百醜千拙草

何とかやっています

マイクロキメリズムでゆらぐ自己

2008-01-22 | 研究
人間の体は必ずしも単一のクローナルな細胞からできているわけではないという「microchimerism」を研究しているFred Hutchinson Cancer Research CenterのJ. Lee Nelsonが書いた一般向けの解説を読んで、恥ずかしながら、私は初めてmicrochimerismという言葉と概念を知りました。実は随分前から知られていることで、試しにPubMedでmicrochimerismでサーチしてみると、933本の論文がヒットしました。母親の細胞が胎児に移行して、長期間胎児内で生存しづづけるということは60年近く前から知られているそうです。逆に胎児の細胞が妊娠高血圧症で死亡した母親の肺に発見されたという報告は1893年に最初になされ、1979年には、男児を妊娠したことのある女性の血液中からY染色体が検出できたという報告によって、健康な人でもこうした母子間の細胞のやり取りがあることが明らかにされたということです。興味深いのは、新生児ループス症候群で、心筋の炎症を起こした例での観察で、死亡した新生男児の心筋から母親由来と思われる細胞が発見され、これらの細胞の多くが心筋の蛋白を発現しており、どうも胎児の心臓の一部として機能していたらしいということでした。つまり、母子間で行き来している細胞は、新しいホストの体内で機能的役割を持って生存しており、単に受動的に存在しているといったものではないということなのです。循環血中では10の5-6乗個の細胞に一個の割合で、母親由来または胎児由来の細胞が混入しているそうですが、この割合は皮膚などの血液以外の組織ではより高いらしいです。
 Microchimerismの臨床的意義が確立したとは未だ言えないと思いますが、これはちょうど臓器移植患者と同様の問題をおこす可能性があると考えられます。この著者らのグループは、多発性筋炎、進行性強皮症を例に挙げて、これらの従来、自己免疫性疾患と考えられている病態というものは、臓器移植時における免疫反応として説明可能であるとする証拠を示しています。多発性筋炎の場合は、移植に伴ってホストに導入されてくる免疫細胞がホストの組織を攻撃することでおこるGVHDとみなすことができます。つまり母親由来の免疫系細胞が妊娠中に胎盤を通過して胎児内に入り、ある時点で子供の筋組織を攻撃するというモデルです。逆に進行性強皮症の場合は、子供の皮膚の一部として機能している母親由来の細胞に対しての拒絶反応によって起こってくるという病理モデルが考えられるそうです。このようなmicrochimerismは、循環血液中の細胞の胎盤を通じたやりとりで起こってくるのが基本的なメカニズムと考えられているのですが、最近、さまざまな報告で、血液中を循環しているのは血球系細胞だけではない証拠が示されています。例えば、近年、New England Journal of Medicineに掲載されたレポートでは、血中にかなりの割合で骨を作る骨芽細胞が循環しているという報告がされましたし、同時期にScience誌で、心臓に骨芽細胞のマーカーを出している細胞が存在しており、心血管の石灰化というのは異所性の骨形成ではないかという仮説が提出されました。また骨芽細胞を血液中に注入すると、ホストの骨にホーミングを起こすという報告も(さすがにちょっと眉唾)されています。もちろん種々の幹細胞も血液中を循環していると考えられています。しばらく前、J. Tillyのグループは、メスマウスの血液循環中には、卵子をつくる生殖細胞の幹細胞が循環しており、それを分離して移植すると、卵巣にホーミングするとScience誌に報告しました。これに対し別のグループは二匹のマウスを縫い合わせて循環系を共有させる実験によって、生殖幹細胞は血液循環を通じては別のマウスの卵巣にホーミングするという証拠は得られなかったという反証論文をCellに発表しています。実は、microchimerismの話を読んで、私が最初にふと思ったのは隔世遺伝のことなのでした。マウスではキメラを作ってやると、移植した胎性幹細胞(ES)は生殖系にも寄与することが出来ます。通常マウスのES細胞はオスの細胞なので、キメラマウスの中ではオスの生殖細胞にしか分化できませんが、まれにY染色体を落としたXOのESならメスのキメラの卵子に分化することができることが示されています。もし、人間でも、循環血中に存在するかもしれない母親の生殖幹細胞(XX)が胎盤を通じて娘の胎児(XX)の体内に入り、卵巣にホーミングするようなことがあれば、理論的には、母親由来の卵子(X)が娘の卵巣内で作られる可能性も考えられます。実際にはmicrochimerismというぐらいですから、母親由来の細胞の割合は娘由来の細胞に比べて極端に少ないので、娘が母親由来の卵子を通じて、母親の子供を生むことはないでしょうが、SF的には面白い話です。もしなんらかの理由で、娘の細胞に生殖不能となる遺伝的異常が入った場合、母親由来の卵子細胞が生殖系で優位となって、生殖に寄与することはひょっとしたらあるかもしれません。母親の遺伝情報が直接、孫に受け継がれて、隔世遺伝がおこるようなことがおこるようなことが実際にあれば、興味深い話です。
 隔世遺伝のことは別にしても、このmicrochimerismが多くの膠原病や自己免疫性疾患と考えられている病態のメカニズムであるとしたら、「自己免疫」という概念そのものがひっくり返る可能性があります。
私たちが当たり前と思っている個のクローン性、「自己」という概念も深いところではゆらいでいて、常識というものは以外に危うい基盤に立っているのだなあと思ったのでした。
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