまいにしたいと思います。宇奈月温泉の客を、そのまま立山黒部アルペンルートへ連れて行くアルペン特急レッドアロー。

  

 

  

  

ほれほれ。テキトー。ペタペタ。富山と言えば鉄道も楽しいですけど、やはり海の幸も美味しいですなあ。泊まった宿でひっさしぶりに船盛りとか出て来てヨメさんと大喜び。しかも部屋の真横に旧北陸本線(あいの風とやま鉄道)が通ってるもんだから、部屋の窓を開けたら線路という理想的な部屋だった(笑)。北陸新幹線が開業してから3セクに落ち、すっかり寂しくなった日本海縦貫線。ちんまいDCがビューンと通るだけでは複線電化を持て余し気味でしたが、たまにレッドサンダーが轟音を立ててコンテナ貨物を牽いて行くのは大迫力。トワイ北陸日本海、はくたか北越能登きたぐにの時代に泊まりたかったわあ…なんて思いつつ、夕日の沈む日本海を見ながら温泉に浸かる。ってか、そいつらついこないだまで走ってたんですけどねw

  

  

   

地鉄。いいよなあ。どう切り取ってもいい。100km近い総延長を持つ地方鉄道の雄、2回目の訪問でしたがまだまだ掘り下げる余地があると思うよなあ。富山駅界隈の現代的な再開発と、未だ開業したまま残るレトロの魅惑的な混在。立山の方とか、滑川のあたりとか、まだ見てないところはたくさんあるのでねえ。地鉄以外でもライトレールとか、万葉線とか、越中富山は鉄の国だわな。


ほのかに稲穂が色づき始めた散居村の風景を、岩峅寺に向かって登るカボチャ京阪。たぶん季節ごと、私の知らない魅力が詰まっているものと思われる。あと2回くらいは来たい。次は雪の積もりまくった冬か。富山の冬なんかカンジキとか持って来ないと太刀打ち出来なさそうだよね。
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