百醜千拙草

何とかやっています

風に吹かれて50年

2016-10-14 | Weblog
ようやく現場復帰したところで、まだ調子が出ませんので、短く。

Autophagyがノーベル賞になったのも正直、意外でしたが、ボブ ディランがノーベル文学賞というのには意表を突かれました。約35年ほど前に初来日したのを子供心に覚えておりますが、その時でさえ、過去の人、「ボブ ディラン、ボク シラン」などと週刊誌に書かれていました。メッセージ ソングですか、60年代の彼の活躍は、日本のフォークソング ブームのきっかけであっただろうと思います。「戦争を知らない子供たち」とか「あの人の手紙」とか、日本でも反戦ソングが歌われました。
しかし、なぜ、今、ノーベル賞なのでしょう。貧富の差が拡大し続ける世界で、ノーベル賞選考委員の人々が、世界的な戦争への危惧を感じ取っているのかも知れません。生けるレジェンドをもう一度、反戦のシンボルにしようとしているのでしょうか。しかし、そうだとしても、今の若い世代にそのメッセージは伝わるのか、ちょっと疑問ですが。その点に関しては、オバマの平和賞ぐらいのインパクトしかないのかもしれません。

マスコミも政府とスポンサーに縛られて、独立した表現の自由などないに等しい北朝鮮化する現代ニッポン。メッセージは芸術、音楽を通じて、間接的に伝えるしか無くなっていくのかも知れません。そういう意味では、ボブ ディランの受賞は意義があるかもしれません。一人の音楽が娯楽の域を超えて社会的な影響を及ぼすことが可能であるということを示したのですから。だからこそ、ノーベル賞なのでしょう。社会的影響力の少ないものには与えられませんからね。
しかし、彼の社会的インパクトが大きかったのは半世紀前、やはり、どうして今頃、とは思いますね。
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