黄昏の空のむこう側に

空に心を浮かべてみる

うち震えるということが

2017-06-18 04:20:20 | そらごと




君を忘れようと思ったことは数しれず。
今はもう忘れることも想いを絶つのも不可能と知った。

そこまで君に惹かれているのは知っているのに、その理由をはっきり自分にも説明できない。君もこれと同じことを言っていたように思う....



私の心は私の意思、意志に関係なく、君の影、あるいは君の影を思わせるものの動きに反応し、常に上下左右に心電図のような軌跡を描く。


意志、意思などなくても、私たちは時と場の流れに身も心も委ねるだけで、私たちの役割を果たせるのかもしれない....
そんなことを想った。

そしてその時、何処かにあるはずの、遠い遠い記憶の引き出しの在処を思い出し手繰りよせられるのかもしれない。



そしてもし、一般的に言われているように経験や意志・意思に私たちの行動が左右されるとしたら、(私の個人的意見を言えば、意思・意志、経験に人の行為 行動が影響されるのと同じぐらい、それらに人の行動は影響されないものと思っているけれど)

心の動きさえも、時空を透けて存在する記憶の引き出しからリモートコントロールされているのかもしれない....

人が恋するのも、この世から去って行くのも同じことなのだろう。

ジグゾーパズルのワンピースがその一箇所にしか位置しないように、意思があろうがなかろうが、時がピタリとひとつのピースをその空(くう)に、はめこむ瞬間が訪れる。


私の心が君の存在にうち震えていることにいくら意味を見出してもそれらはすべて正しく、また全て正しくないのだろう。なぜならうち震えていることが既にその意味(存在)となっているのだから。


そして君にうち震えるということが存在するはずでなかったら、君と私が出逢うというワンピースも元から存在しなかったのだろう....



















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