百醜千拙草

何とかやっています

また楽しからずや

2016-10-25 | Weblog
週末、遠来の友人と晩飯。一年ぶりの再会です。いつもの学会では二年に一度ぐらいは顔を見るのですが、学会中は忙しくてなかなかゆっくり話をすることもできないので、こういう機会は貴重です。

シトラスフレーバーのベルギー風ビールで乾杯。クラムチャウダーとシシリー風蒸しムール貝、イカスミのリングウィーニにエビ、貝柱、とイカを添えたもの。クラムチャウダーはクリーム仕立てのボストン風。ロードアイラインドクラムチャウダーはクリームを使わないすまし汁、ニューヨーク風はトマトスープ仕立て。好みはロードアイランド風チャウダーですが、このレストランではメニューにはありません。私は、ムール貝から出るダシに焼いたバゲットを浸して食べるのが好きなのです。味噌汁ごはんみたいなものでしょうか。前菜だけで半分、満腹。

こういう昔の友人と楽しいひと時を過ごすことは、何よりの喜びの一つです。私が研究をやめてしまわないのも、興味を同じくする人々とのこんな付き合いがあるというのが大きな理由の一つだろうと思います。私の研究生活でのもっとも有意義なものはこうした人々との縁を得たことだろうと思います。また来年も彼らと会って楽しく思い出話をしたいがために、ガンバローという気持ちになっている部分も大きいと思います。

しかし、分子生物学、分子遺伝学に引っ張られてきた基礎医学系研究は、研究手法のサチュレーションに伴って行き詰まりつつあるという認識は、お互い分野は多少違っても共有していることを確認しました。一つの分野が始まり、そこに大勢の人がやってきてやれることをやった後、分野から去っていくわけですが、分野の始めの方からいる人間は、なかなか、ブームが去ったからと言って、新たな分野に移ることはできないものです。新たな分野に移ったとたんにその他大勢のフォロアーという立場からやらねばならないわけですから。それで、斜陽になっていく分野を寂しい気持ちで眺めつつ、そこに軸足は置いたままでまだできそうなことをやるという感じになります。

思うに、行き詰まりというのは、果実が成熟しきったような状態ではないかと思います。そこに新しい種は内包されているのですが、その種が発芽するためには、果実は朽ちて落ちなければなないのです。「一粒の麦も死せずば」ということですね。そんなことを思いつつ、私が次にすべきことは、朽ちつつある果実の中に新しい種を見つけて、その芽を出させる手伝いをすることであって、私自身が死せる果実となって朽ちるのではないはずだ、と言い聞かせたのでした。
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